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H30年6月中半記:入浴デイサービスと通院が続き、W杯の日本の勝利に酔い、6弱地震に驚愕

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 6月23日(土)22時43分32秒
  ●6/11(月)午前、歯科とホームドクターに通院。10日間ほど歯の痛みを我慢し、やっと歯科医(竹内歯科)に通院。「歯茎が化膿している、切開して膿みを出す」「歯槽膿漏が原因、歯磨きを丁寧にすること」「次回から歯茎の掃除をする」と診断、暫く歯科通い(6/12・18・29)が続きます。その後ホムドクター(磯谷内科)に通院、「A1Cが7.6から正常値5.9(4.6-6.2)に急降下、次回薬を減らす」と嬉しい診断結果に大満足。
●6/11午後、久し振りの「OSK」(美の里)にカメラマン(樟葉人)とギターリスト(牧野人)が集いました。積もり積もった話で盛上がり、2時間程熱唱。目的の中華料理店は定休日、暫く飲食街をぶらつき、以前に気に入った宮崎地鶏店に入りました。2人は鳥刺し、私は砂ずり焼を注文、宮崎焼酎でほろ酔いになりました。
●6/12(火)午後、週2回(火・土の午後)の「入浴デイサービス」を受けて週間スケジュールが忙しくなり、6月は体大事に過ごすことにしました。施設の2階のベランダ(花壇)が職員の農園、日々の生育の姿を観察するのが楽しみになりました。職員から頼まれて「ジャガイモ掘り」を手伝い、僅か10本程の茎に意外と大きなメークイーンが大きな籠にいっぱい獲れました。多くの施設利用者が集まり、昔体験した農作業の懐かしい団欒が始まり、「大脇さんが次来た時に調理します」と職員から告げられました。続いてナス・キュウリ・シシトウ・スイカなどが小さな実をほころばせていますが、昨年はカラスが西瓜だけを食べたそうです。
●6/14(木)午後、家内が「香里ヶ丘病院有恵会」に通院、桜通り(枚方公園駅から香里団地へのバス通り)の広い大きな新建屋に移って1ヵ月余過ぎました。院内も駐車場も広々とし、診察手続きも一変、新しい病院は清潔感が漂います。「A1Cは6.2、貧血・コレストロール・腎臓も良好」と診断、会計が早くなりました。
●6/15(金)午後、「ほりのうち整形外科」に通院(2回目)、「外側から新しい骨が骨折部分を覆い始め、ずれる心配はなくなった。普通の生活に戻ってよい。2週間後に再診し、その1ヵ月後(7/末)の診察で終了、完治は8/末」と診断。骨折して39日目、まだふくろはぎが痛んでビッコをひき、歩くと疲れます。
●6/17(日)午前、家内が入居する施設(総合ケア)の「入居者家族懇談会」に出席後、施設の「夏祭り」に参加。羽曳野から高校生の「和太鼓チーム・魂」(男性3名、女性2名)の力強い演奏に施設の居住者は圧倒されました。施設の職員が「実は私の孫が2人います」と披露、「お婆ちゃんの職場で演奏出来て光栄です」と男女のお孫さんが挨拶。次いで小学生が芸達者に交じって「安木節」を踊り、拍手喝采でした。
●6/17午後、肺炎で再入院した「いとこのお見舞」に家内と出向きました。退屈しているいとこは大喜び、院内の喫茶店でコーヒーを飲みながら「病院では寝付けなくて睡眠不足」と愚痴り、奥様は「元気な主人が患者顔になって淋しい」と嘆き、私は「肺が弱っているので、完治して退院してね」とサゼッションしたところ、6/21にいとこから「週末に退院する」と電話、肺炎予防接種をしているので軽く済んだようです。
●6/18(月)7.58の「大阪府北部地震」(高槻市・枚方市・茨木市の接点辺りが震源地で震度6弱、寝屋川大橋の川向う)で飛び起きました。12秒程の縦揺れ、1階は被害なし、2階の食器類が割れました。娘は余震が怖いと午前中は1階に居座り、孫は登校途上で遭遇、運動場で暫く待機して2日間休校になりました。親戚や高校の同窓ほか、多くの方から見舞の電話やメールを貰いました。午後歯科医に出向き、スーパーに立寄ると瓶類などの商品は倒れたままでカップ麺やお茶などの棚は空でした。孫母娘も余震に備えて非常用品をいっぱい買って来ました。2日後の報道で塀や家具の下敷きになって5名が死亡(負傷者408名)、住宅被害515件。「30階でも殆ど揺れなかった」と香里園のタワーマンションの住人は話しました。「阪神淡路大震災」(震度7)では建物の倒壊や火災の延焼で6.434名の犠牲が出ました。今回は阪神淡路大地震の教訓(建物の防振対策や市民の安全意識の浸透)が活き、ビルや家屋の倒壊も少なく、火災も極僅か。当日全鉄道のダイヤが全休、JRと新幹線は翌日も運休、水道やガスの復旧は手間取っています。
●6/19(火)夕刻、ワールドサッカーの日本の初戦の「コロンビア戦」(前W杯の雪辱戦)に釘付け。早々に相手のレッドカード(ハンド)で香川選手がFKを決めて先制した有利な展開。前半終了間際にFKを決められて同点。1人多い日本は攻めあぐね、香川選手に交代した本田選手が絶妙なCKに大迫選手が頭で合わせた決勝点で世界の報道陣がびっくり。テレビで毎日放映されて日本全体が盛上がりました。(H30.6.21)
 
 

H30年6月前半記:1ヵ月振りに運転再開、運動会・九州ツアーを楽しみ、デイサービスの介護士に感謝

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 6月10日(日)22時44分9秒
  ●6/1(金)午後、近所で評判のよい「ほりのうち整形外科」に通院。「骨折して24日目、星ヶ丘医療センターのレントゲン写真と比べて骨のずれもなく、新しい骨が生え始めた様だ。新しい骨で骨折部がくっ付くと痛みは取れる。足首の周辺の骨には異常は見られない」と診断、2週間後の再診になりました。腰痛が出ていた家内も整形外科の通院を誘うと、「痛みは軽減したので、大丈夫」と拒否しました。
●6/2(土)午後、「入浴デイサービス」、娘より若い介護士の悩みを聞きました。「長男は野球特技で東海大仰星高校に入ったが、長身細身でエースになり切れない。監督から体重を増やせと言われているが、小食で一向に体重が増えずファイト不足。東海大は野球部がないので、地方の系列校に入らねばならない」「明日は末っ子の小学校の運動会、3人通学していた時は演技の観戦に忙しかったが、明日は1人だけなので淋しい」と嬉しそうに内訳ました。介護士との他愛のない内輪話を楽しんでいます。
