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H29年6月中半記:堺のご両親を招き、無事免許を更新、京都写真展と施設の夏祭りをエンジョイ

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月18日(日)13時44分54秒
  ●6/10(土)夕刻、孫のお父さんのご両親(堺のお爺ちゃん・お婆ちゃん、共に佐賀県出身)を自宅に招き、リホームのお披露目をしましたが、日頃接していない孫は緊張して出迎え、早速お小遣いを頂いたようでした。末っ子の妹さん(叔母さん)が運転(電車だと乗り継いで2時間ほどが、車だと1時間内)、昨年3月にお爺ちゃんの入院見舞して以来の再会でした。我家の玄関・庭・建物は昔の面影は全く無くなり、間取りがすっかり変わったのにびっくりされ、「何処が便利になりましたか」と問われ、「リビングが広くなってお客さんを呼べること、自動トイレが物凄く便利、庭のスロープの安心感」と応えました。堺のお爺ちゃん・お婆ちゃんは体調良好で元気、お婆ちゃんは100歳超える曽婆ちゃんのお守り・お爺ちゃんは畑仕事で共に忙しいご様子、手作りの西瓜・胡瓜・玉葱などを頂きました。少し早目の夕食は鉄板焼き、お母さんが野菜を刻んだり、サラダや惣菜を作ったりの事前準備、ジィジィは拘りの佐賀牛と大海老を買ってきました。8人が輪になって和気藹々の賑やかな団欒になり、お父さんはビールや焼酎注ぎで大童、叔母さんに焼き物の世話をして貰いました。バァバァは昔のワンマンジィジィの小言を吐露してご満悦、堺のお爺ちゃん・お婆ちゃんは久し振りにお父さんや孫に会えて嬉しそうでした。「ゲストルームが整備できたら気軽にお出でください」と挨拶して別れました。日頃は一人晩酌、大勢で賑やかな食事は大変楽しかったです。
●6/13(火)午前、免許の更新に門真試験所で出向きました。現役時代は通勤で利用した163号線の巣本交差点周辺は第2京阪が交わった様替わりにびっくり、近年この方面のドライブはご無沙汰でした。白内障の手術を控えて視力に不安を感じ、運転用・パソコン用・就眠用(新聞用)の3眼鏡を持参して視力検査を無事パス、5つの窓口(免許更新受付・印紙購入・視力検査・申請書類提出・写真撮影と交付)を経て30分内で新しい免許証が待時間なく交付され、更なる事務合理化に驚嘆。約20年間ゴールドを続けて来ましたが、一昨年家内のベルト不着用でブルーになり、自動車保険(約7千円)も上がります。自動車は体力の衰えをカバーできて便利ですが、近年高齢者運転の事故が急増。私は遠出・夜間・狭い近道での運転を避けて安全運転を心掛け、狭い道での車幅感覚が衰えたら自信を失くして免許返上の覚悟です。
●6/15(木)午前、京都のいとこ夫婦を誘って友人の「京...再発見・写真展」(祇園、ぎゃらりぃ西利)に出向きました…会員8名が古都の再発見を目指して京都・奈良・滋賀で1年間撮り続けたデジタル写真の傑作40点が黒壁に展示。待機していた後輩(元オーディオ事業の再建時の仲間)が作者の作品一点一点の思いを解説、古刹や隠れスポットの桜・紅葉・藤・新緑などが見事に写っていました。私は「作者の被写体を追っかける情熱」に感動、いとこは「他の写真展に比べ、ここの作品が明るい」と感想を述べました。
●その後、京都マルイの8階レストラン街で昼食(越後そば)しました。女性陣は寿司と天ぷら付きのざるそば、男性陣は鱧刺しと丼付きのざるそば、ビールのあてを注文。「我家は人との交流が大好きで、クラシック・ジャズ・絵画・空オケなどの共通の趣味が多く、暫し一緒に出掛ける」と話すと、「主人は音楽や絵画などに全く興味がなく、いつも別行動」と奥様はぐちり、「最近はいとこ家族会が暫し開催されて嬉しい!」と感謝されました。隣の食事処「美濃吉」は河原町通と四条通を見下す京都の絶景の1つ、商機逞しく大文字焼きのディナー会席(1万5千円)、祇園祭の昼御膳(5千円)の予約受付中と張り紙がありました。
●6/17(土)午前、家内の施設(そうごうケアホーム香里ヶ丘)の「運営懇談会」に出席。施設長から現況報告…入居者は現在50名の満室で入居待6名、この1年間で死亡2名・移動3名・入院中3名・新入居者6名、平均要介護2.39。社長から4施設(寝屋川・香里ヶ丘・城東・四条畷)になったが、堅実経営を続ける。枚方市はサ・高・住が26施設(1160床)と急増、有料老人ホームを加えると69施設(3536床)、まだ増床中。私から「運営の良し悪し」と「介護士のレベルを看護師並みに高める動き」を質問…「入居者を集めてスタッフを厚遇して収益を出し、介護福祉士を重視する行政指導に沿って介護士教育を重視して行く」と回答。
●6/17正午、施設の「夏祭」に孫家族総出で参加。曽孫3名が駆け付けたお婆ちゃんや曽孫11名のお婆ちゃんと隣合せになりました。南京玉すだれの芸人グループ5名にスタッフや入居者も加わって賑やかな演芸会を1時間程展開、入居者は嬉しそうでした。家内もハッピ姿で踊りました。(H29.6.18)
 
 

