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H29年10月前半記:35日法要で義姉を偲び、メカOB会・ビデオ会・いとこ家族会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年10月14日(土)21時27分56秒
  ●10/4(水)正午から家内が帰宅、翌日の早朝出発に備えて新装の我家に初めて泊りました。まだ1階部屋に段ボールが山積みで家内のベッドが準備できず、孫娘と一緒に寝ましたが、2階の新しいトイレに慣れず夜中に「施設に帰りたい」と言出して孫はショックを受けました。70歳で同居した母もトイレの隣の部屋を陣取りましたが、家内も母同様になりました。施設では部屋にトイレがあり、日々優しく職員に声を掛けられ、同世代の仲間と手芸・習字・空オケ・買物ツアーなどを楽しみ、週の3日(終日)はリハビリに通い、4日(午前)は施設の行事を終えて家で食事。私も孫家族も留守がち、賑やかな施設生活を楽しんでいます。
●10/5(木)早朝、「義姉の35日法要」(愛知県碧南市、セレモニーホール碧雲)に家内とマイカーで出発、第二京阪・新名神を通り抜けて東名阪の御在所SAで休憩し、伊勢湾岸道・知多半島道を経て約3時間半で到着、30分前の一番乗りでした。2人の坊さんが休憩を挟んで1時間半程声高らかに読経しました。住職から仏教の教えの講話があり、「法事は故人を偲ぶと共に、明日の命も分からない自身の生き様を見直す機会。人に奉仕する人生を送ることが大切」。親戚が30名程集まり、私が最年長と思っていたら、故人のご主人の叔父さんが「私は88歳です」と言われてびっくり。50年程冠婚葬祭でお付合いした親世代の多くの親戚衆も4名に減り、子供の親族に若返り、喪主(長男)も列席した古い親戚をよく知らないと内訳ました。80代になって高速道路の運転は神経を物凄く使い、疲れ果てました。
●10/6(金)夕刻、「メカOB会」(梅の花京橋店)に四国から2名が馳せ参じて17名が1年振りに集いました。冒頭、「何時ものOB会と違って、若い皆さんとの懇親は刺激を受けて元気を貰います」「2025年になると5人に1人が認知症になるそうで、一瞬忘れても思い出し、前日の夕食を覚えていれば大丈夫。皆さんも侮らず、日々新しいことに挑戦して脳の活性化に努めてください」と最年長者挨拶をしました。私と70歳半ばと70歳前後の3人が長老で、殆どが60代前半と50代前半の現役女性、20歳前後の後輩でした。最近は熱燗を飲む人も殆どなく、私一人で独酌しました。全員が近況報告して盛り上がり、私は「日記を綴って20年程経ち、ボケ防止に役立っている。今日は去年の日記を懐かしく読んできました」「来年暮れにVHSの要素技術のOB会を計画しますが、その節は協力ください」と近況を話しました。
●10/7(土)正午、「ビデオ会」(門真、松心会館)に118名(会員390名)が1年振りに集合。今年は余興や会社幹部の現況報告もなく、懇親会のみになりました。欠席予定だった元社長が急遽参加し、「昔苦労を共にした皆さんに会いたくて、別の会を抜出してやって来ました」と挨拶、全員が拍手喝采で出迎え、盛上りました。前日のメカOB会の友は1人だけの出席になり、淋しさを感じました。久し振りに懐かしい面々と言葉を交わし、旧交を温めました。元輸出部署の女性が「大脇さん、昔からよく存じています」と言われてびっくり、私は当時言葉を交わさずの初対面でした。ビデオ創業以来の最古参になりましたが、VHS発売以来組織も急膨張して、2-3割のメンバーは現役時代の姿を覚えていません。中締めで大幹部(元副社長)が放送用ビデオの苦労話をしました。VHSの稼ぎを貢ぎ、執念で放送機器開発(新フォーマットMⅡ)に成功、ソニーと競合してオリンピックのスポンサーを勝取りましたが、殆どの人は知りませんでした。VHS事業は消滅しましたが、放送機器は今も健在です。私はAV研究所時代に全テーマの見直しを徹底し、稼ぎの少ない放送機器開発の委託テーマが多すぎるので縮小を検討すると、大幹部の大反発を受けました。
●10/8(日)午前、台風で順延になった「3家族いとこ会」の1ヵ月振りの再開、地下鉄東西線山科駅に6名が集合。マドンナ(山科のいとこの姫君)の車に乗込み、大渋滞の中を1時間半程ドライブして近江舞子近くの鮎料理店(松永)に到着。女性陣は子持ち鮎(2匹)と紅鱒のカルパッチョのコース、男性陣は鮎(3匹)と焼き鰻のコースを注文。活き鮎(シーズンは4-11月)を手元で焼くと油が滴り、熱々で大変美味しく、また来ることにしました。1時間程かけて近江八幡の人気スポット「秋桜園」(大凡300mx50m)を訪ね、2m程の背丈のコスモスに初めて出会いました。次いで新しい「たねや」の店に立寄りましたが、デッカイ敷地に茅葺屋根に壁に芝を敷詰めた田舎風な店構えと広い駐車場を新設、喫茶店も直販店も長蛇の列。田園風景が広がる地でのバームクーヘンだけの店の集客力にびっくり、マーケティングの凄さを感じました…続く。(H29.10.14)
 
 

H29年10月前半記:35日法要で義姉を偲び、メカOB会・ビデオ会・いとこ家族会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年10月14日(土)09時07分17秒
  ●10/4(水)正午から家内が帰宅、翌日の早朝出発に備えて新装の我家に初めて泊りました。まだ1階部屋に段ボールが山積みで家内のベッドが準備できず、孫娘と一緒に寝ましたが、2階の新しいトイレに慣れず夜中に「施設に帰りたい」と言出して孫はショックを受けました。70歳で同居した母もトイレの隣の部屋を陣取りましたが、家内も母同様になりました。施設では部屋にトイレがあり、日々優しく職員に声を掛けられ、同世代の仲間と手芸・習字・空オケ・買物ツアーなどを楽しみ、週の3日(終日)はリハビリに通い、4日(午前)は施設の行事を終えて家で食事。私も孫家族も留守がち、賑やかな施設生活を楽しんでいます。
