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H29年8月半ば記:JAL事故犠牲者を偲び、孫の誕生会やソプラノ歌手独唱会などを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 8月16日(水)15時24分23秒
  ●8/10(木)午後、「香里園ブラ」(香里園、熊ちゃん元祖店)。ハンカチを片手に日陰のない炎天下をバス停まで5分程歩き、バスを7分程待ち、香里園の街中を7分程歩いて店に到着、早速冷えたビールを注文して生気を取り戻しました。8名の熟年者や高齢者のお客でほぼ満席、途切れなく演歌の熱唱が続きました。顔見知りのお客様から「例の歌を唄って」のリクエストにびっくり、「歌とお客様を組合せで覚える」「親父は歌下手、母は綺麗な声で歌上手、私は母の遺伝子を継ぎました」と内訳、コーラス部出身者らしき透き通った声でバラードを歌いました。歳に似合わず可愛い声やか細い声で歌うお姉様方、こぶしが効かして声量豊かに歌うお兄様方、暑い中一人でやってくるだけにどの方も歌自慢。皆様の真剣に歌う顔を見て、「ボケ防止に役立つ」と確信しました。我々も5曲ずつ歌って満足し、夕食処に向かいました。
●8/12(土)、朝刊で「昨日、御巣鷹山の尾根の麓を流れる神流川で300個の鎮魂の灯篭流しが行われ、坂本九(犠牲者)の“見上げてごらん夜の星を”を合唱して犠牲者520名の33回忌を悼んだ」の記事を読んで、32年前の事故当時を思い出しました。18時羽田発-伊丹行のJAL便が尾翼の破損でアンチローリングして御巣鷹山(群馬県上野村)に激突、我技術部でVHS立上時や鉄板シャーシーで大変苦労を掛けた課長を亡くしました。記憶が薄れてきましたが、夏休みの夜遅くまで晩酌をしながらテレビに映し出される搭乗者のカタカナ文字を眺め、まさか部下が搭乗しているとは思いませんでした。夜中に企画部長から「技術と企画の課長2人が乗っていた」と連絡があり、直に自宅に電話すると中学生の娘さんがおいおい泣きながら「お父さんが乗っていた」「お母さんはJALホテルで現地直行の待機…随行者は親族1名のみ」と聞き、早朝からお宅に伺って2昼夜テレビを見ながら庭で待機してご遺体を迎え、お通夜・告別式の葬儀委員長を務めて700名程の弔問を受け、49日・1回忌・3回忌は仏前にお参りしました。空席待ちで予約便の前便に乗ったのが「運命」の分れ目でした。3年前に当時の仕事仲間のOB会に奥様をお招きすると、「中学生の孫(遺児)と同居し、生育を楽しんでいる」と元気に話される姿に安堵しました。これまで多くの若い後輩や同僚を弔い、「人生は歳に関係なく、夫々が運命を背負っている」と悟りました。
●8/14(月)正午、孫家族と5名で「孫の誕生会」を京橋のツインタワー最上階(38階、燦OBP)で行いました。「大阪城」や淀川から分流した大川が堂島川と土佐堀川に分かれる「中之島」(東西約3Km、東洋陶器美術館・中央公会堂・大阪市役所・中之島図書館・フェスティバルホール・国際会議場・国立国際美術館・科学館などが立地)を眺望する席を予約、孫は景色には余り関心がなさそうでした。孫と爺さん(私)はメイ-ンデシュに山形牛ステーキ・婆さん(家内)はお造り・お父さん(孫)は豚しゃぶ・お母さん(孫)は御膳を注文、鯛飯と飲物はお替り自由でした。鯛めしが美味しくて全員がお代わり、孫が鯛の刺身付茶漬を追加注文して「物凄く美味しい」と大満足。係に頼んで全員で記念撮影し、賑やかな家族団欒を楽しみました。車をイオン京橋店に駐車、1時間程自由解散して買物をしました。帰り道、孫のリクエストで大学進学とスポーツなどの専攻をクラス分けする「大阪桐蔭中学・高校」(大東市、学研都市線・住道)に寄道、生駒山の麓で大阪産業大学と隣り合わせでした。車中、ボケの婆さんと突込の孫との頓智問答が始まり、和やかな雰囲気に癒されました。
●8/15(火)正午、堺のお爺ちゃん(孫のお父さん)と徳島のおばさん家族(孫のお父さんの妹)が訪ね、我夫婦は挨拶だけして、マイカーで豊中に出向きました。若手ソプラノ歌手7名の独唱会「はばたくひばり達」(らるえっと会、豊中市立文化芸術センター小ホール)に200名程のファンが押寄せました。我家は友人に誘われて孫の如き細身で声量がある歌姫「北野加織」(二期会準会員)の応援団になり、チケットを注文するとご本人から早速礼状が届きました。夫々がオペラのアリア(モーツアルト・プッチーニ・ロッシーニ・ヴェルディ・ドニゼッティ・ベッリーニ)や日本の歌曲(団伊久摩・山田耕筰・中田喜直・平井康三郎)の14曲をピアノの伴奏で独唱、同じソプラノでも音色や歌唱の違いを楽しみました。「らるえっと会」(ひばりたち、若手オペラ歌手の応援組織)は毎年開催を続けて今年で4年目。声量豊かに響きを利かして歌い上げた歌姫の3曲の歌唱が際立ちました。出演者は登場ごとに衣装を変えて艶やかさを盛り上げ、最後に7名が勢揃いしてフィガロの結婚の1曲を歌い、観客は拍手大喝采。俄雨の中、歌姫に激励の声も掛けずに帰り、翌朝早速お礼のメールが届きました。(H29.8.16)
 
 

H29年8月前半記:会合の段取りをし、関西外大の受賞祝賀会に招かれ、義姉の病魔を悔む

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 8月10日(木)10時50分27秒