●6/3(日)は孫の運動会。お父さんは朝早く学校に出向いて場所取りし、爺さんは正午前に車で送って貰いました。炎天下の中、4時間程日陰で待機し、6年生の孫らが日々熱心に練習した「整理体操」(最後の演技種目)を観賞しました。本部席の前はカメラマンでいっぱい、孫は演技の変わる度に右左前後のグループに加わるので追っかけるのが大変でした。最後は全6年生が5段のピラミッドを作り、観客の頭越しに何とか孫のおぼろげな姿をにカメラに収めましたが、映像は小さくて顔の識別は出来ませんでした。お昼は体育館や運動場に大勢の家族が押寄せて弁当を広げ、両親と兄弟に爺さん婆さん・おじさんおばさんなども加わって賑やかな家族総出の団欒。どこの弁当も似たような料理でしたが、特にソーメンをすする姿が人目を惹きました。孫は弁当を小分けして友達の所に出向き、折角のお母さんの手弁当は孫抜きで食べました。お父さんは娘(孫)のビデオ撮りに忙しく、終わると直にアメリカ出張に出発しました。
●6/4(月)午前、大変楽しみにしていた「M6会・九州旅行」(2泊3日)がスタート、新大阪駅に5名が集合し、岡山で米子人が乗車。初日のお昼は柳川で「せいろむし」を食べ、夜は博多で「玄海の海鮮を佐賀のお酒」で舌鼓後、7-8年振りのラウンジ「青珠」で空オケ、「ニューオオタニ博多」に宿泊。翌6/5(火)は雨の中を佐賀の「呼子」に出向き、「半透明のヤリイカと養殖の鯖」を食べ、夜は「唐津ロイヤルホテル」で会席と空オケ。6/6(水)は博多に戻って「餃子」を食べ、2日間朝昼夜と「酒に浸かった食べ歩きツアー」になりました。
●6/7(木)午後、「入浴デイサービス」に30名程の「聖徳保育園児」が訪ね、「お爺さん、こんにちは。お婆さん、こんにちわ」と挨拶し、童謡を唄い、遊戯をして労って貰いました。4歳の年中組は個性豊かで元気いっぱい、全員が分散して爺さん婆さんと直接対話、私の周りに5-6人が集まり、年齢や名前を聞いたり・だっこしたり・じゃんけんしたりで個々の対応に大童。「お爺ちゃん、怖い顔して」と言われて応えると、「全然こわくない」と爆笑、幼くとも大人びとしたところがありました。テーブルの下にもぐり込む子・先生にくっ付いて離れない子・友達に混じって同調もせず自己主張を通す子など、個性豊かな園児を統率する先生の苦労を垣間見ました。幼少時に戦争で父親と離れた私は父親知らず、子育て時代は父親になって戸惑い、叱ってばかりでした。やんちゃ盛りの園児から元気を貰い、楽しい一時を過ごしました。
●6/9(土)午後、「入浴デイサービス」。全職員から「九州旅行は如何でしたか」「何を食べてきたの」と尋ねら、「飲んで食べて歌って楽しかった」と応え、「OB仲間と旅ができるなんて羨ましい」と言われました。デイサービス利用者の多くは体が不自由でも頭はしっかり、介護士さんに心の底から「ありがとう」と丁寧に謝意を述べている姿に気付きました。私も老いて人の親切に接する機会が多くなり、その尊さが身に沁みます。骨折から1ヵ月経つも長目の歩行は疲れやすく、やっと運転を再開するも車や買物先でのエアコンが効きすぎると足が冷えて痛みます。ベッドに電気毛布を敷いたままで、スイッチを入れたり切ったりしています。夜、爺さん特製の赤味噌汁を作り、お父さんの1週間振りの帰宅に備えました。
●6/10(日)正午、前日から買物をして1ヵ月振りに家内を迎えて昼食。爺さん手作りのイカの赤味噌和え・肉炒め・海鮮焼きそばなどとデコポン・水羊羹のデザートを食べ、「美味しかった」と喜び、久々に爺さんの手料理を堪能しました。夫婦水入らずの何時もの生活が一番ハッピーです。(H30.6.10)
 

H30年5月後半記:足の痛みは取れず、週2の入浴サービスを受け、E杯などを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 6月 2日(土)09時36分25秒
  ●5/23(水)午前、「星ヶ丘医療センター」に3回目の通院。「足の骨折はずれもなく良好。多少の痛みが残る“くるぶし”の状態は今日のレントゲンでは判断できない、暫く様子見」「本院の通院は不便なので、近所への転院を勧める」「痛みがある間は無理をしない。痛み止め(頓服)を出すが、腎臓に負担が掛かるので、極力服用しないように」と診断。レントゲン写真を借り出して、近場に通院することにしました。
●5/24(木)、26(土)の午後、週2回の契約を結んで入浴デイサービスを受けました。20代から50代の全職員(16名)が利用者の名前を先ず覚えて優しく声を掛けます。入浴時間は30-40分、残りの90分程はコーヒータイムで、職員が利用者を退屈させないようにゲーム・空オケ・生花・ボーズめくりなどの工夫を凝らして相手をします。初めて生花を試みました…カスミ草をバックにトルコ桔梗やカーネーションなどで明るくて華やいだイメージで枝切りや花揃えをしましたが、意外と難しく、また楽しかったです。施設の1日の利用者(要支援・要介護の認定者)は40名程、80代半ばから90代の体が不自由な人が多く、送迎は1人ないしは3-4名同乗するなど日によって違います。20代の女性介護士に「老人の世話は大変でしょう!」と尋ねると、「元気ですから大丈夫です」と応え、「高齢者は若い人に頼らねば」と感謝しました。シャワー族の私には「洗髪と背中を流して貰い、湯舟に浸かって物凄くハッピー」、骨折の痛みが取れても週1利用を続けるつもりです。まだ元気な私には利用者グループに溶け込むには抵抗があり、職員に気遣いさせますが、介護サービスの実情をおぼろげにも学び、子供世代(40-50代)の職員とのコミュニケーションを楽しんでいます。
●5/28(月)午後、家内がお気に入りの「デイサービス施設」(リハビリプラザ)の責任者の訪問を受けて家内は大喜び。「明るくて元気な奥様はムードメーカー、何時も5-6名の仲間が集い、楽しく過ごされています」と挨拶を受け、私から「本人は一番楽しく過ごせる場所と喜んでいます」と応えました。足を骨折する前の家内は「孫が住む富山に頻繁に通い、奥様会や隣組の海外旅行・食事会・空オケ会にも積極的に参加、私の旧友夫妻との交流なども楽しみ、庭いじりや花壇造りも熱心でした」と元気な時の姿を伝えました。家内が「昨日から腰が痛い」と言出して娘が心配、暫く様子を見て診察を受けることにしました。
