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N.Villageさんのおっしゃりたいこと、よくわかります。 確かに、長年住んで言葉が不自由なくなっても、異国、特に先進国ではない国に骨をうずめるとなると、その国の人の感覚と距離を置いて自分の感覚を保って「外国人」として暮らすか、それまで受けてきた教育や価値観を過去のものと割り切り(表面だけでも)現地の一般の生活にとびこむか、で、人生そのものが変わるでしょうね。
以前、アフリカの原住民と結婚し、現地の暮らしに溶け込んでいたと思われた欧米の女性が、子供が生まれてからそれを理由に子どもを連れて自分の国にかえった、という話を聞きました。その是非は別として、その女性の気持ちが、今ならわかります。
一般の生活に溶け込むといっても、スリランカの仏教徒の場合、生まれたときからブッダの文学的な逸話などまで、現実にあったと疑わずに暮らしています。そういう彼らの感覚を自然なものとして受け入れられないと、最初は新鮮でいいですが、先進国で健全に育ってきた人なら徐々にその矛盾や理不尽さに気づき、精神的についていけなくなってくると思います。
自分も一時はスリランカ永住を考えました。かなり時間はかかりましたが、数年の滞在、旅行には、これ以上ない素晴らしい国だとよくわかりました。
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