  ●8/1(火)-3(木)は家内の昼ご飯以外は外での約束はなく、「高校同窓会」「いとこ会」「M3会」の8-9月開催の段取りをしました。メールと電話で日程調整し、食事処を予約、切手とハガキの購入や写真の焼付など…手間暇が掛かり、特に会員数が多い同窓会は3日仕事になりました。しかし案内相手のメール返信も速く、電話すれば近況が聞け、皆さんに喜んで貰えるのが世話役冥利、老いても役目があるのは大変嬉しいこと。世話役はサービス精神旺盛で独善にならず、全員の意見を聞いて調整し、公正で強いリ-ダ-シップが必要な役柄、若い人は我慢強さと調整力が不足して独善になり易い傾向があるようです。
●8/4(金)午前、関西医大病院の眼科に通院。「白内障手術後の経緯は良好、目薬は継続」と診断され、視力は2週間前同様(1.2、1.5)でした。次回は1ヵ月後に再診、入念な術後の検診に満足しています。
●8/5(土)夕刻、関西外大の「谷本栄子理事長の旭日中緩章受賞祝賀会」(リーガロイヤルホテル光琳の間)に出席、広い会場は約600名(来賓・元教職員・現教職員など)で埋め尽くされ、ご祝儀は一切お断りと記されていました。MBSの柏木アナウンサー(卒業生)が司会・叙勲伝達式(DVD)の上映に次いで理事の祝辞・枚方市長の乾杯で祝宴が始まり、学生の混声合唱団(ラベリテ)の祝歌・御殿山新キャンパス(来春完成)の上映・教職員と同窓会から夫々記念品贈呈・学生から花束贈呈と続き、受賞者(理事長)から謝辞が述べられました。退職して11年が経ち、見覚えのある語学の先生方とテーブルが同じで、隣席の元公務員の先生(政治経済を担当、5年前に退職)と親しく言葉を交わしました。当時懇意にした先生方との再会を楽しみにしていましたが、殆ど見かけませんでした。フランス料理を舌鼓しながら、シャンパンから赤白ワイン・ビール・地酒など…お酒のフルコースをマイペースで賞味しました。理事長の隣席のパナソニック社顧問(元社長)に挨拶すると、「この人が先ほど噂していた元教授でVHSの開発者です」と紹介されて読売新聞と住友銀行の役員から名刺を頂き、同時に理事長に受章のお祝いを述べると、親し気に「先生、お越し頂いてありがとうございました」と挨拶を受けました。宴もたけなわ、豪華景品の福引抽選で全員が興味津々、学生の少林寺拳法部とチアリーダー部(パイレイツ)の溌溂とした演技で会場が沸きました。学生数13.000名・定員割れもせず・無借金で新学舎建設・経営の手堅さは見事。京阪電車に大勢の女性教職員が乗込み、賑やかな懇談が続き、隣席の先生と気安く言葉を交し、何時ものOB会と異なる雰囲気を楽しみました。
●8/6(日)正午、我家の昼食は讃岐どんとアスパラ・玉ねぎ・ベーコン炒めの玉子とじ、すき焼風牛肉。うどん嫌いな家内が冷しうどんをワサビ味で美味しそうに食べ、歳と共に好みが変りました。雨が止んだ夕刻、1年以上掛かって新装なった「共益社枚方会館」の見学会に出向くと閉会の跡片付中、覗くだけになりました。最近は家族葬が主流、大部屋はなくなり、70名程の部屋が1-2階に2部屋ずつ(間仕切りを取ると150名部屋)、親族の控室が和室・洋室・食事室と繋がり、時流に合わせた改装。10余年前に母と長男が本館で多くの弔問客に見送って貰いましたが、我夫婦は子供に世話を掛けない家族葬で納得です。
●8/7(月)正午、家内が帰宅。爺さんと昼食を済ませ後、孫とピアノや折り紙などで遊んで大喜び。「碧南の伯母さん(家内の姉)が2回目の入院治療した後は体調が回復した」と聞き、「次の3連休に孫家族と5人で見舞いに行く」と電話すると、長男夫婦から「本人は誰とも会いたくないので、断って欲しい」との伝言、「子供らにも会わず、多弁の母の面影はなくなり、ベッドから一人で寝起きができず、言葉数も少なく、好きなものを少々食べるだけで食欲は無く、直ぐ疲れる」「自らマンション建設に関わって楽しみしてきた竣工式も3月に済ませて夢が無くなり、気力が薄れた」と近況を話ました。「結婚以来、最も親しく行来した親族、あの元気な姿に2度と会えないかも」と家内は無念がり、私とは小中高の同窓で気心が通った友であり、孫には赤ちゃんの時から可愛がって貰った大好きな「三河のおばちゃん」、誠に残念でした。
●8/9(水)午前、お母さんの友人(パン屋のパティシエの奥様)母娘が訪ね、孫娘は2階でビザとケーキ作りを習いました。正午に婆さんが帰宅、爺さんが調理した目板カレイ・おでんと寿司を食べた後、2階から美味しいピザとケーキが届きました。また昨夜因島から「農薬を使わない白桃」が届き、お客様と一緒に完熟の白桃を賞味。「美味しかった、今日はご馳走をいっぱい食べた」と婆さんは大喜びでした。(H29.8.10)
 

H29年7月後半記:異業種昼食会・いとこ会・イタリアン会・繁昌亭落語・我家の晩酌会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 7月30日(日)18時11分54秒