●5/29(火)正午、「E杯」(北新地、穂の河)に13名が4ヵ月振りに集合、1名が無断欠席。3週間経つも痛みは取れず、初めて痛み止薬を飲んで30分前に食事処に到着、薬の効用は皆無でした。世話役代表挨拶で「介護入浴サービスの体験談」を話し、寝屋川人(名誉会長)の音頭で開宴、早速健康や介護の話しで盛上りました。次週博多ツアーを共にする甲子園人(元大幹部)と米子人も参加して話題は尽きず、甲子園人から「元社長に寄贈頂いたNV杯カップが出てきた、引き取り手はありませんか」と相談を受けました。足を引き摺り乍ら全員にビールを注いで参加のお礼を述べ、私の体調不良で恒例の2次会は取止めました。夕刻近所(茄子作)に住む世話役が欠席者宅に電話すると、奥様から「まだ帰っていない」と返事、夜になって「転んで怪我をしたが、大したことなかったと本人メッセージが警察から届きました」と連絡。脳溢血の後遺症(半身不随)を持ちながら、付添なしで参加して頂いている方でしたので心配しましたが、「小事で済んでよかった」と安堵しました。夜には樟葉のカメラマンから早速「今日の写真」が届きました。
●5/30(水)午後、入浴デイサービスで「誕生日」を祝って貰いました。オルガンの伴奏で20名程の利用者が「パッピーバースデイ」を賑やかに合唱、職員手作りの玩具ケーキや花束を抱えて多くの職員と記念撮影、「今日は82歳の誕生日、年を取ると寂しくなるので、家族で誕生会はしたことはありません。皆様に祝福して頂き、ありがとうございました」と挨拶。足取りも元気な白寿の男性はクイズにも機敏に答え、ボーズめくりにも参加、2人のご婦人が「家でこんなに笑ったことはない」と話し、「単独では動けない同世代の集い、激動の昭和を生抜いた共通の生活感で家族団欒では味わえない安らぎの場」と思いました。
●5/31(木)正午、「香里園ブラ」(ステーキ&ワイン・meat good)で酒好き歌好きの相方に誕生日を祝って貰いました。久し振りに柔らかなステーキを賞味後、名古屋出身のママの店(Akiko)に初めて出向き、名古屋話で盛上り、3時間程熱唱。歌好きな日経OB(カメラマン)に出会い、「パナの松下幸之助創業者を何度も取材して可愛がられた」と内訳られて意気投合。帰路は雨になり、安心安全のタクシーを利用しました。(H30.6.2)
 

H30年5月中半記2:苦渋を共にした同士を見舞、体のケアに努め、関西六柊会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 5月24日(木)19時57分24秒
  ●5/16(水)午前、樟葉人(前日の告別式の付添人)が「東香里病院」が入院中の私市人(我同期生)を先に見舞ました。「名前を名乗ると頷き、別れる時は微かな声でありがとうと応え、意識はあった」と報告を受けました。前日樟葉人と一緒に奥様に電話し、「主人は寝た切りで意識朦朧、透析も上手く出来ず、血が濁り出した」と内訳られてびっくり、直ぐビデオ事業の創成期から苦渋を共にした仲良4人会の2人(寝屋川人と守口人)に現況を伝えました。娘に「今日の夕方、車で見舞に行く」と話すと、「土曜日に旦那が引率するから、運転は止めて!」と言われ、車が使えないので物凄く不便になりました。
●5/16午後、ケアマネの計らいで初回と異なる施設での「介護入浴デイサービス」(香里ヶ丘デイサービスセンター)を体験。約半世紀前に3人の子供が通った勝山幼稚園の隣、今までは関心が無くて気付きませんでした。2時間半の入浴コース、余った時間は新聞やテレビを見て過しました。香里団地周辺に住む施設利用者(毎日25名前後)の若き時代の写真が飾られ、職員から昔国立文楽劇場の舞台に立っていた日本舞踊家(92歳)とOSKのダンサー(90代)を紹介され、「若い時は大劇に通ってラインダンスを楽しみましたよ」と話すと、2人は「京まち子やターキーの後ろで踊り、ロケットダンスにも加わった」「82歳まで文楽劇場の舞台に立った」と目を輝かせて大喜び。「我世代は戦争体験や戦後の苦渋生活に耐え、成人して日本の高度成長を支え、夫々が波乱万丈の人生を送った共通の思い出があり、瞬時に意気投合できる」と痛感しました。
●5/17(木)午前、娘の付添で1週間振りの「星ヶ丘医療センター」にタクシー通院、2時間半待ちました。「痛みがとれない」と訴えると「骨はずれていない、痛みがある間は運転自粛」「足の甲が腫れているので、足を上にして寝た方がよい」「お酒は血流をよくするので、痛くなりますよ」「6日後に再診」と診断。
●5/17午後、診察待機中の携帯に守口人から「今日、3人で東香里病院に見舞に行こう」「診察が終わるまで待機してピックアップする」と急遽誘って頂きました。透析を終えた私市人は酸素吸入し、3人を見て「よく分かる」と頷きながら涙がこみ上げ、歯を食いしばる表情に「嬉しさと無念さ」が滲んでいました。「しんどいの!」と声を掛けると頷いて目を閉じました。看護師さんから「入院当初の肺炎は治った」「今日は珍しく食事が進んで完食」と聞き、これ以上話すのは無理と察して引上げ、私の買物できるスーパーの近くで喫茶。「意識がしっかりしていて、最良の時期に見舞が出来てよかった」と3人で納得しました。
●5/18(金)午前、「関西医大消化器」にバスで通院、「貧血は13.6と正常値(12.9~17.2)に戻った」「大腸のポリープの摘出は血液サラサラ剤を止めるので、リスクがあり勧めない」「内視鏡検査を9月にしましょう」と診断。買物をして帰りましたが、暑さと足の痛みで疲れ果て、直近の懇親会(K4会、モナリザ会)を断りました。
●5/19(土)午後、3回目の「介護入浴サービス」(ひらかた聖徳園デイサービスセンター)を受けました。送迎バスが我家に、次いで脳梗塞で半身不随の方と車椅子の方をピックアップ。2つの浴室の内、私は段差のある普通の風呂に入り、他の多数は椅子に座ってロボットが湯舟に搬入する浴槽に浸かりました。入浴後足の爪を切っていると、多くの職員から「体が柔らかい」と褒められました。足の痛みがなくなるまで、「週2回の介護入浴サービスを利用しょう」と決意。戦争を体験し・脳梗塞で半身不随になり・腎臓を患って透析する90歳の方と話が弾みました。職員が「次週は大脇さんの誕生祝をします」と言われて複雑な気持ち。
