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誤解しないでほしいですが、どちらがいい悪いといっているのではありません。
スリランカに移住してからいやになり、スリランカ批判をしている日本人のほうが、私はおかしいと思っています。最初は新鮮で、「自分にとっての」いいところしか見えないからでしょう。
下記の話は、親しくなったちょっと変わったスリランカ人がいっていて、私もなるほどなというか、納得できたことです。スリランカ人の中にもそういう考えの人がいます。彼は、だから、というか、やはり、国を離れましたが(非常に優秀な方でした)、そういう考えだと、逆にスリランカに骨をうずめられないでしょう。ちなみに彼が話していたブッダの教えや考え方のほうが、自分にはかなり理解できました。スリランカ人の実際の生活と仏教の教えとの間で気づいた矛盾についても、彼の話でかなり納得できました。ブッダが非常に優れていた、素晴らしい人物だということも彼の話からよくわかりました。それは神様というより、生身の人間としてですが。
私は特に仏教徒としての「信仰」活動はしていませんが、そのスリランカ人の話によって、ブッダを本当に深く尊敬するようになったわけです。
移住についての話がでていたので、参考になればと思って書いてみましたが、理解していただけなかったようですね。
実際に住んでいて帰ってきた人や、今住んでいる人なら、「いっていることは理解できる」という方も、中にはいると思います。自分もそうだ、というわけではないと思いますし、それでいいと思います。中には日本があわなくて、スリランカ人の中で自然に暮らしている人もいるでしょうし、それならそれで、ラッキーだったということだと思います。問題は、その逆のケースです。気づくまでにかなり時間がかかり、最後にはスリランカ批判になることは、スリランカ好きとしては残念だと思っています。
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