H29年6月前半記:大腸検査の診断に安堵し、いとこ会・運動会・飲み会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月10日(土)22時59分42秒
  ●6/2(金)夕刻、京都駅で「いとこ会」、80代の酒好き爺さん3人に山科のいとこの娘さん(京都のいとこの姪)が加わり、何時もの雰囲気が若返りました。海鮮焼・牛タン焼・ハゲの活き造りなどを注文、小さなヤカンの熱燗(地酒)が進みました。近年は個室利用が多いので、大部屋で食事するのは大変懐かしく感じました。空席が何時の間にか血気盛んな仕事帰りの男性グールプで埋まり、我が主任や課長の頃と同じ光景、時代が進んでもこの雰囲気は変わらずで、「英気を養って明日に備えているのだ」と思いました。息子しかいない京都のいとこには姪が娘の如きで、今回は「亡きお父さんの昔話をしょう」と誘い、話題が新鮮で大変楽しい一時を過ごしました、所帯ずれしていない純真なめい御さんに「感謝!感謝!」でした。
●6/3(土)午前、「孫の運動会」(山之上小学校)に朝早くから家族総出、坂道の多い道のりが苦痛になりました。応援団入りした孫は家でも熱心に練習し、当日はプログラムの2番目出場、紅白に分かれた各10名程の応援団合戦が始まり、元気で溌剌とした動きを見入りました。敬老席は満席で貴賓席の空席に家内と座って見学、孫が何処に居るかも分からずでしたが、家内はよく分かったようでした。その後孫の児童席の後に椅子を置いて涼風が心地よく吹く炎天下で5時間程座り続け、よく焼けました。孫は徒競走や演技などに参加しましたが、白内障のせいか全く分かりませんでしたが、あどけない小学生の一生懸命走る姿に、「爺さんにもあんな元気な時代があった」と思いながら、孫の紅組を応援しました。男女の区別のない徒競走など…女生徒が一番で走る姿にびっくり。観覧席向けに学年全員での遊戯体操が多く演じられ、1年生の可愛い仕草や6年生の大人気な俊敏さが際立ちました。学生数より多い家族が応援に駆付け、ビニールシートを敷いて食卓やテントまで持込む家族が目立ち、「日本は平和だ」とつくづく思いました。お母さんのお握り弁当を食べ、清々しい一日を過ごして孫家族に感謝しました。
●6/3午後、運動会から帰宅すると孫が多くの友人を連添って帰り、大はしゃぎ。右腕が痛いと言出し、お父さんが救急で「星ヶ丘医療センター」に連込みました。右腕骨折でギブスをはめ、首からつりました。箸も鉛筆も急遽左手を使わざるを得なくなりましたが、通学は続け、塾は1週間休講でした。
●6/5(月)午前、関西医大消化器科を受診、大腸検査の結果を聞きました。「小さなポリープ(5ミリ)が5つあるが、これが癌になるには10年以上かかるので、あなたは90歳を越えます。放置しておいていいです」と診断されました。早速眼科に出向、白内障の手術日を7月希望と伝えました。
●6/5夕刻、「香里園ブラ」で6/9(友人との初めての香里園食事会)の下見をしました。空オケ(開店1ヶ月の実の里)で3名の常連客に出会いました。60代の酒豪のお客は90点台を目指して5-6曲歌い続けましたが一歩手前で果たせず、早目に退散。入れ替わりに入店した60代のお客は「酒は飲めないが、8.000曲を歌った」と豪語する歌好き、90点台を連発、声がよく出ていました。70代の演歌好き・酒好きのお客は「店に入って私が一番老いている」と思ったそうです。2時間程歌い、皆さんから「とても80代は見えない」と言われ、最後は意気投合して「今日の日はさようなら」を5人で肩組んで合唱しました。その後飲み仲間とお相撲さんとは縁のない「ちゃんこ部屋」で食事。広い座敷に一番乗り、野菜いっぱいの“ちゃんこ鍋”を2人で美味しく突き、熱燗が進みました。アルバイト学生と話すのも楽しみの1つ、元教員をやっていた大学の学生に出会って激励。近年家庭での親子会話が途絶えてしつけも機能せず、「高大生はこのような客商売の店でアルバイトしながら礼儀や言葉遣いを学んでいるんだ」と思いました。
●6/9(金)午後、エレガンスサロンの京阪沿線組の3名の初めての飲み会、多才な趣味を持つ2人(画家とクラシックギターリスト)を香里園駅で出迎えました。早速3人で空オケ(実の里)に出向くと先客4名とでほぼ満席になり、レベルの高い歌上手が得点を競っていました。暑い日でしたので、先ず生中で乾杯、芋焼酎をキープ(OKA)し、水割り・オンザロック・お湯割りを夫々注文、1時間程して我チームも採点無で歌い出しました。最後に他のお客さんに呼掛け、「今日の日はさようなら」を7名が肩を組んで合唱。途中おつまみやたこ焼を食べて満腹になり、2人が「夕食不要」と言出し、予約した「ちゃんこ部屋」に出向いてキャンセル、「わざわざご足労をかけました、キャンセル料は頂きません」と女将さんから言われて解散しました。(H29.6.10)
 

H29年5月後半記:大腸検査を済ませて一安心、京響・高校同窓会・OB会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月 1日(木)22時14分51秒
  ●5/21(日)午後、「第612回京響定期演奏会」に家内と車で出向き、何時も通りに着きました(約75分)。開宴30分前でしたので、ロビーでサンドウイッチとホットコーヒーを飲食。難曲に挑戦する高関健(常任主席客員指揮者)のブルックナー(1824-1896)の「第5番」(80分)を休憩なしで演奏。壮麗なる後期ロマン派交響曲の金字塔と評価される曲でしたが、私も家内も4楽章とも似たようなメロディーで短調に感じました。管楽器も随分登場しましたが、メロディーの中心を成さず、弦楽器中心のメロディーが延々と続きました。
●5/25(木)午前、関西医大で大腸検査。8.20に受付し、受検者11人の最後になり、終わったら18時過ぎでした…2.7Lの腸管洗浄液(ニフレック)を飲み、洗浄に4時間半、その後の待ち時間が3時間半でした。長さ1mのカメラが十二指腸まで達するのに30分ほど掛かり、折目で腸が逃げるため看護師さんが腹を押え、空気を入れます。5ミリのポリーブが5個見つかり、普通は細胞検査用に切り取ってしまいますが、血液サラサラ剤を止めていませんでしたので、切り取りできませんでした。「出血の原因にはなっておらず、外見上は良性で急いで取り除く必要はないが、担当医と相談ください」と診断されました。「待ち時間が長い」と苦情を言ってカリカリしていたところ、看護師さんから「お元気で80歳には見えませんよ。遅くなってご免なさい」と諭され、「結果よし」で取敢えず安堵。約10年前に一度受けましたが、カメラも小さく細くなり、映像も鮮明に観察できましたが、「しんどい1時間」でした。
●5/26(金)夕刻、何時も孫を塾に送り迎えして貰う2人のお母さんがお子らを連添って訪ねました。「2階で食事するから、爺ちゃんは1階で普段通りに部屋着でお酒飲んでいていいよ」と言われました。4歳と7歳の女児が1階に遊びに来ました。上のお子さんは2-3度会っているので、何でも話してくれますが、下の可愛いお子は初対面で爺ちゃんを恐がりました。しかし何度と声を掛けていると、恐ろ恐ろ近づいてきて、うさぎの絵本を読んで欲しいと頼まれ、「うさちゃんだね」と言うと「違う、マヒィー」と言い返され、中々発音ができずで皆に笑われてしまいました。「明後日、奈良のお爺ちゃんのところに行く」と話し、「お爺ちゃんは幾つ」と聞かれて「下の子のお友達20名分の年を足した分だよ」と難しく答へました。上の子が「お爺ちゃん、昔はシミなかったの、髪の毛はあったの」「お母さんがお父さんより年上で、お友達が綺麗だねと言われる」とおませでした。孫は塾を休んでお姉さん気取り、爺さんも可愛い孫が一気に増えて楽しかったです。帰り際お母さんに挨拶され、「今度はお父さんも一緒に、孫家族と庭でバーベキューでもしてくださいね」とお誘いしました。最近は近所の友達もよく遊びに来て爺ちゃんに親しんでくれますので、賑やかになりました。翌5/27(金)午後も孫のゲーム友達が4人やって来て熱中。爺ちゃんは夕刻外出しましたが、お父さんがお友達を家まで送り届けました。
●5/30(火)正午、「関西六柊会」(がんこ寿司淀屋橋店)に10名(内女性3名)が3ヶ月振りに集合、内名古屋から4名が駆付けました。前回参加の2人が欠席(1人は手の骨折で箸が使えず、他の1人はご主人の介護)、前回歩行困難で欠席した同窓が足をかばいながら名古屋からやって来ましたが、待合わせの新幹線に乗遅れ、定刻を僅かに遅れました。飲むと賑やかな岐阜の同窓は往来に自信が無くなり、元気な同窓に名古屋からの連添いを頼みました。今回のメニューは同じ料金で、男性は釜飯付懐石、女性はデザート付懐石を注文、特に鮪の刺身が美味しかったと好評。全員が輪になって1つの話題に集中、和気藹々と話題が弾み、飾り気のない打解けた楽しさを満喫。2次会の空オケ(ラウンジ揚子)も全員が懐メロを熱唱、ママから「このチームはお品がよい」と持上げられました。リハビリや治療で歩行困難な2人の不参加が残念でした。本会を楽しみしている人ばかりで、翌日お礼のメールや電話が入り、世話役冥利でした。
●5/31(水)夕刻、「第2回M4会」(元副社長を囲む4人会、北新地・旬彩うちだ)に3ヶ月振りに開催。情報通のホストが頭痛で急遽欠席、福山と京都から2名が駆け付けて3名になりました。電話すると「専門医の診察で異常はなかった」と聞き、安堵しました。酒好き・歌好き・話好きの4人会は気さくな楽しいメンバーばかりですが、1人欠けて淋しくなり、近々再会することにしました。何時も通り空オケを熱唱、先日お会いしたラジオ歌謡の4人組と再会、どなたも歌唱力・声量とも際立ちました。(H29.6.1)
 