●5/22(火)正午、「関西六柊会」(がんこ寿司京都駅ビル店)に8名(男女共4名)が4ヵ月振りに集合。冒頭、先月急逝した堺の同窓家族が「本人は同窓会を楽しみにしていた、無念です」など…ご家族の悔みを私が披露して献杯。3月に生駒から名古屋(息子家族の近く)に引越した同窓は「早速三味線教室を見付けて2人で通っている」、全国の百貨店を飛回って子供服を売込む半田の同窓は「買物好きの主人はボケ気味、でもカードやお金を持たせて自由気儘に行動」、仕事と農作業で忙しい名古屋の同窓は「一昨日東京から帰った。今も畑仕事は1人で続ける」、優しい旦那に厨房を任せる四条畷の同窓は「胃癌の再発手術が上手できた主人は病み上り、今は私が作る」、絵画教室を開く奈良の同窓は「12月に個展を開く」、同窓会皆勤の橿原の同窓は「目的があれば何処にでも行く」…瞬く間の2時間余、「健康に感謝、長生きしょう」で閉宴、有志6名がホテルコーヒーを飲んで放談続行。足の痛みで疲れました。(H30.5.24)
 

H30年5月中半記:介護入浴デイサービスを体験し、足を引きずってVHSの同士を見送りました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 5月16日(水)20時52分7秒
  ●5/12(土)午後、娘がケアマネに相談して「入浴介護デイサービース」(ひらかた聖徳園デイサービスセンター)を初めて体験しました。3年程前に箕面温泉で湯舟に浸かって以来の入浴、何時もシャワーだけで済ます私には大変気持ちよかったです。家の玄関先まで送迎し、背中と足首を丁寧に洗って貰い、体が不自由な高齢者には大変優しいサービスです。午後は男性の部で、この日は12名が入浴サービスを受けました。住宅の手摺などの設置のため、娘の要請で介護認定「要支援2」を取っていましたので、実現しました。5-6名の職員から丁重に挨拶を受け、野菜園の案内など…親切に応対して頂きました。この日は「香里ヶ丘高校合唱部」の女生徒8名が慰問に訪れて懐メロを6曲程奏で、20名超えの高齢者は大喜び、初々しい可憐な仕草に元気を貰いました。一緒に記念撮影し、両掌を広げる姿は今の若者のパーフォーマンス、孫も同じポーズを取ります。その後はお茶とお菓子で来園者懇談、元気者の私は馴染めずでした。夕刻に孫家族と買物に出掛けて野菜・鮮魚・焼酎・肉などを買い溜め、夕食は孫家族と鍋を突きました。
●5/13(日)午後、お父さんの送迎で家内が久し振りに帰宅して家族団欒。突然同期入社でVHS立上の同士の訃報メールが幾多のOB会から舞込みました。12年前に舌癌が見付かり、大阪成人病センターや阪大病院などから「即手術」の診断を受けましたが、「手術はしない」と強い執念で名古屋癌センター病院を見付け、抗癌剤治療を受けて見事に回復しましたが、その後再三入退院を繰返して癌と戦いました。故人とは同期入社で企画と開発設計に分かれ、VHS事業を立上げて最盛期を築いた同士、北米出張(サンノゼ、コダック社と8㎜の交渉)などを共にし、退職後はビデオ会(ビデオ事業部門OB会)を一緒に発起立上げて10年間程引張った仲(代表・副代表)だっただけに、物凄く寂しくなりました。足を骨折して5日目で未だ歩行困難、家族や友人から「無理せぬ様に」と反対されましたが、昼間の告別式の参列を決意しました。
●5/14(月)午後、家内が帰宅。骨折6日目になるも「ふくらはぎとすね」の痛みは取れず、家内と参加予定の「枚信の落語会」(5/17枚方市民ホール)と「京響定期演奏会」(5/20京都コンサートホール)のチケットを娘に譲りました。「K4会」(5/18香里園)と「異業種・モナリザ会」(5/19北新地)にも「欠席するかもしれない」と事前に実情を説明したところ、皆様から「体大事にして無理をせぬ様に」と激励の言葉を掛けて貰いました。
●5/15(火)正午、娘が近くのバス停まで付添い、枚方公園駅から樟葉人(中国通のカメラマン)に付添われて「同士の告別式」(守口公益社)に参列、奥様にお悔やみの言葉を掛けると、「最後は苦しまずに永眠しました」と応えられました。元社長・副社長などのパナソニックOBや交野市長他の交野市関係者など、140名程集う盛況な葬儀でした。定年退職後は「交野シティ・フィルハーモニック」のコンサートマスターや団長を務めるなどして交響楽団の演奏力向上と普及に努め、私も幾度と定期演奏会に誘われました。交野音楽協会長が「交野市の文化向上に貢献頂いた、ブラボー!」と謝辞を述べ、喪主の奥様は「5/9に患部から出血して救急入院、暫く小康を保ちましたが、5/13の早朝に再度出血して途絶えました。人との交わりが大好きで、人の悪口は絶対言わなかった。12年間癌と戦い、家族には一切弱音を吐かなかった」と挨拶。指揮者と楽団員10数名が駆付けて鎮魂曲を奏で、参列者全員がお花を添えて故人を見送りました。「パナソニックでVHSの世界普及を果たし、放送機器のOPスポンサー企業として躍動するなど、達成感を存分に味わい、地域から感謝され、素晴しい人生でした」「よく頑張りましたね」とご冥福を祈りました。
●痛い足を引きずりながらの参列でしたが、多くの仲間から「故人も大変喜んでいますよ」と労って貰いました。ゆっくりと歩いたので、付添人も「私もつられて同じように歩いた」と参列者と談笑になりました。40数年振りに会う人や懐かしい人とも懇談できて「参列してよかった、故人に機会を作って頂いた」と感謝、元社長は「長く立っていると足が痺れる、近々に簡単な手術をする」と内訳られました。「家まで送る」と付添人に言われ、枚方公園駅前でビールと餃子で昼食、お持ち帰りを頼んで家で盃を重ねることにし、タクシーに乗りました。糖尿病治療中の付添人は日本酒やビールを控えていましたが、大吟醸を勧め、焼酎ロックで中華料理を突きました。付添人と馴染んだ孫は学校から帰ると挨拶して直ぐ塾に出向きました。翌日は疲れて患部も腫れ、痛みました。「当面通院以外は無理しない」と決意しました。(H30.5.16)
 

H30年5月前半記:体調を崩し、家内孝行し、家族団欒・M4会を楽しみ、足の骨折で身動きできず