●10/5(木)早朝、「義姉の35日法要」(愛知県碧南市、セレモニーホール碧雲)に家内とマイカーで出発、第二京阪・新名神を通り抜けて東名阪の御在所SAで休憩し、伊勢湾岸道・知多半島道を経て約3時間半で到着、30分前の一番乗りでした。2人の坊さんが休憩を挟んで1時間半程声高らかに読経しました。住職から仏教の教えの講話があり、「法事は故人を偲ぶと共に、明日の命も分からない自身の生き様を見直す機会。人に奉仕する人生を送ることが大切です」。親戚が30名程集まり、私が最年長と思っていたら、故人のご主人の叔父さんが「私は88歳です」と言われてびっくり。50年程冠婚葬祭でお付合いした親世代の多くの親戚衆も4名に減り、子供の親族に若返り、喪主(長男)も列席した古い親戚をよく知らないと内訳ました。80代になって高速道路の運転は神経を物凄く使い、疲れ果てました。
●10/6(金)夕刻、「メカOB会」(梅の花京橋店)に四国から2名が馳せ参じて17名が1年振りに集いました。冒頭、「何時ものOB会と違って、若い皆さんとの懇親は刺激を受けて元気を貰います」「2025年になると5人に1人が認知症になるそうで、一瞬忘れても思い出し、前日の夕食を覚えていれば大丈夫。皆さんも侮らず、日々新しいことに挑戦して脳の活性化に努めてください」と最年長者挨拶をしました。私と70歳半ばと70歳前後の3人が長老で、殆どが60代前半と50代前半の現役女性、20歳前後の後輩でした。最近は熱燗を飲む人も殆どなく、私一人で独酌しました。全員が近況報告して盛り上がり、私は「日記を綴って20年程経ち、ボケ防止に役立っている。今日は去年の日記を懐かしく読んできました」「来年暮れにVHSの要素技術のOB会を計画しますが、その節は協力ください」と近況を話しました。
●10/7(土)正午、「ビデオ会」(門真、松心会館)に118名(会員390名)が1年振りに集合。今年は余興や会社幹部の現況報告もなく、懇親会のみになりました。欠席予定だった元社長が急遽参加し、「昔苦労を共にした皆さんに会いたくて、別の会を抜出してやって来ました」と挨拶、全員が拍手喝采で出迎え、盛上りました。前日のメカOB会の友は1人だけの出席になり、淋しさを感じました。久し振りに懐かしい面々と言葉を交わし、旧交を温めました。元輸出部署の女性が「大脇さん、昔からよく存じています」と言われてびっくり、私は当時言葉を交わさずの初対面でした。ビデオ創業以来の最古参になりましたが、VHS発売以来組織も急膨張して、2-3割のメンバーは現役時代の姿を覚えていません。中締めで大幹部(元副社長)が放送用ビデオの苦労話をしました。VHSの稼ぎを貢ぎ、執念で放送機器開発(新フォーマットMⅡ)に成功、ソニーと競合してオリンピックのスポンサーを勝取りましたが、殆どの人は知りませんでした。VHS事業は消滅しましたが、放送機器は今も健在です。私はAV研究所時代に全テーマの見直しを徹底し、稼ぎの少ない放送機器開発の委託テーマが多すぎるので縮小を検討すると、大幹部の大反発を受けました。
●10/8(日)午前、台風で順延になった「3家族いとこ会」の1ヵ月振りの再開、地下鉄東西線山科駅に6名が集合。マドンナ(山科のいとこの姫君)の車に乗込み、大渋滞の中を1時間半程ドライブして近江舞子近くの鮎料理店(松永)に到着。女性陣は子持ち鮎(2匹)と紅鱒のカルパッチョのコース、男性陣は鮎(3匹)と焼き鰻のコースを注文。活き鮎(シーズンは4-11月)を手元で焼くと油が滴り、熱々で大変美味しく、また来ることにしました。1時間程かけて近江八幡の人気スポット「秋桜園」(大凡300mx50m)を訪ね、2m程の背丈のコスモスに初めて出会いました。次いで新しい「たねや」の店に立寄りましたが、デッカイ敷地に茅葺屋根に壁に芝を敷詰めた田舎風な店構えと広い駐車場を新設、喫茶店も直販店も長蛇の列。田園風景が広がる地でのバームクーヘンだけの店の集客力にびっくり、マーケティングの凄さを感じました…続く。(H29.10.14)
 

H29年9月後半記:ジャズ・ホテルバイキング・E杯を楽しみ、VHS要素技術OB準備会を発足しました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年10月 1日(日)16時27分28秒
  ●9/23(土)午後、心臓の手術で体力が衰えたヨーキムラ(79)の最後の公演「ヨーキムラトリオのアメリカンクラシックジャズコンサート」(神戸酒心館ホール)に元大幹部と2人で参加、大勢のフアン(約200名)が詰めかけ、元研究所の仲間やヨーキムラの同期入社組(S36)と一緒になりました。我青春時代に流行ったナッキンコール・アームストロング・ベニーグッドマン・ガーシュインなどの曲は心身共に軽快になり、癒されます。ヨーキムラは1曲だけドラムを叩き、後は1番弟子(永田充康)に任せ、ボーカルと司会に専念、1-2部9曲ずつ演奏し、人気者の小川理子(ピアノ、ボーカル)と交互に歌いました。華のある彼女はパナソニックの初の女性役員として今話題の人、毎日放送がビデオ撮りをしました。ヨーキムラは「今後は小川理子中心に続けて欲しい」と檄を飛ばすと、彼女は「これからもボーカルとして活動を続けて欲しい!」と観客に問い、拍手喝采を受けました。毎土曜日ニューサントリー5で出演する「ニューオリンズラスカルズ」では現在はボーカルで活躍中です。我家も20年程、六甲山ホテル・酒心館・サントリー5・神戸ジャズストリート・寺院などに熱心に通ったヨーキムラトリオのファンで、一抹の淋しさを感じました。休憩時に会場でおちょこ1杯の福寿の純米酒の利き酒と売店でリキュールなど3種を試飲しました。
●終了後、ヨーキムラや小川さんと一緒に仕事した元音研の仲間を誘って大幹部と3人で丸ビル(BF2のイタリアレストラン)に立ち寄り、前菜・ソーセージ・ピザなどを突きながら、昔話で盛り上がり、ビール・ワイン・ハイボールを5杯ずつ飲み、2時間の時間制限で退席しました。店は入り替りに若い女性客で常に満席でした。
●小川役員は「テクニックスブランドの復活」を熱心に取組んでいますが、今やオーディオは雑貨商品だけに高級志向は物凄く大変です。皮肉にも30年程前、私はビデオを退いてオーディオの再建に3年間取組、中高生の重低音ブームでゼネラルオーディオの「ラジカセ」が大ヒット、Hi-Hiオーディオの存在感のある「シスコン」を「ミニコン」にコンパクト化して流れを先導、高級ブランドの「テクニックスの開発」を中止、音研との連携を始めました。