H29年5月特別記:エイト会は大盛況、36年振りの懐かしい再会に感動、準備会の心遣いに感激

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月26日(金)22時16分7秒
  ●昨年7月、「京都飲唱会」(研究所・本社・ビデオのOB会)で研究所OB( 8ミリ開発リーダー、エイト会司会者) に偶然に会い、私が全社的に取組んだ8ミリプロジェクトの懐かしいメンバーに逢いたくて「8ミリOB会立上げの思い」を吐露。早速若手有志(中研1・事業部3・MEテープ1)を募って準備会(7名)を発足、10月から本格的に取組みました。若手の記憶も薄れ、関係者名のリストアップも大変でしたが、当時の写真などが手掛かりになり、連絡先を人伝に探索。私が21年前に著した「私が歩んだ松下のビデオ史」も役立ちました。8ミリは世界の関連メーカー(松下・ソニー・JVC・フィリップス他)が集って決めた国際規格(8ミリ懇談会)、8ミリの商品化を急ぐソニーに対抗して松下全社挙げて取組み、実働隊長を務めた責務は複雑、販路拡大には必死でした。
●本年1/7(土)、住所録がほぼ出来上がり、事務局(研究所OB)から8ミリに携わった皆様に、「エイト会」発足の主旨案内を「大脇メッセージ」として発信…『8ミリビデオ開発の皆様、お元気にお過ごしですか。この度、急に思い立って「8ミリOB会」を一部の有志に提案し、賛同を得て「準備会」を発足しました。無念にもパナブランドで商品化はできませんでしたが、対ソニー戦略に大活躍し、VHS事業を死守して松下の最高の財務を築きました。8ミリプロジェクトは全社の技術を統合し、フィリップスやコダックと国際共同開発し、世界一の商品開発力を築きました。開発メンバーは大変稀な体験をさせて頂き、夫々に思い出をいっぱい積み上げました。当時を懐かしく語り合えるOB会を結成し、定年後の楽しい居場所を作りたいと思います』
●2/11(土)正午、準備会を「パノラマスカイレストランアサヒ」(京橋、IMPビル26階)で行い、眼下の大阪城公園の眺望の見事さに満足した全員が「5/20(土)開催」を決め、60名収容部屋を予約しました。写真に写るも音信不通者や事務局の案内に不賛同と未返信も多くありましたが、69名から賛同の返事を頂きました。
●「一人でも多くの人に思い出を語って貰おう」と宴を3時間にしましたが、全員の登壇は無理、「思い出集」と「写真集」への寄稿で補うことにしました。早速前述の私の著書の掲載写真(白黒)を提供、欧米人を自宅に招いた時の写真も含まれ、子供はまだ中高校生、懐かしい物故者も写っていました。思い出集には『松下幸之助創業者や寿社長に頻繁に報告、長期研修で受入れたP社の技術者(10名程)をP社で学んだ社長が感動してディナー招待、最後は新春販社社長懇談会(1987)で事業部長(元副社長)の8ミリ発売提案が猛反発されて断念、定年挨拶時に会長が“8ミリをやりたかった”と内訳られた』と寄稿。
●研究所・事業部・四国・MEテープの4グループのキーマンや元OGにも参加をお願いすると大歓迎。元副社長(特別ゲスト)を誘うと「貢献していない」と断られ、「懐かしい人が沢山集まります」と再び誘うと承諾。当時P社との合弁事業交渉で活躍頂いた女性役員(ゲスト、当時は新入社員)も多忙の中、喜んで快諾。
●事務局の精力的なメール交換で51名の参加が確定、18名は予定が重なり不参加の返事…日々10数通の思い出や近況を著したメールが転送されて目を通すのも大変でした。写真集に若手の結婚式での私の挨拶写真がアップされ、孫に見せると「ジィジィでないみたい」とびっくり、髪はふさふさでした。
●5/20(土)正午、「エイト会」を開宴。『36年振りの再会に感動、プロジェクトを背負った6年間で3つの節目とMEテープの事業化を目指した、志を共にした物故者10名(研究所5・事業部3・四国1・MEテープ1)に黙祷を捧げよう』と発起人挨拶、特別ゲストは『事業責任者としてVHS死守のため、本社会議で只1人反対し続けた。本会の参加には後ろめたさを感じた』と内訳けて乾杯。4グループ代表者・ゲスト・有志の懐かしい楽しい思い出話で盛上りましたが、司会者の時間割が大幅に狂いました。思い出集(69名)は全員配布、写真集(約2GB) は会場で流しました。当時のビデオは他部門と異なり、若手も自主責任で仕事をやり切る風土がVHS成功の源でした。多数が立尽くして食事そっち除けで熱心に旧交を温め、私も会場を巡って皆様と言葉を交わし、「大脇部長、変わっていない」とOGから激励されました。全員で「今日の日はさようなら」を合唱後、記念撮影。再登壇し『今回限りの開催ですが、有志がおられたら是非再会ください』と締め、世話役全員が挨拶。終了後元ヘッド屋2人と喫茶、外資系に転職した現役の苦労話を聞きました。翌日からお礼メールが殺到、「次回はお役に立ちたい」の申出多数、参加者の満足の様子が確認できました。座席指定・名札・会費割引配慮・カメラ撮影…万端な心遣いが通いました。 (H29.5.26)
 