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 5月11日(金)20時32分37秒
  ●5/2(水)午前、1週間を超えて下痢が続き、腸に菌の侵入を心配し、「関西医大消化器科」の予約外診療を受けました。担当外の専門医は貧血治療中のカルテを見ながら「菌が侵入したら痛くてじっとしておれない。熱もなく・お腹も張っていないので、腸の炎症はない。常用の下剤が原因、ビイオフェルミンを飲んでいれば直ぐに治る。今日は薬を出さない」と診断されて一安心、体調は回復の兆しを感じました。
●5/3(木)夕刻、下痢も息切れもなくて絶好調で13日振りに「香里園ブラ」(居酒屋)、郷に帰った相方の熊本談義を聞き、2次会は控えました。孫家族は堺のお爺さんお婆さん宅から庭や畑で獲れた収穫物(蕗・レタス・キャベツ・夏ミカンなど)をいっぱい貰って帰った来ましたが、孫がジィジィの外出中を心配して「今何処いるの! パパと駅まで迎えに行くよ」とバスの車内で電話を受け、バス停まで出迎えてくれました。
●5/4(金)夕刻、ジィジィ主催の月例の「家族食事会」。孫の所望でベトナム料理店に出向きましたが、家族連れで賑やかなファーストフードとちがってお客さんもまばらで気に入らず、何時ものくら寿司に出向くと順番待ちのお客さんで大賑わい、1時間程待ってやっと席に着きました。孫家族は食欲旺盛、珍メニューのスパゲティラーメンを注文し、親子が「変わった味だけど、美味しい」と絶賛。ジィジィ・バァバァは何時もの定番を食べ、家族団欒を楽しみました。孫は休みなしで塾通と自習を分刻みで行い、合間に友達を招いて遊びます。「これからは女性も生涯働く時代、ましてや一人っ子で知力大事」と心得た両親は娘の勉学サポート一辺倒、家庭教師を代行し・塾に付添い、塾の試験成績に一喜一憂です。高度成長期の我時代は、旦那は仕事に没頭して子供の育児・教育は母親任せでした。現在は「少子高齢化で女性に生産人口の補填を頼る時代、女性も男性に対峙できる知力・体力・気力が必須」と痛感しています。
●5/7(月)正午、トマトソースベースのスパゲティ-(絹サヤ・ベーコン・ツナ)と大根と鶏肉ほかの煮付、野菜いっぱいの赤味噌汁を作って家内と食べました。家内はゴールデンワィークの4日間帰宅して外出も控え、ゆっくりとテレビを見ながら過ごしました。メニューがダブらない様に工夫した「1汁2采」の手料理に家内は「美味しい」と大満足…2階から差入れ(ピザ・スパゲティー・焼餃子・揚げ物…)もあり、ジィジィは「すき焼、ビーフカレー、アサリやイカの海鮮スパゲティ-、海鮮焼きそば、小松菜・アサリ・油揚の煮付、ヤリイカの赤味噌和え、アサリ汁、ホウレン草・ベーコンの玉子和え炒め、など」を作りました。魚の煮付・コロッケ・トンカツなどはスーパーで買い足しました。
●5/8(火)夕刻、M4会(北新地、へちもんや)に4名(甲子園人・福山人・京都で仕事する人・私)が4ヵ月振りに集合、少人数で呼吸のあったチームです。2月に福山人が「2回目の福山食べ歩き・ふぐ会」に2人が大阪から出向き、私は家事多忙で2回目は欠席。夫々がビール・ワイン・熱燗に分かれていっぱい出る会席料理を舌鼓しながら、よもやま話で話題は尽きず、和気藹々と盛上りました。2次会は何時もと違う店(モナリザ)に出向き、早々に2時間程熱唱、福山人の新幹線の帰り時刻に合わせてお開きにました。
●雨の中、1人帰り道で突然滑りこけ、暫く体重の重さと足の激痛で立上れずでした。通りすがりの数人から「大丈夫ですか、タクシーを呼びましょうか」と親切に声を掛けて貰いましたが、その時は歩いて帰るつもりで断りました。僅か50-60mの距離が思うように歩けず、あくせくとANAホテルに着いたところで、これが限界と悟ってタクシーに乗りました。雨の中、家の玄関の階段でまた崩れ落ち、50代の親切な運転手さんに抱えられてやっと家中に辿り着きました。娘から「泥酔して人様に物凄く迷惑をかけたよ」と怒られました。翌日は左脚(ふくらはぎ・腿・足首の3ヵ所)が痛くて病院にも行けず、終日寝た切りでした。
●5/10(木)午前、入院覚悟で身の回りを整理して1週間の予定(京都飲唱会・関西医大消化器科通院・元組合3幹部と懇談会・いとこの見舞・来客・家内の帰宅届…)を全てキャンセルし、孫娘の付添で「星ヶ丘医療センター」に通院。診察と検査で終日掛かり、孫は学校も塾も欠席して車椅子を押してくれました。「左足の太い脛骨と細い腓骨の内、腓骨のみの骨折は珍しくて治療法がなく、張薬で観察治療する」「血液サラサラ剤は内出血で時々血栓になる」「痛みは3-4日続くが3ヶ月程で治る」「自宅療養で1週間後に再診」「暫く運転・飲酒・外出を自制」と女医の丁寧な診断。当分階段は歩けず、庭のスロープが役立ちました。暫くはタクシー利用になりますが、「小事で済んだ」と感謝し、「高齢の衰えを自覚せねば」と反省。(H30.5.11)
 

H30年4月後半記:いとこを見舞、高校同窓を弔い、妹家族が訪ね、よし春会・VEOBを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 4月30日(月)04時46分3秒
  ●4/15(日)午後、京都のいとこの「入院見舞」(大阪府庁の隣、大阪国際がんセンター)に3夫婦が集いました。「肺癌の第3ステージの初期、放射線(週5日)と抗癌剤(週1日)で2ヵ月間の入院」「15年程前に禁煙したタバコが原因」と診断されました。まだ5日間の放射線治療を受けたばかりで、「日々退屈」と嘆き、近場で一緒に昼食しましたが、「土日は帰宅するが、抗癌剤治療が進んだら疲れるだろ!」と自覚。病院は老朽化した大阪府立成人病センターを昨年3月に新築移転し、地方独立行政法人・大阪府立病院機構「大阪国際がんセンター」に改組して新発足、新しい病院の間取は何処も同じ。談話室から「大阪城と西の丸庭園」が正面に鎮座する絶景は患者を癒します。守山のいとこ夫婦を大阪駅まで送りました。