●9/27(水)正午、孫母娘が行けなくなったチケットを貰って家内と「シェラトン都ホテル大阪」(21Fトッオブミヤコ)まで車で直行し、娘夫婦の友人家族(20年程前)を招待して以来のバイキング昼食、席に案内されて「今日の目玉は松茸ご飯と茶碗蒸し」と説明がありました。家内も小食になり、少しずつ色んな料理を味わいました。先ず茶碗蒸し・サラダ・前菜からスタート、家内とメニューを替えてスープはボルシチとカレー、小鉢の鴨なんばと穴子ちらしを食べ、焼立てのアメリカンビーフステーキとカリカリの茸の天麩羅が意外と美味しく2人でシェアー、最後の松茸ご飯の香りは見事でした。家内はゆずジュースとデザートが気に入りましたが、殆どツアーの朝食バイキングに似て、刺身や珍味食材は無しでした。女性グループや職場グループなどの客で賑わい、待機のお客も数名並んでいました。最後にコーヒーを2杯飲んで帰宅、「次回は孫家族と一緒に来よう」と思いました。
●9/29(金)正午、「E杯」(がんご寿司淀屋橋店)に16名(内80代4名)が4ヶ月振りに集合。「9/22の私市会で会食した透析中の仲間が涙を流して喜んだ近況を報告。80を過ぎると体力・気力・夢が無くなる淋しさがありますが、このようなOB会で家族では通じない昔話をすることが元気を取戻す特効薬です。今後も本会を4か月ごとに続けます」と世話人代表挨拶をしました。参加者の一人が「先月長男を脳障害で亡くし、夫婦で落込んでいる」「17歳の時にオートバイに当て逃げされ、頭を打って手術後の後遺症に苦しんで30年間入退院を繰返し、不憫な人生を送った」「犯人も見付からず、保険もなく自費で治療費を払い続けた」と告白され、「息子を亡くした私の体験では時間しか解決しない。奥様の悲しみはひとしおですよ」と慰めました。全員の近況報告で盛上がり、2次会(ラウンジ陽子)は歌好き9名が熱唱しました。
●9/30(土)夕刻、新たなVHSのOB会「準備会」(がんこ寿司枚方店)に4名を誘いました。「VHS立上の思い出会」(H26.11.3、参加者66名)、「エイト会」(H29.5.20、参加者51名)に引続いての第3弾の「VHS要素技術OB会」(H30年末、100名予定)を仕掛けることにし、骨子を決めました。①要素技術別・職能別に参加者を募り、全員投稿の「へこたれない挑戦魂」を主題に苦難を切開いた「思い出集」を作成、②元社長や現役幹部を招聘、③次回の準備会から若手を数名追加。2次会は初めての店(ベル、最大40名収容)に出向きました。お好み焼き屋の女将と6名程常連客グループや夫婦など10数名の先客が舞台に立って熱唱中。我々も仲間入りして若い女性客とデュエットをして貰い、楽しく過しました。(H29.10.1)
 

H29年9月半ば記:シナプロソロジーを体験、オープンハウスは好評、異業種昼食会と私市会をエンジョイ

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 9月23日(土)11時14分53秒
  ●9/14(木)午後、「枚信健康セミナー」(枚方会館)に枚方信用金庫の年金会員が会場一杯に押寄せました。2025年には5人に1人が認知症になり、有酸素運動(週に20分2回)が効果的で、「何時もと違うことをやる」が長生きの秘訣と前置きがあり、脳活性化プログラム「シナプロソロジー」(開発者・ルネッサンス常務、望月美佐緒講師)の脳を楽しく活性化(認知機能を向上)させるメニューを体験…観客全員が言葉の指示に従って手を肩や顔に添えたり・ジャンケンなどして、頭と体の不一致で一瞬戸惑ったが、「これが活性化になる」と解説。高齢者向け・企業・スポーツ・教育の現場などで活用されて効果が認められる注目のプログラムです。2部は米子市の郷土芸能「淀江さんこ節」(300年以上前の元禄時代から始まった無形民俗文化財)に保存会のメンバー20名の老若男女が軽快な歌と銭太鼓・傘踊り・壁塗り踊りを披露、三味線奏者の会長が1曲ずつ丁寧に説明、民謡の全国大会で優勝を競った歌手のこぶしの効いた声量に圧倒されました。
●セミナー終了後、駐車したビブレのパン屋に立寄り、コーヒーとパンを買いに行くと、家内の隣座の40代半ばの娘さんが「お宅のご主人は優しいですね、こんな方と結婚したい」とべた褒めされ、「主人の現役時代は仕事一筋で家庭を顧みず勝手放題、人生の苦節を重ねて今やっと何でもしてくれるようになった」と吐露。連れの3人のおばさんとも話が弾み、大阪人の庶民的で気さくな束の間の雑談を楽しみました。
●9/17(日)から2日間、我家の2回目のオープンハウス。大型台風18号の予報(9/17の夜に近畿を通過)で住友林業は迷いましたが、間際に開催を決定。そよ風が吹く涼しい日和でオープン早々に見学者が訪れて出だし好調、我家は2世帯夫婦が待機。初日は4名の営業マンが張付いて5組の見学者を迎え、主催者は大喜び。午後、塾友の家族の車に同乗した孫が「高槻中学高校の見学会」から帰ると、2人の女児(小4と小1)が車窓から「お爺ちゃん!お爺ちゃん!」の大声にびっくり、庭に出て「また遊びに来てね」と応えました。2-3ヶ月前に我家を訪ね、強面の爺ちゃんと時間を掛けてやっと仲良しになりました。
●9/18(祝)、大型台風18号は傷跡も残さず無事通過、両日とも雨は降らずの秋日和。初めての我部屋を覗いた見学者は仏壇とパソコン部屋に関心があり、2日目は6組の見学者が訪れて2日間11組の大半が枚方の在住の50代前後の壮年家族、チラシには「都市型リニューアル」と記載されていました。この日、爺さん婆さんはいとこ家族との琵琶湖ドライブの予定を早目に中止して家で待機。お母さんが孫のためにデザインを凝った4坪程の「可愛い庭」は10日間程の工事でやっと完成…鉛筆を模った丸棒を塀に仕立て、レンガと砂利を敷詰め、ベンチと物置台と黒板を備付…バーベキューができるようにしました。お隣の孫と仲良姉弟が遊びに来て、黒板を使って大はしゃぎ、終わるとスロープを走り回りました。見学者は機能と空間を重視した草抜き不要な庭(庭全体に陽当りがよく、湿地もなくて蚊もわかない)にも興味がありました。