  ●7/22(土)正午、「異業種昼食会」(丸ビル、八かく庵)に日本在住の中国人2人と台湾に紙芝居行客する紙芝居研究家など…7名が集合。日本企業勤務13年の中国人は「家内を北京に残して単身赴任、年2回帰って幼い息子に会うのが楽しみ、お金は溜まらない」「日本人と同じ仕事をしてきたが、最近意地悪され、中国語を使う職種を探索中」と流暢な日本語を話す気遣い抜群の好青年、他の1人は「日本を拠点に釣り具の販売業を営み、日本では安い中国製品、釣りブームの中国では日本の高級品を売る」と自己紹介。2人は豆腐が大好きで3回お代わり、空オケ(ラウンジ陽子)も中国語で日本の歌を熱唱。
●7/23(日)午前、「いとこ3家族会」に6名が3ヵ月振りに集いました。今回も山科のマドンナ(京都のいとこの姪)がネットで探した「烏丸四条近辺の狭い住宅街のフランス料理店」(エッセーン)は女性客で連日満席の人気店。バターを控えた日本風の味付は大変美味しく、食べ切れない程の品数で京都のいとこと熱燗を交わしました。マドンナが6人乗りマイカーで嵐山・嵯峨野方面をドライブ、大覚寺に立寄り・長身の赤松に魅せられ・大沢池では手を叩いて大きな鯉を呼寄せました。家内が毎日2時間余掛けて介護通院した宇多野病院(30年程前に母がパーキンソン病で入院)を通り過ぎ、大賑わいの上賀茂神社で女性太鼓チーム(15名程)の奉納太鼓の力強い響きを楽しみました。9月会は琵琶湖の鮎料理を約束、京阪三条駅で別れました。
●7/24(月)夕刻、「香里園ブラ」で初めてのエコノミーの店(ワーゲン、カウンター席とテーブル席で20名以上の広さ)を訪ねました。ママの手料理の突出し(総菜・魚の煮付・麺類など)がいっぱい出て、ビール1本付の歌い放題、お腹いっぱいになり、焼酎をキープして我相棒と2人で5曲ほど貸切熱唱しました。酒も飲まず冷やしうどんまで食べた先客を「夕食を食べに来たお客さん」と思いましたが、2時間ほどして飲み仲間が集まると、お酒と空オケが始まりました。70前後の1人客が多くてカンウンンター席はほぼ満席、心不全で禁酒する常連はマスターに「私の代わりに飲んでくれ」と話し、元スナックのママはジュースを飲み、空オケを楽しみました。鹿児島・熊本・大分出身者のお国談義が始まり、初対面で仲間入りしてローカルの気さくさを楽しみました。
●7/25(火)夕刻、異業種交流「イタリアン会」(心斎橋、イルメルカートアンジェロ)に家内と参加、6名が集合。男性4名(81、74、70、69歳)で私が最年長、1人(金融関係の顧問)は初参加でした。家内が「私1人で3人の子育てを切り盛りし、その上若い社員や外国人の訪問客が多くて料理するのが大変だった」と話すと、全員が高度成長期の戦士、「私も仕事に没頭して家庭を顧みなかった、夜の付合いも多かった」と昔話で盛り上がりました。人気津軽三味線ユニット「ルナーレ」(津軽三味線・ピアノ・和太鼓の5名)のフアンが押寄せて迫力満点の演奏に拍手喝采、司会のピアノのお姉さんが客席に掛声や手踊りを指導して盛り上がりました。イタリア料理を舌鼓しながら、家内は赤ワイン、私は生ビールを数杯飲みました。今回も「アンコール!」を先唱すると帰り掛けたアーチストの足が止まって快くアンコールに応えましたが、意外と声を掛ける人はいません。
●7/27(木)午前、松愛会枚方南支部の「天満天神繁昌亭の落語会」に家内と参加、京橋駅広場に90余名が集合、昔馴染みに再会すると家内も懐かしく立話。繁昌亭まで東西線で引率され、30分程炎天下で汗を掻いて待機。満席の中、約3時間(落語8席・ヴァイオリン漫談・腹話術)のお笑いを楽しみました。芸歴40年前後のベテラン・中堅・女性・東京から馳せ参じた落語家など…10名の出演者はテレビでの馴染みはなく、全国の落語家(東京600名と大阪260名)の内でテレビに出られるのは極僅か、ユニークな個性と華がある人に限られます。終演後、大阪名所「天神商店街」を1.5Km程(環状線天満駅まで)散策しました。
●7/29(土)夕刻、50年来懇意にする「先輩」と何時もOB会で酔って世話になる「後輩」の酒豪2人を招いて「晩酌会」。息子が枚方公園駅で出迎え、私は“ししとう・ジャコの豆板醤炒め”(1番人気)と鉄板焼(カナダ産サーモン・特大エビ・剣先イカ…)、娘が突出しやデザートを準備。中国通の後輩が差入れた白酒は美味しくて4人で飲干し、ビールと池田酒(呉春)もよく飲みました、ワイン・屋久島焼酎とステーキは手付かずになりました。家内の売込で奥様会では孫がアイドルのようで、先輩の奥様からお土産を拝受。学校の納涼バザーから帰った孫は途中から加わって一層盛り上り、2人のお爺様と2ショット、気が付いたら6時間が経ち、大変楽しい夕食会でした。翌日、リハビリで不在した家内が後輩から送られた写真に大喜び。(H29.7.30)
 

H29年7月中半記:5日間通院、孫家族の友人夫妻を招いた夕食会・京響・OB会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 7月25日(火)08時34分5秒
  ●7/14(金)午前、関西医大病院に通院、循環器内科では心電図をとり、「血圧を下げ、頻脈や狭心症を改善する薬が息切れするようになった」と話すと、「心臓の状況が変化したので、1日心電図で原因を調べる」と診断、また眼科の視力検査では右目1.2(裸眼0.2の乱視)、左目1.5(0.8)と向上し、「術後の経過は良好」を診断、両科とも次週の再診を予約しました。何時も1-2時間待たされるのが、珍しく予定通りの受診を終えてびっくり。次の予定まで時間が2時間程空き、時間潰しに苦労しました。