H29年5月中半記:初めて葵祭を見物、睦和会・イタリアン会・E杯を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月23日(火)13時17分50秒
  ●5/15(月)午前、睦和会(同期入社OB)のメンバーが神宮丸太町駅に集合して京都御所(堺休憩所)で「葵祭」を見学する予定でしたが、有料観覧席の隣近辺は見物客が多過ぎ、各自分散して見学することにしました。10時半にカラフルな平安装束をまとった行列(約510名)が御所を出発、丸太町通りから河原町通りを経て下賀茂神社と上賀茂神社で五穀豊穣などを願って約8Kmの道程を練り歩きました。騎馬や神輿を牽く牛なども多く、沿道の見物客の熱気に昂奮していました。大勢の外人客も日本の伝統文化にカメラを構えて見学。丸太町通りは4車線ですが、2車線を行列用に2車線を上下線に切り替えました。信号は使わず、婦警の手信号で素早くチエンジ、年中行事を繰返す京都府警の警察官は手慣れていました。
●正午から「睦和会」(がんこ寿司高瀬川2条苑)に半年ぶりに14名(会員24名)が集い、体調不良欠席者(6名)が増えました。最遠方の米子や長くパーキンソン病治療を続ける仲間も参加し、フリードリンクを楽しみながら賑やかな懇親会になりました。奥様を亡くして毎日愛犬と会話する人、そろそろ仕事を辞めようと悩む人、夫婦で世界遺産の旅を続ける元気人、カメラをぶら下げて被写体テーマを追っかける旅人など…夫々が様々に楽しく人生を送っています。私は日々孫と接し・家内孝行し・大小のOB会や同窓会、異業種交流会の世話役などをして多くの人との交わりを楽しんでいます。「健康で長生きすることが何に優る幸せだ」と思うようになり、「人生は長生きせねばならぬ」が座右の銘になりました。
●5/17(水)夕刻、「イタリアン会」(心斎橋、イルメルカートアンケジェロ)に家内と急いで到着、仲間が誰もいない店内は空席で、ショーの練習中でびっくり、時計を見たら集合時刻1時間前でした。周辺のフアーストフード街の何処もビ-ルがなく、コンビニ前のベンチでビ-ルとコ-ヒ-を飲んで時間潰しをしました。参加者は9名(内女性4名)…3-4年前の松山旅行組5名とダンス同好会の3名、エレガンスサロンの1名でした。異業種交流の楽しさは自身と異なる体験や人生観に接することができること…日頃接触のない方と親しくなるには先ず名前とバックボーンを少しでも覚えて会話の糸口にして自身のプライベ-トな話題を交えて会話を途切れさせないことでした。男女のフラメンコーダンサーと歌手の3名編成の「フラメンコショ-」、日本の演歌調の独特の節回しの歌と手・腰・足の切れのある踊りを楽しみました。誕生月の私を含めてお客3名がお祝いをして貰いました。フラメンコチームとお客様全員で「ハピ-バ-スディ」を合唱、「大脇さん、おめでとう」と書かれたデザ-ト皿とグループ全員の写真がプレゼントされ、女性陣でデザ-トを賞味。我家の楽しい一夜でした。
●5/18(木)午後、久し振りの「香里園ぶら」(空オケスナック・実の里)に飲み仲間と2人で出向きました。新築の住居の1階は開店祝のランなどが店内いっぱいに賑い、馴染のお客さんが2人歌っていました。最近我家の子育て時代によく通ったス-パ-「グリンシティ」(香里園と寝屋川の中間)が閉鎖され、近くで営業していた店の客足が遠退いたので、閉めて移ったそうです。商売気を感じさせない娘の如きママと8席程のこじんまりした少人数向の店、駅に近く・雰囲気も良く・エコノミーで・選曲の順番も早く、大変気に入りました。早速6/9(金)午後を予約、周辺は賑やかな飲食街、落ち着いた食事処を探すことにしました。
●5/19(金)正午、「第7回E杯」(がんこ寿司淀屋橋店)は4名の新入りを迎えて参加者20名(会員数29名、70代多数)の大盛況、世話役冥利でした。イタリー料理が続きましたので、久し振りに和食にしました。福山と米子の遠方者に加え、脳梗塞の後遺症と肋間神経痛で少ししか歩けない人もやって来ました…会員はビデオ事業の最盛期の中核で自主経営を実践、定年後にやっとゴルフ三昧を楽しんだ仲でした。私が世話役代表挨拶で「20年程前に京阪沿線在住者でゴルフ会を初めて15年程続けましたが、高齢化で参加者が激減して5年程前に中断。3年前に昼食会にリニュ-アルして再スタ-ト、年3回開催が目標」と会のル-ツを話し、名誉会長(元役員)が乾杯の音頭をとり、初参加の長老(元経営トップ)が「懐かしいメンバ-ばかりで楽しい」と感想を述べました。新会員や遠方参加者の近況報告を肴に盃を交しました。「この店は食事も場所もよし」で高校同窓会(5/30)も同じ処にしました。15分程の道程を歩けない人はタクシーで移動、総員11名が2次会(ラウンジ揚子)に集い、歌自慢・歌上手ばかりで順番待ちに時間が掛かりました。ママは「今日もレベルが高い、皆様お上手です」と感心しました。(H29.5.23)
 