●9/21(木)正午、月例「異業種昼食会」(北新地、へちもんや)に6名(松山から駆け付けた女性世話人・突然黄班が悪化して関西医大で治らないと宣告を受けた元ギャル・ハーフを習う元美容師・太陽電池会社の会長・ラウンジ陽子のママ)が集いました。富山県人会のバスツアーに誘われて「おはら盆歌」を観光した会長は「阿波踊りの比でない程に感動した」「斜め傘が目を覆って顔が見えず、妖艶が漂うも上品でおしとやかな踊り」と絶賛、3泊4日でマレーシアを旅した世話人は「川下りなどの観光に感動し、食事も美味しかった」と写真を披露。黄班を患う元ギャルは「モノの輪郭が見える程度で道を歩くのも判別が難しく、人の顔やテレビは傍に近づかないないと見えず、外出不精にり日々憂鬱」「手術後は20日間顔の下向き生活を強いられ、治る確率は50%」と嘆きました。2次会の空オケは世話役とママに囲まれて私だけになり、もっぱら話が弾みました。1人で唄うのは味気なく、「色んなお客さんの持ち歌を聞きながら歌うのが楽しい」と実感しました。
●9/22(金)正午、「私市会」(宝寿司)に5名が4ヵ月振りに再会、最年少の世話役(70歳)が店に送迎を頼んで家に籠る透析の友を連出し、80歳代の3人と会うなり、涙して喜びました。80代は急速に体力気力が衰える年代、一番元気だった元役員も弱気になりましたが、40年程前の無茶苦茶に仕事した昔話で盛上がり、忘れぽっくなった透析の友も会話が冴え、老人会で疲れ切って夢も無くなったと嘆いた会長も悩み事を吐き出して元気を取戻しました。引続き4人は枚方の喫茶店で話込みました。(H29.9.23)
 

H29年9月前半記:同い年の義姉を見送って寂しくなり、M6会と関西六柊会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 9月18日(月)21時57分47秒
  ●9/1(金)午前、家内の弟から「姉が今朝亡くなった」と訃報の電話を受けました。4日前の8/28(月)に同居の跡取り(長男)に病状を尋ねたときは、「体調がよいときは名前を呼んでくれるので、まだ意識はある」と話しましたが、実際は「今日か明日か」の一進一退で最後は苦しんだそうです。早速衣浦グランドホテルを予約してお通夜と告別式の準備、お通夜だけに参列する孫家族と一緒に出向くことにしました。
●9/2(土)午後、お父さんの運転でお通夜の斎場(碧南市、セレモニーホール碧雲)に出発、3時間程で到着。立派な菊一色の祭壇と両側に供花がいっぱい並び、式場をはみ出していました。跡取り夫妻に「寂しくなったね」「介護お疲れ様でした」「立派な葬儀です」とお悔やみを述べました。家内は一緒に育った6歳年上の姉(享年82歳)の安らかにな寝顔に涙し、私は小中高を共に学んだ親しき同窓に感謝しました。高校の同窓会で未だに話題になる程の美人、何時も輪の中心になる話好きで楽しい気さくな人柄、結婚以来一番仲良く行来した同じ一姫二太郎の家族だけに我家も物凄く寂しくなりました。高齢者の葬儀にかかわらず60名程が列席し、2人の坊さんのお通夜の読経は30分で終わり、孫家族は新幹線で帰宅しました。お通夜後の夕食時に故人の愛娘家族と一緒になり、金沢と尼崎で仕事する2人の息子さんと話が弾んで、「仕事に勝る健康は自己責任、過信せず体調に違和感があったら、必ず病院に行きなさい。親には心配を掛けない」とサゼッション。ホテルでビール3本買いましたが、寝薬の効用はなしでした。
●9/3(日)午前、1年振りに墓参りしました。全く同じ花が供えられており、家内が「昨日か今日の花だよ」と言いました。花屋に聞くと、「花の入荷の種類も日々色々、その日の気分でまとめるので確かな返事はできない」と濁されました。妹に電話すると「最近は私も娘も嫁もズボラして墓参りしていない」と言われ、クリスちゃんの弟かなと推測。蒲郡に住む息子と斎場で待合わせ、数年振りの急ぎ昼食をしました。
●9/3(日)午前、告別式に60名程が参列。3人の坊さんの読経は30分で終わりました。出棺前の身の回りに全員が3-4度繰返して花を供えていっぱいになり、介護した跡取りの嫁・孫娘・愛娘・家内が目に溢れるほどに涙しました。忙しい我息子は会社に戻り、親戚一同は火葬場に向かい、跡取りが炉の点灯。跡取り夫婦と孫娘・次男と一男一女の孫夫婦・娘夫婦と二人の孫息子・末っ子の弟夫婦・我家などの身内が勢ぞろいして見送りました。食品問屋の3代目に嫁ぎ・多くの授業員の寝食の世話・店頭に出て陣頭指揮・2代の姑に仕え・子育など…多忙な毎日でしたが、優しい親族に囲まれたハッピーな人生でした。家内は骨拾いをしたいと言いましたが、前日は睡眠不足で夕暮れ前の早目に帰路。新名神はスピードがでるので、亀山から一般道の163号線に乗換ましたが、昔よく走った道も随分迷いました。
●9/5(火)正午、「M6会」(北新地、穂の河)に6名が集いました。3ヶ月前の開催から2名が新たに加わり、元大幹部(ホスト)を囲んだ技術・経理・輸出・人事・秘書の6人会。米子から日帰り参加者は前立腺癌の放射線治療を終えて、元気にやって来ました。会社の現況や夫々の近況などで大変話題豊富でユニークな会になりました。創業18年、料理も部屋もよし、お気に入りの食事処になりました。昼食後空オケ大好きなホストは次の約束の京都に出向き、空オケ2次会(ラウンジ陽子)は5名貸切の唄い放題、夫々が持ち歌を5-6曲熱唱して盛上がりました。職種は違っても同じ釜の飯を食べた苦労仲間、生活観が合います。
●9/9(土)午後、「香里園ブラ」(熊ちゃん1号店)、先客が3名。前回の寝屋川市長選で落選した病院の理事長の選挙参謀をした歌上手なお医者さんと一緒になり、寝屋川市民に間違われた選挙話にキョトン。顔見知りの常連客が「この方は偉い人だから持上げている」と話す下町の気さくなスナック風景でした。
●9/12(火)正午、「関西六柊会」(ヒルトンホテルのBF2、たちばな)に7名が4ヵ月振りに定刻に集合。10月は名古屋での全体同窓会(半田高校)があり、今回は関西在住者のみの開催にしましたが、地元半田からも1名が参加、「関西に行くことをこれからの目標にしたい」と内訳ました。病気・他界した同窓・高校時代などの他愛ない話題は尽きず、「これが同窓会の楽しさだ」と思いました。女性陣3名は酒類を飲まず、男性4名が中生3杯(ないしは熱燗3本)程度で酒量も減りました。次の喫茶店でも話が弾み、延々と5時間程の談笑。皆様から感謝されて世話役冥利でした、次回は1月の新年会です。(H29.9.18)
 