●午後の「E杯準備会」(サイゼリア香里園店)に世話役3名が集い、次回の開催(日時と場所)の相談をしました。キーマン(大先輩ら)と遠方会員(福山・米子・岡山)に9月後半の都合のよい日を事前に聞くことにしました。昼食で1.5Lの赤ワインを注文するも1/3程が残り、枚方の世話役にワイン好きな奥様の土産に持帰って貰いしました。芦屋からやって来た世話役は「最近声が出なくなって歌えない」と言いながら躊躇しましたが、「これもお付合い」と無理強いして空オケ(実の里)に誘いました。先客3名に割込んで歌い始めると、芦屋人はよく声が出て4曲程熱唱し、「久し振りに気分よく楽しめた」とお礼のメールが届きました。
●7/15(土)夕刻、孫夫婦が友人夫妻を招き、爺さん婆さんも同席しました。奥様は「長男は就職して2年目、娘はフランスに語学留学の3年生で8月に帰って来る」と嬉しそうに話し、孫が生誕前に家族ぐるみで梅田(ホテル)で食事したことを思い出しました…当時は中学生の息子さんはスポーツ好き、小学生の娘さんは細身の長身でバレイに熱中していた頃、成長の速さにびっくり。ご主人は、21年前に私が大学の教壇に立つ準備で「情報処理」の教科書を1ヶ月程徹夜して書き上げた時に、パソコンの絵図書きに協力して頂いた方でした。7人で鉄板焼などを突きながら、賑やかな懇談が続き、婆さんも大喜びでした。
●7/16(日)午後、「京響の定期演奏会」(京都コンサートホール)に家内と電車で出掛け、15分程遅刻しました。広上淳一常任指揮者(59)によるブラームス(1833-1897)の「大学祝典序曲」(10分)、ピンカス・ズーカーマン(69)の独奏でベートーベン(1770-1827)の「ヴァイオリン協奏曲」(42分)の2曲は華のある名曲。特にベートーベン唯一のヴァイオリン協奏曲は全身をタクト代わりに躍動する指揮者とズーカーマン(40年間活躍したテクニックと芸術性で世界のカリスマ、ヴァイオリニスト・指揮者・教育者)の緻密で響のある音色に満席の観客を魅了して拍手は止まず、エネルギュシュなヴァイオリニストも指揮者も物凄く疲れ切った様子でした。最後のブラームスの「交響曲第3番」(40分)は第4楽章で音が消えていくように終り、ブラームスらしい余韻がある名曲でブラームスファンを魅了しますが、一般的に物足りなさを感じる曲でした。終演後に突然ゲリラ豪雨に見舞われ、暫く多くの観客が足止めされました。地下鉄も三条通りも祇園祭の宵山で浴衣姿の娘さん・外人客・家族連れで大賑い。大学生時代に通った懐かしい「珉珉三条店」でこの店にしかないジンギスカンなどを注文、家内も大好きになりました。
●7/18(火)午前、超満員の外来患者の関西医大病院で「ホルター心電図」(24時間心電図記録装置)を装着後、ホームドクター(磯谷クリニック)に通院(月例)。翌7/19(水)の同時刻に同病院でホルター心電図を外すと解放感を味わいました…暑い最中でもシャワーは浴びられず、テープを張付けた箇所が痒くなりました。7/20(木)午後は家内が月例の通院(有恵会星ヶ丘病院)。7/21(金)午前は先週に続いての関西医大病院の循環器内科と眼科の掛持ち受診。循環器内科の血液検査・レントゲン撮影・心臓超音波検査(UCG)と眼科の診察が重なってバタバタしました。眼科は「術後の推移は良好、目薬は続けること、2週間後に再診」と診断。循環器は「心電図や心臓の働きに異常は見られず、水も溜っておらず、薬なしで行きましょう、半年後に再診」と診断。4日連続の通院、暮れには家内も後期高齢者になり、我家の医療費も急増中です。
●7/21(金)夕刻、「M4会」(天満橋、NANAKO)に4名が2ヶ月振りに天満駅(地下鉄谷町線)で待合せ、まだ暑い最中でした。若い女性(ソムリエ・シェフ)が洋風料理を一人で切盛りするお洒落な店(甲子園の先輩の紹介)、テーブル席に座り、コクのあるイタリアワインとお任せ料理(野菜・魚・肉などをあっさり味調理)をお腹一杯に味わいました。女性も交った仕事帰りの2組のお客さんはカンウンターに座りました。酒の蔵元巡りを趣味にする福山人やパチンコメーカーの役員を経験した京都の仕事人などの話題提供で盛上りました。北新地に出向くと天神祭りの獅子舞が店内で踊り、若くとも世慣れた京都人がおひねりを渡しました。(H29.7.25)
 

H29年7月前半記:OR会を楽しみ、1週間入院の白内障手術で世界が変りました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 7月16日(日)12時02分57秒
  ●7/1(土)正午、「OR会」(門真、松心会館)に18名(内80歳代超え7名)が半年振りに集合、92歳の先輩の音頭で乾杯して和気藹々の懇親会がスタート。50余年前にビデオ事業が発足した当時の新入社員も60歳代半ば、亡くなった人や外出できなくなった人も随分増えました。家電各社が家庭用ビデオの実現を夢見て商品開発競争を繰広げ、技術が未完成の中での生産は日々品質不良が続発、設計者は日中製造ラインに入り込んで要因分析と対策、夜は設計者がトラックに乗込み倉庫に出向いて在庫の修理、休日はお客さんの元に出張修理…仲良くなったお客さんから指名が掛かるなどの懐かしい思い出がいっぱい…こんな昔話を肴に参加者全員と盃を交しました。終宴後は古参4人で喫茶し、フランク永井や裕次郎が得意な歌上手と2人で空オケスナック(香里園、実の里)に立寄り、4曲程熱唱してほろ酔いで帰宅。