H29年5月前半記:家は孫の友達で賑わい、いとこ会・私市会・異業種昼食会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月17日(水)08時15分20秒
  ●ゴールデンウィーク(4/29-5/7)、お父さんは帰宅。娘にねだられたお父さんは嬉しそうにお友達を連添って枚方パークに出向きましたが、お母さんは相変わらず荷物の整理に没頭、日替わりでお友達がやって来て、一人っ子の孫は大喜び。「エイト会」(5/20開催、参加者51名)の事務局から準備メールのやり取りが頻繁、私も発起人挨拶の骨子を考えて準備会メンバーに披露し、物故者(10名)への黙祷を加えました。婆さんはリハビリと帰宅を繰返し、爺さんの創作手料理を食べ、人混みの外出を控えて家でのんびりしました。
●5/7(日)午前、京阪・浜大津駅近くの旧大津公会堂レストラン街で、「いとこ3家族会」(レストランテ・ラーゴ)を行いました。家内のワイン好きを聞いた山科のいとこの娘さんが探した創業7年の滋賀県一の人気店、全員が野菜いっぱいのイタリアランチを賞味しました。運転上手な娘さんの車に6人が乗り、久し振りに晴天の琵琶湖をドライブ、清々しい気分を味わいました。阪本近辺の迷路のような小路を登って、山科のいとこが“イチゴ大福”(仰木の里宇治川餅近江庵)を買い求めてお土産に貰い、「浮御堂」に立寄って昔と変わらぬ周辺の風情を懐かしみました。琵琶湖で獲れる鮎・エビ・モロコ・氷魚(透き通った鮎の稚魚)・ゴリ・イサザの佃煮店(S5年創業の魚富商店)で、京都のいとこが“小鮎の佃煮”を晩酌のあてにとおそそ分け。北山杉と新緑の美しい大原でドレッシング専門店に立寄り、2家族はドレッシングや出汁・我家は大原筍を買いました。いとことは幼少の頃から姉弟のような間柄で話題は尽きませんでした。帰ると家内は大福を3つも食べ、孫母は大福より小鮎が好きでした。雰囲気のよい店選びができる娘さんに次の計画をお願しました。
●5/9(火)下校後、孫のお友達が遊びに来て夕ご飯を2階で食べました。「大原筍と三陸のわかめの薄味煮」を鍋いっぱいに料理して差入れすると殆ど食べ切って、「爺ちゃん、美味しかった」と言ってくれて大満足。PCしている爺さんにお友達が「どんなお仕事をしているのですか」と聞いてくれました。
●5/11(木)午後、「枚方市役所」に戦没者慰労金(福祉総務課)の申込に行きました。父親が戦死(1945)して72年が経ち、「戦没者と同居した家族が受給者の対象」との公報を熟読する友人から知らされました。父が出征(1941)したとき、3兄弟は5・2・0歳で父の面影や思い出の記憶は殆どありませんでしたが、父(享年37歳)の分まで長生きできました。政府も忘れずに慰労し続けることは戦争の重さです。僅かな額ですが、「久し振りに兄弟3家族揃ってお位牌を拝み、ささやかな食事会でもしょう」と思いました。
●5/12(金)正午、「私市会」(宝寿司)に5名が集合。透析で遠出のできない私市人が涙を流して喜びました。3ヶ月前は過去の事を殆ど忘れていましたが、この日は物凄く冴えて昔の出来事を鮮明に思い出し、盛上りました。80代の4人はビデオ事業創業メンバーで、岡山(工場)と大阪(技術)に分かれた時期には毎週月曜日の早朝に台風が来ても車で岡山に出向いて課題検討し、ビデオの苦渋の時代(オープンVTRの10年間)を切盛りしてビデオの設計製造技術基盤を築き、品質第1に取組んでVHSを大成功に導きました。現役時代はお互いに休日なしの仕事一途、定年してやっとゴルフ(イースト会)や家族旅行(4家族会)を楽しみ、生涯の友になりました。最近では「4人の食事会」(英国屋・がんこ寿司枚方店)を10年程続けて来ました。
●5/13(土)正午、「異業種昼食会」(淀屋橋、光林坊)に馴染みの5名が集合。雰囲気のあるお店で金沢の「香林坊」の坊さんから店名を貰ったと聞きました。参加者の独居男性(大阪市内在住)は「夜友人を招くので、これから食材を買いに行く」と早々に帰宅。定年間がない男性(大阪市内在住)は「娘から孫の守を頼まれるのが嬉しくて、オムツの取り換えもする」と話し、「若い時はギャルで可愛かったね…と言われた」と喜ぶ独居女性(梅田周辺のマンション住い)は娘さん宅の近くに住みながら「元気な間は一人で生活し、夕食は娘の家で食べる」と話し、松山からやって来た世話人が19歳の孫の写真を披露すると「お婆ちゃんに似て美人」と全員が褒め、「90歳を超えた父はワンマンで母は従順、財布を握って母や私には生活費も出さず、孫には気前よく散財する」と話しました。私は「家内に苦労を掛けたので、今は家内孝行している」と話すと、「心掛けが立派」と褒められました。4名で空オケ(ラウンジ揚子)に出向くと、声も声量も玄人肌のラジオ歌謡の同好会のメンバーが加わり、「ラジオ歌謡は850余曲あり、演歌は禁物」と解説。歌手5名が交互に3時間程熱唱、「奥さんも時々連れてきて欲しい」と女性陣に言われました。(H29.5.17)
 