●4/16(月)夕刻、急逝した高校の同窓の「お通夜」(阪和線・津久野、山川会館)に出向きました。前日の夜、岐阜の同窓から「堺の同窓が突然亡くなった。大の仲良しで、今は動転して頭が真っ白」と電話の後、奥様から「昨夜主人が入浴中に急逝。明日がお通夜で明後日が告別式」と連絡を受けました。斎場など詳しく聞ける状態でなく、ネットで数ヵ所に電話してやっと見付け、時刻・アクセス方法など聞いて、夜遅くに10名程(関西六柊会)にメールと電話で通知。翌日全員から出欠の返事を貰い、奥様に出欠名簿を手渡しました。祭壇には優しく微笑んだ遺影と晩酌のワインボトルと氷結缶が飾られ、お通夜は同窓6名、告別式は5名が出席。奥様とご息子から「本人は同窓会を楽しみにしていた」と内訳られ、ご家族と昔話をする中で奥様も心が和らぎ、「寿命は運命、大往生でした。我々は多少の早い遅いの違いがあるだけ」と慰めました。「5月の同窓会はご主人を偲ぶ会にします、奥様もご参加されませんか」とお誘いをしました。両日の参列者は20名弱、家族(奥様、2人の息子夫婦、孫1人)や親戚も少なく、参列者は我同窓も含めて20名程の静かな葬儀でした。故人は30代半ばで「溶接機の設計製造会社」を立上げ、堅実経営に徹してご息子2人に譲りました。「1日1万歩」の散策を健康の日課にし、酒豪で日々ワインボトルと氷結を飲干し、何時も通りに入浴して高血圧心筋梗塞で永眠。21時半頃に奥様が発見、「気付くのが遅く、心臓マッサージも間に合いませんでした。水は飲んでいなかった」と悔まれました。私は退職後に習慣の安全化を心掛け、「夜の入浴は止め、今は昼間のシャワーだけ」「階段はエスカレータかエレベーターを利用し、必ず手摺を持ってゆっくり歩く」「午前中の約束は極力避けて時間に追われない」が現在のモットーです。
●4/20(金)午前、家内が眼科(こうやま眼科)に通院、「白内障は手術ステージの3に進んでいるが、視力が衰えず手術はまだよい」と診断。4/26(木)午後は家内のホームドクター(糖尿病、有恵会香里ヶ丘病院) に通院、4/27(木)午前は私がホームドクター(糖尿病、磯谷クリニック)に通院、共に「現状維持で良好」と診断されました。
●4/20(金)夕刻、「よし春会」(京橋、御馳走よし春)にVHS事業を対上げた同士9名(甲子園・妙見坂・私市・樟葉・宝塚・香里園・枚方公園など)が3ヶ月振りに集合。突然「会長、乾杯の音頭を」と促され、挨拶もせずにいきなりの「乾杯」に、皆さんはあっけにとられました。話題は「病気の体験談」(肝臓に穴があいて理由なき手術・重粒子線治療した前立腺癌の10年振りの再発・脚の血流が悪く息切・貧血で息切など)で盛上がり、夫々がビール・焼酎・熱燗・ワイン・ノンアルコールを片手に海鮮料理を舌鼓、楽しい一時を過ごしました。
●4/21(土)午後、「VEOB会」(祇園、ひろべ)に5名(登録メンバー18名)が集合、最小参加者にびっくり。幹事が欠席理由を報告…親の介護・子供の結婚の打合せ・京都の山間散策・出張・体調不良などの事情が重なりました。ママの手料理(新玉と生ハムのサラダ・分葱とホタルイカの酢味噌和え・赤蕪漬・ポテトサラダ・きずしなど)は懐かしい家庭料理、大変美味しかったです。我々時代の若者の代表だったピーナツやキャンディ、高橋真梨子などを歌う60代前半は元気モリモリ、北島三郎大好きな70代初めの熱唱などで盛上りました。
●4/29(日)正午、「おじさんが息切れして歩けなくなった」と妹が娘(姪)に大げさに話すと、早速1人息子を連れてマイカーで見舞に訪ね、我家は大喜び。赤ちゃんの頃によく旅して孫のように接したお子も成績優秀の中学生、孫と2つ違いで共に塾通いで暇なし、時々食事を一緒にして我老夫婦を慕ってくれます。家内と妹は義姉妹、お母さん同士はいとこで話が弾み、8人で昼食団欒を賑やかに楽しみました。
●4/29(日)、調剤薬を飲むも下痢が6日続き、残念にも「エレガンスサロン」を休んでしまいました。(H30.4.30)
 

H30年4月前半記:妙見坂合唱団・二条城花見・いとこ会・後輩との会食・M7会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 4月12日(木)20時24分57秒
  ●4/1(日)午後、同期入社の仲間(新入社員当時の遊び仲間で元副社長)が出演する妙見坂混声合唱団(山本芳子指揮、出演者は男性9名・女性25名)「ポポロの創立15周年記念演奏会」(寝屋川市地域交流センターのアルカスホール)に睦和会の有志4名と大学の同窓(舞子在住の川重OB)が応援に駆付けました。出演者の家族や友人で会場はほぼ埋め尽し、懐かしいパナOB数人と出会いました。1部はウエルナー曲を中心に7曲、2部は若い女性ピアニスト(桐朋学園大卒)のピアノデュオ「Twinkle」が3曲、3部は田中清光・山之井慎の作詞の7曲が演奏され、アンコールもありました。終演後同期仲間6名で慰労会(がんこ寿司寝屋川店)、妙見坂人は「指揮者の指導方針は複式呼吸の発声と体のトレーニングを重視、厳しいトレーニングを受けた」「私がグールプの最年長、練習は週1」「今日は友人と会食するので、打上げ会は欠席と断った」と楽しそうに内訳ました。「交わりの場が広がり、目標を持っての自己研鑽はボケ防止に効果覿面」と思いました。
●4/3(火)午後、香里園ブラの友人と「二条城の花見」をしました。新聞の花見だよりで、「京都の殆どの名所は満開、二条城は5分咲き」と書いてありましたが、実際は散っていました。城内は花見客で大賑わい、9割は外国人観光客でした。岡崎公園・平安神宮・知恩院を車窓観光していると、着物を着た外人が草履を持って足袋で歩く姿に出会いました。京都駅前のイオンに立寄り、初めて巡り合った「いきなりステーキ」(アメリカ産や国産のサーローインやリブステーキをグラム売りする店)は外国人と日本人で大賑わい、300grを美味しそうに食べる外人客に見惚れました。私も30-40代の頃は欧米で300grをペロリと食べていたことを思い出しました。我々は「イタリアン」(キャプリギョウザ)で、ピザとパスタなどを食べて堪能しました。
●4/5(木)正午、「いとこ会」(がんこ寿司京都駅ビル店)に3名が集合、翌日から肺癌で入院する京都のいとこの激励会を兼ねました。精密検査の結果は、「転移はなく、手術を避けて2ヵ月間の放射線治療」と診断。いとこは幼少の時からの姉弟以上の仲良、外面は元気でも心の動揺を察しました。奥様や2人の息子さんが物凄く心配し、「家族の優しさ」を感じたようでした。「命に執念を持つこと」「完治を信じて退院後の肺炎に注意」と激励、4/10に電話すると、「退屈でお見舞の日を楽しみにする」と応えました。