●7/3(月)午後、1週間の入院に備えて買物。大きなリックに下着・タオル・髭剃り・歯磨き・石鹸・シャンプー・スリッパー・箸・スプーンなどを詰め込むと、いっぱいになりましたが、お酒を持込めないのが淋しかったです。
●7/4(火)午前、「白内障手術」で枚方関西医大病院に入院…7/5(水)右目、7(金)左目の手術は共に20-30分でしたが、初めての執刀で緊張しました。手術前後の検診が丁寧で、担当医と執刀医の2人が休日なしで毎朝夕に診察を受けました。感染症予防を最重要視、シャンプーは看護師に頼み、目に水を掛けないように厳重注意があり、毎日4回の炎症予防の点眼をしましたが、1週間経っても上達せず。10名以上の若き乙女の看護師さん(昼夜2交替)に親切に世話をして貰い、感謝。「10人十色で顔も性格も全く異なり、何れ家庭を持ち、世の苦労に染まると逞しさが増すのだろう」と想像しました。
●術後の翌日眼帯を取るともやもやが消え、新聞が老眼鏡なしで読めてびっくり、世界は一変しました。帰宅して冷蔵庫の中に小さなゴミがいっぱいに気付いて掃除。新しい白色の厨房も黒い汚れが目立ち、パソコンも自動車内も埃がいっぱい、今まで見過ごしていたものが鮮明に見えて神経質になりそうです。
●入院中は孫母娘が婆さんを引率して毎日新聞を持参し、お父さんも土日に見舞に来てくれました。遅くなると病院のレストランは夕刻早くに閉店で、コンビニで弁当を買ってデイルーム(談話室)でいっしょに夕食しました。ベッドのテレビはスクリーンが小さくて見る気がなく、4人同部屋の患者さん達は癌手術を控えて深刻の様子、同室者とは声も掛けず、殆どの時間をデイルームのテレビを見て過ごし、時々おばさんらと団欒しました。晩酌・パソコン・新聞の3つの眠り薬を欠いて寝付きが悪く、1日3時間程の睡眠が続きました。
●デイルームで雑談相手になった2人のご婦人…昨年ご主人(警察官)を輸血ミスで亡くした後期高齢者は小さな甲状腺腫瘍治療の入院、「高齢のため手術は避け、35日放射線治療を受ける」「息子も警察官(枚方警察署勤務)、曾孫もいる」と内訳ました。現役で仕事する他の1人(60歳前後)は糖尿病治療中(A1C400 )、「手が痺れるので首の手術をする」と話し、お2方とも入院が長引きそうでした。
●入院中の退屈しのぎに、西大和学園会長・田野瀬良太郎著の「田舎の高校から東大、京大にバンバン合格した話・西大和学園の奇跡」を読みました。孫は西大和学園を志望校の1つに選び、また著者は私と同じキャンパス(名古屋工大)で学んだ7年後輩、「如何に学園経営に乗り出したのか」に興味を持ちました。大学時代に休学して世界を旅して世界観を築き、英語に長けました。政治家を志すと郷里の五条市議に初挑戦して落選、落選中(36歳)の生活手段に保育士の資格を持つ奥様(34歳)と資金ゼロで保育園を開園、学校経営のきっかけになりました。市議・県議・衆議院も2回目で当選、政務次官・副大臣・自民党総務会長の重責を果たす傍ら、「中高一貫校で日本一の受験校を目指すのが少子化での生き延びる道」と決断、高校・中学・短大・大学と規模を拡大、僅か30年で東大・京大合格者数の全国3-5位(開成・灘・洛南などに次ぐ)に躍進。10年間世話になった関西外大(谷本禎人創業者)と運営と似通い、ぶれないビジョン、教職員とのイメ-ジを統合、英語授業の導入など、ユミークな学校経営が成功の鍵でした。
●7/10(月)早朝、院内は外来患者が溢れる中、2人の医師の診察を受け、4日後に再診察を予約して退院。手術前の体全体の検診で疑わしき患部は専門医(肺・胃・大腸など)の診断を受け、予防医療が徹底できて大満足。午後は家内を引率して通院(東香里病院)、薬が切れずに済みました。(H29.716)
 

H29年6月中半記:ディナーショー・昼食会・奥様会・M6会・オープンハウスと忙しく、戦没者弔慰金を申請

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月30日(金)10時05分30秒
  ●6/19(月)午前、友人が腸捻転で緊急入院(寝屋川生野病院)のお見舞。ひっそりした病院でフロアーが狭くて4人部屋が有料。私が通院する枚方の病院(関西医大枚方病院、星ヶ丘医療センター、星ヶ丘病院など)は何処も患者が溢れています。近年高齢化で医療費は激増するも「病院は選ばれる時代」になりました。
●6/20(火)夕刻、「ディナーショー」(心斎橋、イルメルカートアンジェロ)に8名(内男性3名)が集い、我家は家内の友人(因島在住)を誘って3名で参加。メンバーの1人は定年後にピアノを始め、「発表会に備えて練習するのが楽しい」「若い生徒さんに交って年寄りは私だけ」と内訳ました。気丈な3人の女性グループ「二胡(鳴尾牧子)とピアノ(尾崎江利子)とパーカッション(池田安友子)のライブ」、チャイナ服を着た二胡奏者は「今日は癒しの二胡でなく、賑やかな曲を演奏します」と話し、力強い響のある音色に魅了されました。二胡を習うメンバーが「2弦の音色は単調で、あのような音出しは大変難しい」と話し、奏者にエールを送りました。家内はお友達と話が弾んで上機嫌、赤ワインを2杯も飲みました。何時もより客入りが少ないライブ、今回も「アンコール!」を先唱、奏者は喜んで応えました。友人から「異色の会に誘って頂いて楽しかった」「久し振りに大阪に帰って懐かしかった」「亡き主人を何時までも気遣って頂いて感謝します」とお礼の挨拶を受けました。