H29年8月後半記:M3会・エレガンスサロン・いとこ会・よし春会・香里園ブラを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 9月 4日(月)09時12分6秒
  ●8/18(金)正午、「M3会」(仮称、たちばなヒルトンホテルイースト店)に3名が集合、「大勢の中ではじっくり話せないので、少人数で会食をしたい」の要望を受けて仲介。ビデオ開発の創成期(オープンVTR)に活躍した先輩は元会社の大幹部が大阪市大生時代からの知合い、受験に失敗した先輩は聴講生として大阪市大の電気工学科を受講、その後2人は松下電器に就職、配属先は録音機事業部(元大幹部)と中研(先輩)に分かれました。酒豪の2人は熱燗を交わしながら、60年程前に瞬時タイムスリップして大学時代の昔話に意気投合…当時の学生仲間の消息を巡り、戦後の物資難でメチルアルコールから飲めるアルコールに分離する実験など…懐かしい学生時代の話やビデオ創成期の苦労話などで盛上りました。当時活躍した研究所の仲間も随分亡くなり、日頃話題にしない秘話も飛び出して心の底から楽しい懇談ができ、次回(11月)は昔馴染みを加えて続けることにしました。昼食後は歌嫌いな先輩を引っ張って空オケ(ラウンジ陽子)に出向き、機転の利くママも加わって談笑が続き、最後に夫々が3曲ほど歌い、ほろ酔いで解散しました。
●8/20(日)夕刻、「エレガンスサロン」(北新地、モナリザ)は4ヵ月振りの開催にかかわらず、間際に欠席者が続出して参加者4名(ジャズマン・化学屋・薬屋・家電屋)になりました。曇天でも暑い日曜日の北新地は殆どが閉店、閑静の街の中を外国人観光客がネット探索した食事処を探しているようでした。情報通の化学屋が「研究・イノベーション学会関西支部」の参加報告…近畿経産局・大阪府・大阪市・大学・企業の代表者から「イノベーションと地域創生」の活動や研究発表が月例で行われていますが、日本の将来を支えるキーデバイス(例えばビデオヘッド・光ピック・IC・DVD・テープ・リチュウム電池など)の発表が欠けているのを憂いました。少人数でしたので、日頃話題にしないような話題で盛上り、空オケもせず、4時間を超えました。化学屋と薬屋は現役時代を顧みて、「家電や自動車メーカーは素材メーカーとの付合いが下手だった。社内外のあちこちに頼んで早く安く出来たところにポイと決めるので、素材屋は無駄金使いを止めて本気で付合いをしなかった」「仲介者(バイヤー)が横柄だった」と言われ、認めざるを得ませんでした。今後我国が技術立国を目指す「AI・ビックデーター、ロボット・光量子、防災減災技術」の「基盤技術の構築」に命運が掛かります。
●8/21(月)午前、家内が眼科(こうやま眼科)に通院して「眼低出血はなし。白内障は結構進んでおり、眼底も見え難くなり、手術をしてもいい状態」と診断されると、家内は「まだよく見える」と返事。8/29(火)午前、私がホームドクター(磯谷クリニック) に通院、予想外に反してA1Cが上昇してがっくりでした。8/31(木)夕刻、家内が内科(有恵会香里ヶ丘病院)に通院して「糖尿病は変化なし」と診断され、処方箋を貰いました。
●8/22(火)正午、「いとこ会」(がんこ寿司京都駅ビル店)に80代の3名が3ヶ月振りに集合。ハンカチを片手に真夏の炎天下の暑さに降参、フリードリンク付料理を注文して早速冷えたビールで乾杯。お互いに酒量の衰えを自覚しながら、「近況・物忘れ・孫の自慢話・兄弟の消息・旅行」などを肴に熱燗のお代わりを繰り返すと、「お年のわりにはよくお飲みになりました」と接客係に言われ、「綺麗な着物の着心地はいかが」と尋ねると「暑いです」と応えました。店内は夏休みの子連れの若いお母さん家族で大賑い。孫が帰省している京都のいとこは早く帰りたい様子でしたが、「折角守山と枚方から集まったのだから、コーヒーでも飲んで帰ろう」と提案、「お付合いは時間を欲しまず、楽しく過ごす」が私のモットーを押付けてしまいました。岐路夕食用の総菜を買って帰りましたが、残念にも孫は塾で弁当を食べて帰宅しました。
●8/25(金)夕刻、「よし春会」(京橋、御馳走よし春)に5ヶ月振りに6名(欠席3名)が集合、早速ビールで乾杯して暑さを吹っ飛ばしました。会社の現況や3名の手術報告(前立腺と白内障)などで話題は尽きず、美味しい海鮮料理で熱燗が進みました。「VHS立上の思い出を語る会」を終えて2年が経ち、お互い(世話役)が元気な来年に2回目の開催を提案しましたが、反応が今一つ。新たに「VHSを支えた要素技術の思い出会」を仕掛けようと決意、裏舞台で苦労した基盤技術グループに照準を当てたいと思いました。
●8/29(火)夕刻、「香里園ブラ」(ワーゲン)。相棒と突出しの小鉢をいっぱい食べて夕ご飯、初対面のお客さんとも気さくに言葉を交す下町のスナック。高得点を目指すお客さんが多く、こぶしを効かした自己流は減点になるのも気にせず心地よい気分で数曲熱唱し、孫との約束時間より早く帰りました。(H29.8.31
 

H29年8月半ば記:JAL事故犠牲者を偲び、孫の誕生会やソプラノ歌手独唱会などを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 8月16日(水)15時24分23秒
  ●8/10(木)午後、「香里園ブラ」(香里園、熊ちゃん元祖店)。ハンカチを片手に日陰のない炎天下をバス停まで5分程歩き、バスを7分程待ち、香里園の街中を7分程歩いて店に到着、早速冷えたビールを注文して生気を取り戻しました。8名の熟年者や高齢者のお客でほぼ満席、途切れなく演歌の熱唱が続きました。顔見知りのお客様から「例の歌を唄って」のリクエストにびっくり、「歌とお客様を組合せで覚える」「親父は歌下手、母は綺麗な声で歌上手、私は母の遺伝子を継ぎました」と内訳、コーラス部出身者らしき透き通った声でバラードを歌いました。歳に似合わず可愛い声やか細い声で歌うお姉様方、こぶしが効かして声量豊かに歌うお兄様方、暑い中一人でやってくるだけにどの方も歌自慢。皆様の真剣に歌う顔を見て、「ボケ防止に役立つ」と確信しました。我々も5曲ずつ歌って満足し、夕食処に向かいました。