●4/6(金)正午、関西外大消化器科に通院、「貧血は8.8から9.8に改善、もう1ヵ月投薬。正常値の下限は12.9」と診断。息切れは多少良くなりましたが、1ヵ月後の完治に期待し、「もう暫く我慢…」です。
●4/6夕刻、ビデオ技術仲間で20歳ほど若いリーダー格の後輩2人と会食(枚方市駅前、土間土間とベル)…専門技術一筋にマイペースを貫いた香里園人と家電関連の事業部や海外会社のトップを務めた営業的な交野人。「我々はビデオで20年仕事し、VHSの歴史を築いた一員です」と胸を張りました。ビデオ事業終息後に他部門に散らばり、辛酸を舐めた年代でしたが、「ビデオに携わったことに誇りを持っていたんだ」と大変嬉しく思いました。食べて・飲んで・歌って・元気モリモリの後輩に圧倒されながら大変楽しい一時を過ごし、元気を貰いました。役員も輩出した技術屋同期会に誘って頂くことになり、大変楽しみです。
●4/8(日)、因島の友人から「デコポン」の段ボールが届き、家内も孫も大好きで大喜び。家内はお付合いの長い隣近所にお注分けし、残りは家内と孫で2分しました。毎年送って頂きますが、今年は粒が大き目、甘みもしっかりと美味しかったです。早速お礼メールをすると、「郷里に引越したばかりで気心が通わず、大阪が恋しい。90歳超えの父の調子が悪く、帰阪予定が延び延びです」と返信がありました。
●4/9(月)午後、ピンポンが鳴る度に家内は玄関で孫の友達を出迎え、男児も交じった7名が2階で賑やかに遊びました。孫は「ジィジィ、明日も友達來るよ」と話し、交友関係は良好で気配りができる様子。ボランティア精神旺盛で積極的に人との交わりを大事にするジィジィの遺伝子を引継いでくれたようです。
●4/11(水)正午、サンダバードの指定席・近江市場で昼食・金沢駅で夕食の予約を済ませ、「金沢城公園の花見」に行く予定でしたが桜が散ってしまい間際に中止。代りに大阪で「M7会」(北新地、穂の河)を開催、5名で次の温泉旅行の相談をしました。「観光には重きを置かず、温泉と海鮮料理をメィーンに10月下旬開催」を決め、金沢人に一任。食事会で解散の予定でしたが、急遽2次会(ラウンジ陽子)をセッティング、4人が夫々5-6曲熱唱。帰宅すると金沢から「今日は雨、中止して正解」とメールが届きました。(H30.4.12)
 

H30年3月後半記:桜爛漫の中、友人夫妻を招き、京響・E杯(準)・M6会・家族団欒を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 4月 1日(日)12時46分43秒
  ●3/18(日)午後、ジャンルイジ・ジェルメッティ指揮(1945年ローマ生れ、レパートリーは古典派から現代音楽と幅広く、オペラにも手腕を発揮、イタリアのロッシニー指揮者と称賛)の「京響定期演奏会」(京都コンサートホール)に出向きました。1部はロッシニー(1792-1868)の歌劇「ウィリアム・テル」序曲(12分)とドヴォルザーク(1841-1904)の「チェロ協奏曲ロ短調op.104」(40分)…チェロ独奏はルイジ・ビオヴァノ(イタリア生れのチェロと室内楽の学士。欧米日で協奏曲のソリストや室内楽で活躍、近年は指揮者活動に注ぐ)で指揮者と呼吸がピッタリ。2部はラヴェル(1875-1937)の3曲連続演奏…「道化師の朝の歌」(8分)と「亡き王女のためのパヴァーヌ」(7分)と「ボレロ」(16分)。美しいバトンテクニックと均整の取れた明るい正統的な音楽で聴衆を魅了する指揮者と称され、特にボレロの陶酔した姿に我身も引き込まれました…聞こえない微かなフルートの響きで演奏が始まり、各種の管楽器が入替り繰返して少しずつ音程が強くなり、途中から弦楽器が加わり、最後は全ての楽器の激しい響きで盛上り、指揮者は陶酔してタクトを振りました。久し振りにドヴォルザークに巡り会い、どの曲も聞き覚えがあり、楽しい2時間でした。
●3/19(月)正午、「E杯準備会」(香里園駅、サイゼリア)に難聴の芦屋人(事務局)と親の介護を抱えて家事を分担する茄子作人(司会・交渉担当)が4ヵ月振りに集合。次回「E杯開催」の相談…私から新しい食事処2ヵ所(中華と土佐料理)を提案しましたが、何時も2次会の参加者が多く、北新地に近い「がんこ寿司淀屋橋店」に決めました。時期は5月下旬とし、大先輩や遠方参加者と事前に日程調整をすることにしました。食事後に日頃空オケに縁遠い2人を誘って出向くと、店(美の里)のカウンター席はいっぱいになり、自転車で通う歌上手の常連さんらに交じって4-5曲熱唱後解散、孫の土産を物色して帰宅しました。
●3/22(木)午後、関西医大の循環器内科の新しい担当医(女性助教授、前任者は自営退職)の診察を前々日に特例予約して受診…身近に接しているホームドクターの紹介状が必要と言われ、「この1週間程外出すると息切れがひどく、今もしんどい患者に時間の手間を掛けさせるのは不条理」と言張って例外的予約を受入れて貰いました。入院覚悟で出向くと、「血液・心電図・レントゲン検査の結果、胸水が少しあり、貧血が進む。共に心臓の負担になり、息切れを起こす原因」「大腸のポリーブが疑わしい。昨年5月の内視鏡検査で出血していなくとも状況は変わる、消化器内科の予約をとり、胸水の利尿剤を出します」と診断。翌3/23(金)午前、消化器を受診し、「血液検査と検便の結果、胃と大腸から出血はない。疑わしきは鉄分不足」「鉄分補給剤を2週間飲んで様子見、4/6に再診」と診断されました。家内も貧血気味、食生活の改善(ほうれん草・小松菜・赤肉など)を心掛けることにし、暫く懇親会参加を控えました。
●3/22夕刻、孫のお友達5人(男児1名)が訪ね、2階で賑やかに踊って談笑、夕食は子らでハンバーグなどを料理、爺さんが苺を差入れると孫は大喜び。1階の居間に6人の布団を敷き、徹夜でヒソヒソ話が続き、子らには佳き思い出になりました。3/28(水)夕刻、孫の若いお友達2家族を招いた夕食会、3人の可愛い子らが「お爺ちゃんと一緒に食べる」と言って1階に食事を持参、一気に孫が増えました。