●6/21(水)午後、家内は家で爺さんの手料理の昼食。夕方テレビ報道で将棋の藤井聡太4段(14)が史上最高の28連勝(6/29連勝達成)に並び号外が出るほどに日本全体がヒーバーしましたが、世界卓球選手権で中学生の張本智和選手(13)の活躍も同様でした。若者は過去の慣習にとらわれず、フレッシュな頭脳と筋力で驚異的な力を発揮します。将棋で大学時代に熱中した相棒を懐かしく思い出し、つい最近「大学OB会誌」(ごきそ5-6月号)で訃報を知ってびっくり。50半ばで2人の息子と娘を育てた奥様と離婚して20代の初婚女性と「できちゃった職場再婚」、結婚披露宴(名古屋)に同窓3名が出席して複雑なカップルを祝福。義父とは2歳年下、広島に新居を構えて夫婦共働きで子育てに邁進、この10年間程は同窓会にも参加せずで、消息を気遣いました。人より長生きせねばならぬ人でしたが、「人生は色々」でした。
●6/22(木)正午、「昼食空オケ会」(北新地、へちもんや)に5名(内男性3名)が集合、世話役は皆出席の私のスケジュールに合わせましたが、人数が集まりませんでした。北新地の多くの食事処はサービスランチで営業し、女性客や外国人客を呼込んでいます。この店だけは珍しく予約を受け、女性好みの雰囲気の配膳も人気、帰り際も店長の丁重な挨拶を受けました。空オケ(ラウンジ揚子)は1人が次の会合に出向いて男2人の貸切、早速今お気に入りの松山善三作詞「一本の鉛筆」(美空ひばり)を練習、更に店で流行っている新曲3曲…「九頭竜川」(五木ひろし)、「人生花暦」(鳥羽一郎)、「石狩川よ」(北島三郎)をママに教わりました。
●6/23(金)正午、「奥様5人会」(1人欠席)、香里園駅で奥様3名をピックアップして近くの食事処まで送迎。家内は久し振りの再会に大喜び、お三方からお土産を頂きました…特に初めて飲む「レモン酒」(生口島産)は香りも味も爽やかで、義息と美味しく頂きました。家族会発足時(17年程前)は夫婦で国内外を旅し、ジャズ・落語・食事などを楽しみましたが、70代を境に男性陣の足並みが揃わなくなり、元気な奥様方は海外旅行や食事会を続けました。今回は因島に転居された奥様を迎えての昼食会でした。
●6/24(土)-25は整理の目標にした「オープンハウス」(10.00-17.00、チラシ案内、住友不動産)、客間と納戸に段ボールを閉じ込めました。早起きして食事・シャワーを済ませ、我が家族と業者(4名程)が待機。夕刻にやっと1組が訪ねてほっとし、雨降の翌日は4組が訪問。熟年夫婦や小さな子連れ家族に「大変お洒落な家」と好評だったようで、「2世帯リホームや全面改装の相談があった」と係から満足気な報告がありました。
●6/26(月)午後、家内と郵便局に立寄り、市役所で戦没者弔慰金を申請。「大阪府と愛知県が審査し、厚労省から約1.5年後に支給」「前回は公報を見損じて放棄したことが判明」…国の不誠実さを痛感。
●6/28(水)正午、「M6会」(ヒルトンブラザイースト、たちばな)に4名(1名欠席)が集合。豆腐や野菜等の自然食料理を肴に会社の現況を憂い、近況の話題で盛上りました。本会は元副社長を囲んで元専門分野の有志 (秘書・経理・技術・海外)が集う初会合、次回(9月)から人事が参入。空オケ(ラウンジ揚子)は4名の貸切、全員が5曲程熱唱して楽しい一時を過ごしました。また孫から貰った大事な帽子を忘れました。(H29.6.30)
 

H29年6月中半記:堺のご両親を招き、無事免許を更新、京都写真展と施設の夏祭りをエンジョイ

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月30日(金)10時01分45秒
  ●6/10(土)夕刻、孫のお父さんのご両親(堺のお爺ちゃん・お婆ちゃん、共に佐賀県出身)を自宅に招き、リホームのお披露目をしましたが、日頃接していない孫は緊張して出迎え、早速お小遣いを頂いたようでした。末っ子の妹さん(叔母さん)が運転(電車だと乗り継いで2時間ほどが、車だと1時間内)、昨年3月にお爺ちゃんの入院をお見舞して以来の再会でした。我家の玄関・庭・建物は昔の面影は全く無くなり、間取りがすっかり変わったのにびっくりされ、「何処が便利になりましたか」と問われ、「リビングが広くなってお客さんを呼べること、自動トイレが物凄く便利、庭のスロープの安心感」と応えました。堺のお爺ちゃん・お婆ちゃんは体調良好で元気、お婆ちゃんは100歳超える曽婆ちゃんのお守り・お爺ちゃんは畑仕事で共に忙しいご様子、手作りの西瓜・胡瓜・玉葱などを頂きました。少し早目の夕食は鉄板焼き、お母さんが野菜を刻んだり、サラダや惣菜を作ったりの事前準備、ジィジィは拘りの佐賀牛と大海老を買ってきました。8人が輪になって和気藹々の賑やかな団欒になり、お父さんはビールや焼酎注ぎで大童、叔母さんに焼き物の世話をして貰いました。バァバァは昔のワンマンジィジィの小言を吐露してご満悦、堺のお爺ちゃん・お婆ちゃんは久し振りにお父さんや孫に会えて嬉しそうでした。「ゲストルームが整備できたら気軽にお出でください」と挨拶して別れました。日頃は一人晩酌、大勢で賑やかな食事は大変楽しかったです。