●8/12(土)、朝刊で「昨日、御巣鷹山の尾根の麓を流れる神流川で300個の鎮魂の灯篭流しが行われ、坂本九(犠牲者)の“見上げてごらん夜の星を”を合唱して犠牲者520名の33回忌を悼んだ」の記事を読んで、32年前の事故当時を思い出しました。18時羽田発-伊丹行のJAL便が尾翼の破損でアンチローリングして御巣鷹山(群馬県上野村)に激突、我技術部でVHS立上時や鉄板シャーシーで大変苦労を掛けた課長を亡くしました。記憶が薄れてきましたが、夏休みの夜遅くまで晩酌をしながらテレビに映し出される搭乗者のカタカナ文字を眺め、まさか部下が搭乗しているとは思いませんでした。夜中に企画部長から「技術と企画の課長2人が乗っていた」と連絡があり、直に自宅に電話すると中学生の娘さんがおいおい泣きながら「お父さんが乗っていた」「お母さんはJALホテルで現地直行の待機…随行者は親族1名のみ」と聞き、早朝からお宅に伺って2昼夜テレビを見ながら庭で待機してご遺体を迎え、お通夜・告別式の葬儀委員長を務めて700名程の弔問を受け、49日・1回忌・3回忌は仏前にお参りしました。空席待ちで予約便の前便に乗ったのが「運命」の分れ目でした。3年前に当時の仕事仲間のOB会に奥様をお招きすると、「中学生の孫(遺児)と同居し、生育を楽しんでいる」と元気に話される姿に安堵しました。これまで多くの若い後輩や同僚を弔い、「人生は歳に関係なく、夫々が運命を背負っている」と悟りました。
●8/14(月)正午、孫家族と5名で「孫の誕生会」を京橋のツインタワー最上階(38階、燦OBP)で行いました。「大阪城」や淀川から分流した大川が堂島川と土佐堀川に分かれる「中之島」(東西約3Km、東洋陶器美術館・中央公会堂・大阪市役所・中之島図書館・フェスティバルホール・国際会議場・国立国際美術館・科学館などが立地)を眺望する席を予約、孫は景色には余り関心がなさそうでした。孫と爺さん(私)はメイ-ンデシュに山形牛ステーキ・婆さん(家内)はお造り・お父さん(孫)は豚しゃぶ・お母さん(孫)は御膳を注文、鯛飯と飲物はお替り自由でした。鯛めしが美味しくて全員がお代わり、孫が鯛の刺身付茶漬を追加注文して「物凄く美味しい」と大満足。係に頼んで全員で記念撮影し、賑やかな家族団欒を楽しみました。車をイオン京橋店に駐車、1時間程自由解散して買物をしました。帰り道、孫のリクエストで大学進学とスポーツなどの専攻をクラス分けする「大阪桐蔭中学・高校」(大東市、学研都市線・住道)に寄道、生駒山の麓で大阪産業大学と隣り合わせでした。車中、ボケの婆さんと突込の孫との頓智問答が始まり、和やかな雰囲気に癒されました。
●8/15(火)正午、堺のお爺ちゃん(孫のお父さん)と徳島のおばさん家族(孫のお父さんの妹)が訪ね、我夫婦は挨拶だけして、マイカーで豊中に出向きました。若手ソプラノ歌手7名の独唱会「はばたくひばり達」(らるえっと会、豊中市立文化芸術センター小ホール)に200名程のファンが押寄せました。我家は友人に誘われて孫の如き細身で声量がある歌姫「北野加織」(二期会準会員)の応援団になり、チケットを注文するとご本人から早速礼状が届きました。夫々がオペラのアリア(モーツアルト・プッチーニ・ロッシーニ・ヴェルディ・ドニゼッティ・ベッリーニ)や日本の歌曲(団伊久摩・山田耕筰・中田喜直・平井康三郎)の14曲をピアノの伴奏で独唱、同じソプラノでも音色や歌唱の違いを楽しみました。「らるえっと会」(ひばりたち、若手オペラ歌手の応援組織)は毎年開催を続けて今年で4年目。声量豊かに響きを利かして歌い上げた歌姫の3曲の歌唱が際立ちました。出演者は登場ごとに衣装を変えて艶やかさを盛り上げ、最後に7名が勢揃いしてフィガロの結婚の1曲を歌い、観客は拍手大喝采。俄雨の中、歌姫に激励の声も掛けずに帰り、翌朝早速お礼のメールが届きました。(H29.8.16)
 

H29年8月前半記:会合の段取りをし、関西外大の受賞祝賀会に招かれ、義姉の病魔を悔む

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 8月10日(木)10時50分27秒
  ●8/1(火)-3(木)は家内の昼ご飯以外は外での約束はなく、「高校同窓会」「いとこ会」「M3会」の8-9月開催の段取りをしました。メールと電話で日程調整し、食事処を予約、切手とハガキの購入や写真の焼付など…手間暇が掛かり、特に会員数が多い同窓会は3日仕事になりました。しかし案内相手のメール返信も速く、電話すれば近況が聞け、皆さんに喜んで貰えるのが世話役冥利、老いても役目があるのは大変嬉しいこと。世話役はサービス精神旺盛で独善にならず、全員の意見を聞いて調整し、公正で強いリ-ダ-シップが必要な役柄、若い人は我慢強さと調整力が不足して独善になり易い傾向があるようです。
●8/4(金)午前、関西医大病院の眼科に通院。「白内障手術後の経緯は良好、目薬は継続」と診断され、視力は2週間前同様(1.2、1.5)でした。次回は1ヵ月後に再診、入念な術後の検診に満足しています。
●8/5(土)夕刻、関西外大の「谷本栄子理事長の旭日中緩章受賞祝賀会」(リーガロイヤルホテル光琳の間)に出席、広い会場は約600名(来賓・元教職員・現教職員など)で埋め尽くされ、ご祝儀は一切お断りと記されていました。MBSの柏木アナウンサー(卒業生)が司会・叙勲伝達式(DVD)の上映に次いで理事の祝辞・枚方市長の乾杯で祝宴が始まり、学生の混声合唱団(ラベリテ)の祝歌・御殿山新キャンパス(来春完成)の上映・教職員と同窓会から夫々記念品贈呈・学生から花束贈呈と続き、受賞者(理事長)から謝辞が述べられました。退職して11年が経ち、見覚えのある語学の先生方とテーブルが同じで、隣席の元公務員の先生(政治経済を担当、5年前に退職)と親しく言葉を交わしました。当時懇意にした先生方との再会を楽しみにしていましたが、殆ど見かけませんでした。フランス料理を舌鼓しながら、シャンパンから赤白ワイン・ビール・地酒など…お酒のフルコースをマイペースで賞味しました。理事長の隣席のパナソニック社顧問(元社長)に挨拶すると、「この人が先ほど噂していた元教授でVHSの開発者です」と紹介されて読売新聞と住友銀行の役員から名刺を頂き、同時に理事長に受章のお祝いを述べると、親し気に「先生、お越し頂いてありがとうございました」と挨拶を受けました。宴もたけなわ、豪華景品の福引抽選で全員が興味津々、学生の少林寺拳法部とチアリーダー部(パイレイツ)の溌溂とした演技で会場が沸きました。学生数13.000名・定員割れもせず・無借金で新学舎建設・経営の手堅さは見事。京阪電車に大勢の女性教職員が乗込み、賑やかな懇談が続き、隣席の先生と気安く言葉を交し、何時ものOB会と異なる雰囲気を楽しみました。