H29年4月後半記:3つの異業種交流会・いとこ会・新OB会準備会を楽しみ、高齢者講習を受講

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月 1日(月)21時14分49秒
  ●4/20(木)夕刻、「イタリアン会」(心斎橋、イルメルカートアンジェロ)に9名(初参加者4名、男性3名)が集いました。約2年振りに参加した美容師さんが「大脇さん、少しふっくらしましたね」と言われ、観察力の鋭さにびっくり。津軽三味線バンド「ルナーレ」に若い太鼓奏者(男性)が加わり、太鼓だけの演奏をお披露目。チームは津軽三味線2(男性)・太鼓2(男女)・エレクトーン1(女性)の5名編成になり、迫力とレパートリーが増しました。太っ腹な初対面の男性がおひねり(万札)を渡すと若い出演者は大喜び、5-6年通っていますが、初めての光景でした。「アンコール」を先唱すると全員がアンコール合唱、出演者は喜んで応じました。デナーショーは月1回で毎月参加メンバーは変りますが、我家は皆出席の常連、馴染メンバーとの再会を楽しみます。
●4/21(金)午後、運転免許更新の「高齢者講習会」(香里園自動車教習所)に9名が参加。冒頭「認知機能検査」が行われ、「法改正で76点以下は要注意、46点以下は即刻退席して医者の診断を受けることに決まった」と説明がありました。私は16の絵の2つを思い出せずでしたが、96点で合格。運転適性検査(状況変化対応力と複数作業の同時操作力)では「全般的にやや優れているが、状況判断機能はやや低下している。体調にムラがあり、安全確認を徹底すること」「夜間視力と動体視力は劣っている」とコメントを貰いました。事故以来、白内障手術を決断し・安全運転の徹底に努めています。
●4/22(土)正午、「山科いとこ会」(26帖の広いリビング)に家内と参加、13年前に亡くなったご主人の高校大学時代の親友・姉弟・いとこの11名が集合。参加者は先ずお仏壇にお供えして手を合わせました。母娘は「毎年の恒例行事を大変楽しみにしている」と喜び、腕を振るった手料理を御馳走になりました。「割勘で仕出しの出前を頼む」のが今時の通例、「楽しんで料理している」と聞入れて貰えず、つい甘えています。最近は家内が施設住いで手料理が縁遠くなり、スーパーの惣菜で晩酌している私には感激でした。男7人の4人が同い年で昔話に熱がこもり、4時間程飲み続けました。高校大学時代は京都の寺院歩きを好み、伯母さん宅を拠点にして散策し、いとこの友達らと仲良しになり、ハイキングやマージャンに興じました。早速山科母娘の慰労会を兼ねた3家族会(5/7)を計画しました。
●4/23(日)正午、「エイト会準備会」(IMP、パノラマスカイレストランアサヒ)に世話役7名が勢揃いし、早速会場の下見。大阪城公園を眼下に見晴らしのよい眺望の60名収容の部屋に円形テーブルを6つ配置、全員での記念撮影場所・プロジェクター・マイクの位置を確認。事務局が精力的に出欠確認(2月の約70名参加希望者が最終50余名)、写真集サイトの立上げ(ダウンロード可能)、思い出集の編集(全員に配布)、当日の配布資料を準備。特別ゲスト2名(元副社長と現役員)の参加が確定。全員の座席配置と話し手の詰めが残りました。
●4/24(月)正午、「異業種昼食会」(北新地、へちもんや)に8名が参加。初対面の長く中国駐在記者は「一般市民と付き合ったら日本の家族と全く同じ」と話し、空オケ(ラウンジ揚子)では初対面の踊り大好きな熟年女性が空オケに合わせて自然体でジルバーを踊り、日本人離れした体感音感に感心しました。時々樟葉に出向いて路上シンガーグループの前で、飛び入りで踊ると人の輪ができるそうで、大変楽しい方でした。
●4/25(火)午前、「近所に住む長男の同窓の告別式」(享年49歳)にお隣の奥様方と3名で参列し、ご冥福をお祈りしました。前日娘から訃報を聞いてびっくり、長男を亡くした時に故人から中高時代の息子の話を懐かしく聴きました。1月の定期検診で胃癌が見付かって3ヶ月の命(息子も肺癌で3ヶ月)、家内と仲良しのご両親に先立たれ、お子さんはなく、1人ぽっちなった喪主の奥様に弟家族が付添いました。
●4/26(水)午前、歯科医で新たな詰物が施され、「1本ぐらついているが様子見」と診断され、「生涯自歯で通したい」と願いました。4/27(木)午後、家内の通院、「糖尿は変わらず、貧血もなし」と診断。
●4/30(日)夕刻、「エレガンスサロン」(北新地、モナリザ)は欠席者続出で参加者は6名のみ。特に最近生死を彷徨った体験談が披露されるなど、全員で1つの話題に集中し空オケも盛上りました。「シャワーを浴びている最中に突然胸が締付けられて失神、即刻友人が救急車を呼び、何時もの病院で心臓血管外科の専門医(西宮)を紹介され、動脈?離と診断。神の手から…4日後に意識が戻れば助かる…と言われ、目が覚めて…お腹が空いた…が第一声。処置の早さと神の手で奇跡が起きた」と話しました。(H29.5.1)
 

H29年4月前半記:OB会・花見を楽しみ、胃カメラを飲み、家内のインフルエンザ感染で外出を自粛

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 4月19日(水)09時58分27秒
  ●4/1(土)午後、3ヵ月振り開催の「VEOB」(祇園、ひろべ)は10名が集う大盛況、約2年振りに東京から大阪に転勤になった仲間が参加。ママの手料理を突き、夫々が身近な話題提供をして盛上りました。現役時代は仕事面で深く関りのない間柄でしたが、お互いの家庭事情も話題にして親しみが深まり、気心が通じた楽しい集団になりました。全員が空オケ大好きで矢継ぎ早に熱唱、最後は全員輪になって恒例の「今日の日もさようなら」を合唱してお開き。有志4名で2次会(四条高瀬川、ミュンヘン)に出掛けました。
●4月初旬、毎年この時期は枚方公園の社研で新入社員導入教育が始まり、17時を過ぎると大勢の黒一色の若者が珠数つなぎに京阪の駅まで連なり、年々女性が増えています。「相変わらずパナソニックは学生に人気がある」と実感します。車で左折すると列の途中で譲って貰い、会釈して通り過ぎますが、早々と「社員教育が行き届いている」と感心。大学教員時代に「思考力と道徳の教育」に重点を置きましたが、「マナー教育は家庭での躾」を痛感、パナの新入教育は現在も効果的です。私は1960年入社(57年前)、同じ教育を受けたことを思い出し、「松下幸之助創業精神は脈脈と息衝く」と頼もしく思いました。
●4/6(木)午前、関西医大で胃カメラ検査、4/10(月)午前、消化器科で「食道はきれい、胃に新しいポリーブができており、水を掛けたが出血しなかった。癌の心配はなく、取り除く必要もない。胃は出血の原因ではない」と診断。大腸カメラ検査は10年程受診していないので、万全を期して予約しましたが、これも予防医療の一環です。眼科受付と相談して白内障手術はその後(6月頃)に行うことにしました。
●4/7(金)正午、久し振りの春日和でしたので、家内と「パナヒルズ大阪」でほぼ満開の花見をしました。最近は遠出する元気もなく、この3-4年は唯一の花見処にして孫を連添って食事や写真を撮りますが、今年孫は友達と遊びに出掛けてしまいました。本館に近い高台の駐車場は貸切の満車、入口近くに駐車して散策しましたが、急な坂道を登る元気もなく、本館レストランでの昼食は止め、急遽買物に出向きました。今年の花見どきは天候が勝れず、あっけなく散ってしまいましたが、近辺の香里ヶ丘の桜通り・パナの体育館・枚方公園・創価小学校の桜一色の見事さを、今年も買物の往来に車窓から楽しみした。
●4/11(火)午後、施設から「奥様が38度の熱で寒気がひどく、リハビリプラザを早退した」と連絡があり、早速施設に出向いて隣の内科(大谷クリニック)に引率、「A型インフルエンザに感染、1週間外出禁止」と診断され、抗生剤の点滴を頼みました。薬がよく効いて翌日には体温は平常に戻りましたが、家内も私も1週間の予定をすべてキャンセル。家内は他の入居者にうつさぬように自室に籠り、食事も部屋食になりました。リハビリや施設の行事には参加できず、娘が午前・私が午後に分かれて話し相手。4/15(土)午前、再診で「完治」と診断されて施設の職員も一安心。早速家内は食堂に出向いて皆さんと一緒に昼食を食べ、鬱憤が吹っ飛びました。私は潜伏期間の1週間、会合参加や歯科通院・散髪などを自粛しました。
●4/16(日)午前中は長いお付合いのパナショップ店主がリホームの様子見に訪問。娘夫婦は量販店志向で、エアコンや照明などを安く買い、店主は声が掛からなかったことにショックを受けました。我家はパソコン以外の電気製品は電話一本で店主に任せ切りにしていましたが、リホームで全てを廃棄。「世代交代で私が買う物はないよ」と言うと、娘夫婦に「何か買ってなぁ!」と頼み、清浄器の商談に成功。最近は会社もショップ店対策に力を注いでいますが、後継ぎがなく、売る商品も少なく、店舗数が随分減ったようです。
●4/16午後は孫の友達8名程が訪ね、賑やかに庭を走り回って遊んだ後はディズニー映画を熱心に見入りました。PTAの役員友達のお母さんが末っ子の男児を背負、長い間子らを見守って頂きました。
●4/17(月)正午、1週間振りに家内が帰宅、前日に仕込んだ煮付や娘のお握りなどを食べました。孫は学校の創立記念日で休校、掃除や整理の手伝いをしました。家の整理整頓は今も続き、週末には爺さん婆さんの荷物(仏壇他100箱)が倉庫から戻り、後1ヶ月は掛かります。リホーム前に我家の家具生活財は殆ど捨てましたが、残りの趣向品などを処分すると老夫婦の思い出の品は全て消滅、淋しいです。
●4/18(火)夕刻、家内は前日に引続き帰宅。孫は塾に出掛け、2人で調理が簡単な焼肉。肉は老人にも筋肉作りに必要、野菜はアスパラ・もやし・薩摩芋を焼き、寿司はスキップしてデザートで終了。(H29.4.19)
 