●6/13(火)午前、免許の更新に門真試験所で出向きました。現役時代は通勤で利用した163号線の巣本交差点周辺は第2京阪が交わった様替わりにびっくり、近年この方面のドライブはご無沙汰でした。白内障の手術を控えて視力に不安を感じ、運転用・パソコン用・就眠用(新聞用)の3眼鏡を持参して視力検査を無事パス、5つの窓口(免許更新受付・印紙購入・視力検査・申請書類提出・写真撮影と交付)を経て30分内で新しい免許証が待時間なく交付され、更なる事務合理化に驚嘆。約20年間ゴールドを続けて来ましたが、一昨年家内のベルト不着用でブルーになり、自動車保険(約7千円)も上がります。自動車は体力の衰えをカバーできて便利ですが、近年高齢者運転の事故が急増。私は遠出・夜間・狭い近道での運転を避けて安全運転を心掛け、狭い道での車幅感覚が衰えたら自信を失くして免許返上の覚悟です。
●6/15(木)午前、京都のいとこ夫婦を誘って友人の「京...再発見・写真展」(祇園、ぎゃらりぃ西利)に出向きました…会員8名が古都の再発見を目指して京都・奈良・滋賀で1年間撮り続けたデジタル写真の傑作40点が黒壁に展示。待機していた後輩(元オーディオ事業の再建時の仲間)が作者の作品一点一点の思いを解説、古刹や隠れスポットの桜・紅葉・藤・新緑などが見事に写っていました。私は「作者の被写体を追っかける情熱」に感動、いとこは「他の写真展に比べ、ここの作品が明るい」と感想を述べました。
●その後、京都マルイの8階レストラン街の「越後そば」で昼食。女性陣は寿司・天ぷら付ざるそば、男性陣は鱧刺し・丼付ざるそば、ビールのあてを注文。「我家はクラシック・ジャズ・絵画・空オケなどの共通の趣味が多く、今は一緒に出掛けて家内孝行をしている」と話すと、「主人は音楽や絵画などに興味がなく飲み会が大好き、家庭のことは私に任せきりで尺八明暗流宗家(祖父)の伝統行事(建仁寺)も1人で切盛り」「最近はいとこ家族会がとても楽しい」と感謝されました。隣の「美濃吉」は河原町通と四条通を見下す京都市街の絶景スポット、大文字焼き会席(\15.000)、祇園祭御膳(\5.000)の予約受付中のチラシが目立つ。
●6/17(土)午前、家内の施設(そうごうケアホーム香里ヶ丘)の「運営懇談会」に出席。施設長から現況報告…入居者は現在50名の満室で入居待6名、この1年間で死亡2名・移動3名・入院中3名・新入居者6名、平均要介護2.39。社長から「4施設(寝屋川・香里ヶ丘・城東・四条畷)になったが、堅実経営を厳守。枚方市はサ・高・住が26施設(1160床)と急増、有料老人ホームを加えると69施設(3536床)、まだ増床傾向」。「運営の良否の違い」「介護士レベルを看護師並に高める政策」を質問…「入居者を集めてスタッフを厚遇して収益を出し、介護福祉士を重視する行政指導に沿って介護士教育を行う」と回答がありました。
●6/17正午、施設の「夏祭」に孫家族総出で参加。曽孫3名が駆け付けたお婆ちゃんや曽孫11名のお婆ちゃんと隣合せになりました。「南京玉すだれ芸人グループ5名」にスタッフや入居者も加わって賑やかな演芸会を1時間程展開、入居者は満面笑顔。家内もハッピ姿で踊り、喝采を浴びました。(H29.6.18)
 

H29年6月前半記:大腸検査の診断に安堵し、いとこ会・運動会・飲み会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月10日(土)22時59分42秒
  ●6/2(金)夕刻、京都駅で「いとこ会」、80代の酒好き爺さん3人に山科のいとこの娘さん(京都のいとこの姪)が加わり、何時もの雰囲気が若返りました。海鮮焼・牛タン焼・ハゲの活き造りなどを注文、小さなヤカンの熱燗(地酒)が進みました。近年は個室利用が多いので、大部屋で食事するのは大変懐かしく感じました。空席が何時の間にか血気盛んな仕事帰りの男性グールプで埋まり、我が主任や課長の頃と同じ光景、時代が進んでもこの雰囲気は変わらずで、「英気を養って明日に備えているのだ」と思いました。息子しかいない京都のいとこには姪が娘の如きで、今回は「亡きお父さんの昔話をしょう」と誘い、話題が新鮮で大変楽しい一時を過ごしました、所帯ずれしていない純真なめい御さんに「感謝!感謝!」でした。
●6/3(土)午前、「孫の運動会」(山之上小学校)に朝早くから家族総出、坂道の多い道のりが苦痛になりました。応援団入りした孫は家でも熱心に練習し、当日はプログラムの2番目出場、紅白に分かれた各10名程の応援団合戦が始まり、元気で溌剌とした動きを見入りました。敬老席は満席で貴賓席の空席に家内と座って見学、孫が何処に居るかも分からずでしたが、家内はよく分かったようでした。その後孫の児童席の後に椅子を置いて涼風が心地よく吹く炎天下で5時間程座り続け、よく焼けました。孫は徒競走や演技などに参加しましたが、白内障のせいか全く分かりませんでしたが、あどけない小学生の一生懸命走る姿に、「爺さんにもあんな元気な時代があった」と思いながら、孫の紅組を応援しました。男女の区別のない徒競走など…女生徒が一番で走る姿にびっくり。観覧席向けに学年全員での遊戯体操が多く演じられ、1年生の可愛い仕草や6年生の大人気な俊敏さが際立ちました。学生数より多い家族が応援に駆付け、ビニールシートを敷いて食卓やテントまで持込む家族が目立ち、「日本は平和だ」とつくづく思いました。お母さんのお握り弁当を食べ、清々しい一日を過ごして孫家族に感謝しました。