●8/6(日)正午、我家の昼食は讃岐どんとアスパラ・玉ねぎ・ベーコン炒めの玉子とじ、すき焼風牛肉。うどん嫌いな家内が冷しうどんをワサビ味で美味しそうに食べ、歳と共に好みが変りました。雨が止んだ夕刻、1年以上掛かって新装なった「共益社枚方会館」の見学会に出向くと閉会の跡片付中、覗くだけになりました。最近は家族葬が主流、大部屋はなくなり、70名程の部屋が1-2階に2部屋ずつ(間仕切りを取ると150名部屋)、親族の控室が和室・洋室・食事室と繋がり、時流に合わせた改装。10余年前に母と長男が本館で多くの弔問客に見送って貰いましたが、我夫婦は子供に世話を掛けない家族葬で納得です。
●8/7(月)正午、家内が帰宅。爺さんと昼食を済ませ後、孫とピアノや折り紙などで遊んで大喜び。「碧南の伯母さん(家内の姉)が2回目の入院治療した後は体調が回復した」と聞き、「次の3連休に孫家族と5人で見舞いに行く」と電話すると、長男夫婦から「本人は誰とも会いたくないので、断って欲しい」との伝言、「子供らにも会わず、多弁の母の面影はなくなり、ベッドから一人で寝起きができず、言葉数も少なく、好きなものを少々食べるだけで食欲は無く、直ぐ疲れる」「自らマンション建設に関わって楽しみしてきた竣工式も3月に済ませて夢が無くなり、気力が薄れた」と近況を話ました。「結婚以来、最も親しく行来した親族、あの元気な姿に2度と会えないかも」と家内は無念がり、私とは小中高の同窓で気心が通った友であり、孫には赤ちゃんの時から可愛がって貰った大好きな「三河のおばちゃん」、誠に残念でした。
●8/9(水)午前、お母さんの友人(パン屋のパティシエの奥様)母娘が訪ね、孫娘は2階でビザとケーキ作りを習いました。正午に婆さんが帰宅、爺さんが調理した目板カレイ・おでんと寿司を食べた後、2階から美味しいピザとケーキが届きました。また昨夜因島から「農薬を使わない白桃」が届き、お客様と一緒に完熟の白桃を賞味。「美味しかった、今日はご馳走をいっぱい食べた」と婆さんは大喜びでした。(H29.8.10)
 

H29年7月後半記:異業種昼食会・いとこ会・イタリアン会・繁昌亭落語・我家の晩酌会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 7月30日(日)18時11分54秒
  ●7/22(土)正午、「異業種昼食会」(丸ビル、八かく庵)に日本在住の中国人2人と台湾に紙芝居行客する紙芝居研究家など…7名が集合。日本企業勤務13年の中国人は「家内を北京に残して単身赴任、年2回帰って幼い息子に会うのが楽しみ、お金は溜まらない」「日本人と同じ仕事をしてきたが、最近意地悪され、中国語を使う職種を探索中」と流暢な日本語を話す気遣い抜群の好青年、他の1人は「日本を拠点に釣り具の販売業を営み、日本では安い中国製品、釣りブームの中国では日本の高級品を売る」と自己紹介。2人は豆腐が大好きで3回お代わり、空オケ(ラウンジ陽子)も中国語で日本の歌を熱唱。
●7/23(日)午前、「いとこ3家族会」に6名が3ヵ月振りに集いました。今回も山科のマドンナ(京都のいとこの姪)がネットで探した「烏丸四条近辺の狭い住宅街のフランス料理店」(エッセーン)は女性客で連日満席の人気店。バターを控えた日本風の味付は大変美味しく、食べ切れない程の品数で京都のいとこと熱燗を交わしました。マドンナが6人乗りマイカーで嵐山・嵯峨野方面をドライブ、大覚寺に立寄り・長身の赤松に魅せられ・大沢池では手を叩いて大きな鯉を呼寄せました。家内が毎日2時間余掛けて介護通院した宇多野病院(30年程前に母がパーキンソン病で入院)を通り過ぎ、大賑わいの上賀茂神社で女性太鼓チーム(15名程)の奉納太鼓の力強い響きを楽しみました。9月会は琵琶湖の鮎料理を約束、京阪三条駅で別れました。
●7/24(月)夕刻、「香里園ブラ」で初めてのエコノミーの店(ワーゲン、カウンター席とテーブル席で20名以上の広さ)を訪ねました。ママの手料理の突出し(総菜・魚の煮付・麺類など)がいっぱい出て、ビール1本付の歌い放題、お腹いっぱいになり、焼酎をキープして我相棒と2人で5曲ほど貸切熱唱しました。酒も飲まず冷やしうどんまで食べた先客を「夕食を食べに来たお客さん」と思いましたが、2時間ほどして飲み仲間が集まると、お酒と空オケが始まりました。70前後の1人客が多くてカンウンンター席はほぼ満席、心不全で禁酒する常連はマスターに「私の代わりに飲んでくれ」と話し、元スナックのママはジュースを飲み、空オケを楽しみました。鹿児島・熊本・大分出身者のお国談義が始まり、初対面で仲間入りしてローカルの気さくさを楽しみました。
●7/25(火)夕刻、異業種交流「イタリアン会」(心斎橋、イルメルカートアンジェロ)に家内と参加、6名が集合。男性4名(81、74、70、69歳)で私が最年長、1人(金融関係の顧問)は初参加でした。家内が「私1人で3人の子育てを切り盛りし、その上若い社員や外国人の訪問客が多くて料理するのが大変だった」と話すと、全員が高度成長期の戦士、「私も仕事に没頭して家庭を顧みなかった、夜の付合いも多かった」と昔話で盛り上がりました。人気津軽三味線ユニット「ルナーレ」(津軽三味線・ピアノ・和太鼓の5名)のフアンが押寄せて迫力満点の演奏に拍手喝采、司会のピアノのお姉さんが客席に掛声や手踊りを指導して盛り上がりました。イタリア料理を舌鼓しながら、家内は赤ワイン、私は生ビールを数杯飲みました。今回も「アンコール!」を先唱すると帰り掛けたアーチストの足が止まって快くアンコールに応えましたが、意外と声を掛ける人はいません。
●7/27(木)午前、松愛会枚方南支部の「天満天神繁昌亭の落語会」に家内と参加、京橋駅広場に90余名が集合、昔馴染みに再会すると家内も懐かしく立話。繁昌亭まで東西線で引率され、30分程炎天下で汗を掻いて待機。満席の中、約3時間(落語8席・ヴァイオリン漫談・腹話術)のお笑いを楽しみました。芸歴40年前後のベテラン・中堅・女性・東京から馳せ参じた落語家など…10名の出演者はテレビでの馴染みはなく、全国の落語家(東京600名と大阪260名)の内でテレビに出られるのは極僅か、ユニークな個性と華がある人に限られます。終演後、大阪名所「天神商店街」を1.5Km程(環状線天満駅まで)散策しました。