●3/25(日)正午、リホームした我家の見学も兼ねて家内の卓球友達のご夫妻(10歳ほど若い元銀行マン夫妻、我郷里の半田支店に勤務されて意気投合しな仲)を招きました。昨年は家の改築でバタバタして交流が途絶えましたので、家内は1年振りの再会に大喜。パン屋さんの「隠れパン弁当」と娘の手製サラダで会食懇談、お2方は岡山の田舎町(美作)出身で町の助成金を受けた同窓会やお互いの結婚しない子供の話、ご主人が修学旅行生の京都観光ガイドに挑戦する話などで盛上り、4時間ほど楽しく話し込みました。
●3/29(木)正午、「M6会」(北新地、穂の河)に米子・宝塚・甲子園・交野・枚方公園から6名が3ヶ月振りに集合、会社やお互いの近況などで盛上りました。全員乗りがよく、次回は甲子園人と私が共同提案した博多ツアーに賛同、早速博多の大学に通った交野人に計画を依頼。2次会(ラウンジ陽子)に全員が出向き、元パナOBの松山人も加わって賑やかな空オケ大会、解散後米子人と喫茶店で時間潰しをしました。
●3/31(土)夕刻、爺さん奉行の「家族5人団欒焼肉会」、佐賀牛焼肉(5等級)を奮発し、野菜なども刻んで準備万端。塾帰りの孫は早速美味しそうに食べてくれましたが、食後は直に宿題に取組みました。先週から咲き始めた桜は週初めに白一色の満開、週末の今日はすでに散り始めていました。(H30.3.31)
 

H30年3月中半記:確定申告を済ませ、いとこ夫婦食事会・家族昼食会などを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 3月17日(土)13時41分16秒
  ●3/7(水)正午、京都のいとこ夫婦と我家の2家族が地下鉄・淀屋橋駅で待合せ、「ふぐ料理」(道頓堀、治兵衛)で懇親。男2人はひれ酒、奥方は生ビールと赤ワインを飲み、孫の話や健康状態を話しながらフルコース(湯引き・てっさ・てつちり・ふぐ唐揚げ・ふぐ白子・雑炊・デザート・コーヒー)を完食して全員が大満足。京都の奥方を道頓堀や心斎橋を道案内…グリコの看板が見える出合橋は日本人そっくりのアジア系の若者で大混雑、たこ焼き屋やラーメン店は行列ができ、飲食店・ブテック・貴金属店・化粧品薬局・よろず店などの店もお客がいっぱい、外人客の少ない法善寺横丁・梅田花月・道具屋筋を散策しました。日本人が比較的多い北に比べ、みなみの繁華街は殆どが観光客、少子高齢化が進む日本では外国人旅行者が経済活性化の救世主。地方もローカル色を工夫し、国全体が多彩なメニューで観光立国を充実すべきだと思いました。淀屋橋駅前の喫茶店に立寄って談笑を続け、4月はいとこ4家族で琵琶湖の鮎焼を楽しみます。
●3/8(木)午後、家内の通院(香里ヶ丘有恵会病院)に付添、「血圧が高目、家でも測りなさい。塩分に注意」と診断。5/7(月)から桜通り(枚方公園と旧香里団地を結ぶ)に面した新しい建屋に引越し、「部屋割りと整理整頓が大変」「院内は広々とするが、診療科は現状通り」と担当医は話し、耳鼻咽喉科はなく・皮膚科と外科は週一のまま。家内は毎月糖尿病治療で通院、私は内科(風邪)や整形外科(腱鞘炎や切り傷)で年に数回通い、我家の最寄りのバス停前(香里ヶ丘5丁目)、駐車場が広くなって便利になります。
●3/10(土)夕刻、買物に出掛けて孫家族に総菜をお注分けし、ビールと焼酎で晩酌して就眠。夜中に足が痛み出し、急遽カイロを張ると効果覿面、今年3回目の体験になりました。老いてコブラ返りの如き痛みが時々生じ、放置すると「30分程の激痛」に苦しみ、複数の医師に相談するも未回答。当初は運動不足と思いましたが、体が冷えて筋肉収縮が原因と分り、この冬にやっと「即効薬はカイロ」と学びました。
●3/11(日)正午、塾の試験を終えた孫と「家族団欒昼食会」(くら寿司)。母娘で試験の出来ばえの反省会になり、お父さんは口挟まず。爺さん婆さんは出る幕無しでしたが、婆さんは孫との団欒に大満足、何時もより食が進みました。塾は宿題と試験で生徒を追い込み、遊び盛りの孫は遊び時間が制限されて不憫に思いますが、「ジィジィ、只今」と元気な声で帰ってきますので、大きな声で「お帰り」と返します。
●3/12(月)午後、「29年度確定申告」を提出。今年から税金が一気に大増額…松下幸之助創業者発案の「パナソニック福祉年金」(退職金を供託して高利回り付の20年償却年金)が、80歳で供託金(自己資金は無税)を使い果たして「生涯年金」に切替わり、全額が公的年金(雑所得課税)になりました。その上家内も後期高齢者になって医療費が3割に増額、同じ収入で「税金と医療費の大幅アップ」(前年比で約100万円増)は目に見えない高齢者増税…健康に制限される老人の生活習慣は急に変えられず、国の財政同様に赤字家計を覚悟。「年老いても高い税金を払い、社会に貢献できている」と前向きに受止めました。
●枚方税務署に出向く道中、「自動車同士が間一髪衝突を避けた瞬間」を目前で見て家内と大仰天。近所の見通しの悪い無信号の交差点、左からの減速すべき小型トラック(職人風の中年男性運転)がスピードを出して突入、軽自動車(若い女性ドライバー)は減速もせずに我が方向に直進、側面衝突寸前でトラックの急ブレーキが効きました。日頃は減速して右左を確認して譲合う交差点、「瞬時の気の緩み」と思いました。
●3/15(木)正午、昼間の「香里園ブラ」。1-3月は寒い夜の飲み会を避け、昼食会(魚べ)で懇親を継続。「最近酒好きな音楽仲間(元気だった乾物屋社長)が階段から転げ落ち、頭を打って入院、流動食を食べて再起不能」とメールが入りました。足元がふらつくと階段は物凄く危険、「私はエレベーター利用が原則、必ず手摺を掴んで階段を登り降りする」「老いたらお互いに無理をせず、安全に行動しょう」と話合いました。
●3/16(金)午前、2ヵ月振りのホームドクター(磯谷クリニッ)に通院。「A1Cは高目だが、悪玉コレストロール・クレニアチン・血液サラサラ・中性脂肪・γ-GOT・前立腺は良好」と診断。1-3月は厳冬の中で夜の外出は控えてきましたが、春爛漫の4-5月は「M7会…金沢兼六公園花見会」「関西六柊会京都会」「E杯5月会」「M4会5月会」の開催準備を始めました。日程調整・食事処の選定など…毎日パソコンメールのやり取りで忙しくなりましたが、高校同窓会はメール利用者が半分で電話と〒のコンタクトで手間が掛かります。 (H30.3.17)
 

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