H29年3月後半記:新装の我家は快適な生活が待構え、出演者500名の京響演奏会に大感動

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 3月31日(金)21時31分35秒
  ●3/24(金)午後、「総合ケアの地域懇談会」に入居者と家族代表で夫婦参加、地域の老人会役員と枚方市のケアマネが加わり、6名が集いました。施設長が「最近90歳超えの入居者が亡くなって現在は49床。要介護度は平均2.3、総合ケアは大阪市内に続いて四条畷にもサ高住を新設して4ヵ所(151床)になった」と近況報告、「サ高住は個室18㎡以上、未満は住宅型」と質問に応えました。「特養は要介護3以上が受入れ対象、障害支援より介護保険が優先する」とケアマネから説明。「20名程が参加する老人会は場所探しに苦労している。本施設が利用できればありがたい」の老人会要望に、「土日であれば、空いているので開放可能」と施設長が応えました。「空オケ会があれば、私も参加したい」と家内は応えました。
●3/26午前、引越屋が作業開始、19歳のリーダーの元、5-6名が荷造りや段ボールを運びました。新聞やテレビで「宅配(特に運転手)の人手不足」が報道されている実情を実感しました。「細い体でも力や手際よさは流石でしたが、ベテラン社員の不在は顧客には不安」でした。富山からも100箱程の段ボールや家具が届き、各部屋は段ボールづくめになりました。暫くは荷物の中での生活、必需品が見付からず、初日は包丁やグラスが使えませんでしたが、爺さんの必需品のパソコンは義息が動くようにしてくれました。2週間程すると爺さん婆さんの倉庫預り品100箱が届き、4月は整理と廃棄に時間が掛かりそうです。
●3/26(日)午後、仮住い(団地)から5ヶ月振りに我家に引越。孫家族が知恵を絞り工夫を凝らして改装しました…1階の南向きのキッチン兼居間(18帖)は床暖房、ゲストルームを小さくして納戸を設け、広い風呂場・洗面所・照明から全自動のトイレは生活しやすい空間になり、全室と廊下の照明はLED、洗濯物は室内乾燥です。爺さん婆さんの部屋(9帖洋室)には別途、仏壇室・押入・ウォークインクローゼットがあり、鉄筋ガレージはカーポートに変り、車椅子用のスロープと広い木目調タイルのデッキは孫らの遊び場です。庭木は無くなって花壇ができ、玄関の階段も1段増え(7段)、踊り場で一服できます。昔の面影は消え、一抹の淋しさを感じますが、「これも世代交代」と納得。住んでみると白っぽいカラフルな部屋と廊下の色彩やデザイン空間に癒されます。3/29(金)、元服飾デザイナーをしていた家内が帰宅、リホームに満足の様子でした。
●3/26午後、久し振りの常任指揮者・広上淳一の「京響定期公演」(京都コンサートホール)に参加。指揮者は「京響は自治体の楽団として60年を迎え、記念行事の一環としてマーラー(1860-1911)の交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」を選曲、マーラーの初演時の出演者は1.030名でしたが、今日は500名余で演奏…大編成の楽団(150名余)にオペラ歌手8名…ソプラノ(高橋絵里、田崎尚美、石橋栄実)、アルト(清水華澄、宮岡町子)、テノール(福井敬)、バリトン(小森輝彦)、バス(ジョン・ハオ)…と大合唱団(京響コーラス、京都府合唱連盟、京都市少年合唱団など320名余)。激しい曲なので指揮者が転げないように指揮台の柵囲いを断り、もし転んでも皆さん、助けないでください」と話しました。第1部イムエヌ(讃歌):来たれ、創造主たる聖霊よと第2部「ファウスト」最終場を休憩なしで演奏(90分)…第1部はカトリックの精霊降臨祭を祝うが如く、オーケストラに合わせて合唱団とオペラ歌手の合唱がホール全体に響きました。第2部は不死となり、天使たちに運ばれたファウストが栄光の「聖母」の恩籠によって救済される場面、オペラを書かなかったマーラの壮大なオペラ「ファウスト」のフィナーレの如きで、ブラボーが連発、全聴衆が大喝采しました。オペラ好きな我家も大感動、楽しかったです。
●3/27(月)午後、関西医大消化器科を受診。2時間待っても予約者3名待ち、受付に「何故予約時間が遅れるの」と尋ねると、「当日患者が横入りする」と返事。「今日はキャンセルして出直す」と話す、「先生に尋ねてくる」と応え、直ぐ呼出ベルが鳴りました。過日の検査データで「血液が薄くなっており、出血の可能性がある」と診断されて内視鏡検査を予約。3/31(金)午後、竹内歯科に通院、3本の奥歯茎の再掃除。
●3/28(火)正午、「E杯世話役会」(日生淀屋橋ビル2階、がんこ寿司淀屋橋店)に3名が集合、イタリー料理が続きましたので和食を下見。東西線・京阪・新幹線に便利で、フリードリンク付の多種な料理に全が気に入り、「E杯」(5/19)の部屋を予約。私がお世話する「関西六柊会」(5/30)も難波や新大阪からの交通便がよく、ついでに予約。3/30(木)夕刻、久し振りの「香里園ブラ」(熊ちゃん)。最後に残ったお客様に合唱を提案、8名が肩を組んで「今日の日もさよなら」を歌い、見知らぬ人とも親しげに握手して解散。(H29.3.31)
 