●7/29(土)夕刻、50年来懇意にする「先輩」と何時もOB会で酔って世話になる「後輩」の酒豪2人を招いて「晩酌会」。息子が枚方公園駅で出迎え、私は“ししとう・ジャコの豆板醤炒め”(1番人気)と鉄板焼(カナダ産サーモン・特大エビ・剣先イカ…)、娘が突出しやデザートを準備。中国通の後輩が差入れた白酒は美味しくて4人で飲干し、ビールと池田酒(呉春)もよく飲みました、ワイン・屋久島焼酎とステーキは手付かずになりました。家内の売込で奥様会では孫がアイドルのようで、先輩の奥様からお土産を拝受。学校の納涼バザーから帰った孫は途中から加わって一層盛り上り、2人のお爺様と2ショット、気が付いたら6時間が経ち、大変楽しい夕食会でした。翌日、リハビリで不在した家内が後輩から送られた写真に大喜び。(H29.7.30)
 

H29年7月中半記:5日間通院、孫家族の友人夫妻を招いた夕食会・京響・OB会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 7月25日(火)08時34分5秒
  ●7/14(金)午前、関西医大病院に通院、循環器内科では心電図をとり、「血圧を下げ、頻脈や狭心症を改善する薬が息切れするようになった」と話すと、「心臓の状況が変化したので、1日心電図で原因を調べる」と診断、また眼科の視力検査では右目1.2(裸眼0.2の乱視)、左目1.5(0.8)と向上し、「術後の経過は良好」を診断、両科とも次週の再診を予約しました。何時も1-2時間待たされるのが、珍しく予定通りの受診を終えてびっくり。次の予定まで時間が2時間程空き、時間潰しに苦労しました。
●午後の「E杯準備会」(サイゼリア香里園店)に世話役3名が集い、次回の開催(日時と場所)の相談をしました。キーマン(大先輩ら)と遠方会員(福山・米子・岡山)に9月後半の都合のよい日を事前に聞くことにしました。昼食で1.5Lの赤ワインを注文するも1/3程が残り、枚方の世話役にワイン好きな奥様の土産に持帰って貰いしました。芦屋からやって来た世話役は「最近声が出なくなって歌えない」と言いながら躊躇しましたが、「これもお付合い」と無理強いして空オケ(実の里)に誘いました。先客3名に割込んで歌い始めると、芦屋人はよく声が出て4曲程熱唱し、「久し振りに気分よく楽しめた」とお礼のメールが届きました。
●7/15(土)夕刻、孫夫婦が友人夫妻を招き、爺さん婆さんも同席しました。奥様は「長男は就職して2年目、娘はフランスに語学留学の3年生で8月に帰って来る」と嬉しそうに話し、孫が生誕前に家族ぐるみで梅田(ホテル)で食事したことを思い出しました…当時は中学生の息子さんはスポーツ好き、小学生の娘さんは細身の長身でバレイに熱中していた頃、成長の速さにびっくり。ご主人は、21年前に私が大学の教壇に立つ準備で「情報処理」の教科書を1ヶ月程徹夜して書き上げた時に、パソコンの絵図書きに協力して頂いた方でした。7人で鉄板焼などを突きながら、賑やかな懇談が続き、婆さんも大喜びでした。
●7/16(日)午後、「京響の定期演奏会」(京都コンサートホール)に家内と電車で出掛け、15分程遅刻しました。広上淳一常任指揮者(59)によるブラームス(1833-1897)の「大学祝典序曲」(10分)、ピンカス・ズーカーマン(69)の独奏でベートーベン(1770-1827)の「ヴァイオリン協奏曲」(42分)の2曲は華のある名曲。特にベートーベン唯一のヴァイオリン協奏曲は全身をタクト代わりに躍動する指揮者とズーカーマン(40年間活躍したテクニックと芸術性で世界のカリスマ、ヴァイオリニスト・指揮者・教育者)の緻密で響のある音色に満席の観客を魅了して拍手は止まず、エネルギュシュなヴァイオリニストも指揮者も物凄く疲れ切った様子でした。最後のブラームスの「交響曲第3番」(40分)は第4楽章で音が消えていくように終り、ブラームスらしい余韻がある名曲でブラームスファンを魅了しますが、一般的に物足りなさを感じる曲でした。終演後に突然ゲリラ豪雨に見舞われ、暫く多くの観客が足止めされました。地下鉄も三条通りも祇園祭の宵山で浴衣姿の娘さん・外人客・家族連れで大賑い。大学生時代に通った懐かしい「珉珉三条店」でこの店にしかないジンギスカンなどを注文、家内も大好きになりました。
●7/18(火)午前、超満員の外来患者の関西医大病院で「ホルター心電図」(24時間心電図記録装置)を装着後、ホームドクター(磯谷クリニック)に通院(月例)。翌7/19(水)の同時刻に同病院でホルター心電図を外すと解放感を味わいました…暑い最中でもシャワーは浴びられず、テープを張付けた箇所が痒くなりました。7/20(木)午後は家内が月例の通院(有恵会星ヶ丘病院)。7/21(金)午前は先週に続いての関西医大病院の循環器内科と眼科の掛持ち受診。循環器内科の血液検査・レントゲン撮影・心臓超音波検査(UCG)と眼科の診察が重なってバタバタしました。眼科は「術後の推移は良好、目薬は続けること、2週間後に再診」と診断。循環器は「心電図や心臓の働きに異常は見られず、水も溜っておらず、薬なしで行きましょう、半年後に再診」と診断。4日連続の通院、暮れには家内も後期高齢者になり、我家の医療費も急増中です。
●7/21(金)夕刻、「M4会」(天満橋、NANAKO)に4名が2ヶ月振りに天満駅(地下鉄谷町線)で待合せ、まだ暑い最中でした。若い女性(ソムリエ・シェフ)が洋風料理を一人で切盛りするお洒落な店(甲子園の先輩の紹介)、テーブル席に座り、コクのあるイタリアワインとお任せ料理(野菜・魚・肉などをあっさり味調理)をお腹一杯に味わいました。女性も交った仕事帰りの2組のお客さんはカンウンターに座りました。酒の蔵元巡りを趣味にする福山人やパチンコメーカーの役員を経験した京都の仕事人などの話題提供で盛上りました。北新地に出向くと天神祭りの獅子舞が店内で踊り、若くとも世慣れた京都人がおひねりを渡しました。(H29.7.25)
 

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