H29年3月中半記:通院が続き、自動車事故を起し、異業種・いとこ・孫との食事会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 3月25日(土)09時34分53秒
  ●3/8(水)午後と3/13(月)午後、2年振りに竹内歯科(香里園)に通い、「痛みは歯のぐらつきが原因と推測、嚙み合わせを直して暫く様子見。歯槽膿漏ぎみの歯茎を掃除する」と診断され、3-4日後に痛みはとれました。3/16(木)夕刻は家内の通院(香里ヶ丘有恵会病院)、「糖尿は変化なし、貧血も出ていない。腎臓・肝臓も良好」と診断されました。3/17(金)午前、関西医大循環器の半年振りの定期検診、「肺に水分も溜っておらず、心臓機能も変化なしで良好」(超音波検査)と診断されて安堵しました。
●3/19(日)午前、昨日から3日間の2回目のオープンハウスが始まり、家内と顔を出しました。前回より玄関や庭が仕上がり、部屋の一部に家具が入り、見映えが増しました。見学者の反応はどの部屋も好評で、契約が3件取れたとのこと。旧間取りの柱が抜けて生活しやすい空間に仕上りがりました。
●3/20(祝)午前、免許を取って50年、初めて人を傷つけました。枚方大橋近くのスーパー(コノミヤ)に立寄り、隣のEONESのガソリンスタンドにUターンする途上にスクーターを捲込んでしまい、目前で若い運転手を跳ね飛ばしました。直ぐ駆け寄り様子を聞くと、最初は膝が痛い、その後手首が痛いと言われ、「救急車を呼びますか」と尋ねると「その必要はない」と断られ、直ぐ110に電話。警察は両方の乗物の傷跡を見て、状況を正確に把握しました。私は歩く程の速度でしたが右側の車に気を取られ、左を見損じていました。先方さんはUターンを予測せず、直進するものと判断したそうで、「私もミスしました」と話しました。警官が相手さんの人柄はいい方ですよと耳打ちされ、誠心誠意対応することにしました。3日後に電話すると「肩が痛いが、大丈夫です。治療に専念します」と言われ、安堵しましたが、暫く運転は自粛です。
●3/21(火)正午、先月に続いて「異業種昼食会」(北新地の割烹)に11名(内女性4名)が参加。年に幾度と会って顔見知りになりましたが、名前を覚え切れず、近況報告をしました。「孫家族との同居を愉しんでいる。今週末に新築そっくりさんの我家に引っ越す。今日、家内は別行動です」と私が先陣を切って話し、「ゴルフや飲み会を楽しんでいる。明日は名張でボランティアの仕組を学びに出掛け、伊賀上野城を見学する」(息子に会社を譲った元社長)、「インフルエンザから肺炎になり、2ヶ月間38度で寝込み難聴になった」(80歳目前の現役大工助士)、「2年前に突然難聴になり、1個50万円の補聴器を付けてもよく聞こえない」(日本在住の台湾人)、「最近台湾の百貨店などからは紙芝居公演の予約が入り、水あめなどを売って渡航経費を稼いでいる。着物を着るのは台湾で喜ばれるから」(紙芝居研究家)、「最近体調を崩して近くに住む娘の世話になり、外出を控えていた」(元割烹の女将)、「プロが持ち歌を歌っても80点台、歌は歌詞を覚えて500回歌うと物になる」(芸達者)、「40歳の時に60歳の人は老い先短い老人と思っていたが、自身が60歳を迎えて物凄く元気」(昔のギャル)、「今は1mを超える太刀魚が釣れる」(釣り人)、「3人の子供と6人の孫に喜寿を祝って貰った」(揚子のママ)、「90歳超えの父親の体調が安定し、大阪にも来られるようになった」(松山の世話人)…と続きました。昼食後は空オケ(ラウンジ揚子)を4時間程熱唱しました。
●3/22(水)正午、「いとこ3人会」(烏丸四条、がごの屋)を行いました。大変エコノミーな店を京都のいとこが探しました。2人は熱燗を注文、私が赤ワインのデカンターを注文すると若いウエイトレスから「1人で飲めますか」と尋ねられましたが、その後熱燗も追加しました。昨日はウィスキーを飲み過ぎて?酔い気味、徐々に調子が出てきました。次回は5月初旬に改装なった我家で奥様同伴の食事会を行うことにしました。その後、京都駅までタクシーに乘り、空オケ(ジャンカラ)を熱唱、その場の状況はお互いに忘れてしまいました。前回は守山のいとこが酔い潰れ、今回は京都のいとこが珍しく酔い、私も酔いが回り、枚方駅を乗り過ごして京橋駅で折返し、孫に打ち分けると「昨日から3回聞いたよ」と言われました。
●3/23(木)夕刻、「孫母娘と夕食会」(がんこ寿司枚方店)。孫は間際になって洋食レストラン所望するも店は予約済で変更しませんでした。孫は牛タン・もずく・漬物などを注文、酒のあてになるような料理を好み、将来爺さんが長生き出来れば、大変楽しみです。婆さんの大好きな細巻鉄火や穴キュウは手巻きに変り、手巻きのノリは湿って美味しくありませんでした。爺さんは熱燗でカレイの骨煎餅・海老の唐揚げを食べ、婆さんとお母さんは寿司や魚料理などを注文、久し振りの孫との外食を楽しみました。(H29.3.25)
 

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