●6/3午後、運動会から帰宅すると孫が多くの友人を連添って帰り、大はしゃぎ。右腕が痛いと言出し、お父さんが救急で「星ヶ丘医療センター」に連込みました。右腕骨折でギブスをはめ、首からつりました。箸も鉛筆も急遽左手を使わざるを得なくなりましたが、通学は続け、塾は1週間休講でした。
●6/5(月)午前、関西医大消化器科を受診、大腸検査の結果を聞きました。「小さなポリープ(5ミリ)が5つあるが、これが癌になるには10年以上かかるので、あなたは90歳を越えます。放置しておいていいです」と診断されました。早速眼科に出向、白内障の手術日を7月希望と伝えました。
●6/5夕刻、「香里園ブラ」で6/9(友人との初めての香里園食事会)の下見をしました。空オケ(開店1ヶ月の実の里)で3名の常連客に出会いました。60代の酒豪のお客は90点台を目指して5-6曲歌い続けましたが一歩手前で果たせず、早目に退散。入れ替わりに入店した60代のお客は「酒は飲めないが、8.000曲を歌った」と豪語する歌好き、90点台を連発、声がよく出ていました。70代の演歌好き・酒好きのお客は「店に入って私が一番老いている」と思ったそうです。2時間程歌い、皆さんから「とても80代は見えない」と言われ、最後は意気投合して「今日の日はさようなら」を5人で肩組んで合唱しました。その後飲み仲間とお相撲さんとは縁のない「ちゃんこ部屋」で食事。広い座敷に一番乗り、野菜いっぱいの“ちゃんこ鍋”を2人で美味しく突き、熱燗が進みました。アルバイト学生と話すのも楽しみの1つ、元教員をやっていた大学の学生に出会って激励。近年家庭での親子会話が途絶えてしつけも機能せず、「高大生はこのような客商売の店でアルバイトしながら礼儀や言葉遣いを学んでいるんだ」と思いました。
●6/9(金)午後、エレガンスサロンの京阪沿線組の3名の初めての飲み会、多才な趣味を持つ2人(画家とクラシックギターリスト)を香里園駅で出迎えました。早速3人で空オケ(実の里)に出向くと先客4名とでほぼ満席になり、レベルの高い歌上手が得点を競っていました。暑い日でしたので、先ず生中で乾杯、芋焼酎をキープ(OKA)し、水割り・オンザロック・お湯割りを夫々注文、1時間程して我チームも採点無で歌い出しました。最後に他のお客さんに呼掛け、「今日の日はさようなら」を7名が肩を組んで合唱。途中おつまみやたこ焼を食べて満腹になり、2人が「夕食不要」と言出し、予約した「ちゃんこ部屋」に出向いてキャンセル、「わざわざご足労をかけました、キャンセル料は頂きません」と女将さんから言われて解散しました。(H29.6.10)
 

H29年5月後半記:大腸検査を済ませて一安心、京響・高校同窓会・OB会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月 1日(木)22時14分51秒
  ●5/21(日)午後、「第612回京響定期演奏会」に家内と車で出向き、何時も通りに着きました(約75分)。開宴30分前でしたので、ロビーでサンドウイッチとホットコーヒーを飲食。難曲に挑戦する高関健(常任主席客員指揮者)のブルックナー(1824-1896)の「第5番」(80分)を休憩なしで演奏。壮麗なる後期ロマン派交響曲の金字塔と評価される曲でしたが、私も家内も4楽章とも似たようなメロディーで短調に感じました。管楽器も随分登場しましたが、メロディーの中心を成さず、弦楽器中心のメロディーが延々と続きました。
●5/25(木)午前、関西医大で大腸検査。8.20に受付し、受検者11人の最後になり、終わったら18時過ぎでした…2.7Lの腸管洗浄液(ニフレック)を飲み、洗浄に4時間半、その後の待ち時間が3時間半でした。長さ1mのカメラが十二指腸まで達するのに30分ほど掛かり、折目で腸が逃げるため看護師さんが腹を押え、空気を入れます。5ミリのポリーブが5個見つかり、普通は細胞検査用に切り取ってしまいますが、血液サラサラ剤を止めていませんでしたので、切り取りできませんでした。「出血の原因にはなっておらず、外見上は良性で急いで取り除く必要はないが、担当医と相談ください」と診断されました。「待ち時間が長い」と苦情を言ってカリカリしていたところ、看護師さんから「お元気で80歳には見えませんよ。遅くなってご免なさい」と諭され、「結果よし」で取敢えず安堵。約10年前に一度受けましたが、カメラも小さく細くなり、映像も鮮明に観察できましたが、「しんどい1時間」でした。
●5/26(金)夕刻、何時も孫を塾に送り迎えして貰う2人のお母さんがお子らを連添って訪ねました。「2階で食事するから、爺ちゃんは1階で普段通りに部屋着でお酒飲んでいていいよ」と言われました。4歳と7歳の女児が1階に遊びに来ました。上のお子さんは2-3度会っているので、何でも話してくれますが、下の可愛いお子は初対面で爺ちゃんを恐がりました。しかし何度と声を掛けていると、恐ろ恐ろ近づいてきて、うさぎの絵本を読んで欲しいと頼まれ、「うさちゃんだね」と言うと「違う、マヒィー」と言い返され、中々発音ができずで皆に笑われてしまいました。「明後日、奈良のお爺ちゃんのところに行く」と話し、「お爺ちゃんは幾つ」と聞かれて「下の子のお友達20名分の年を足した分だよ」と難しく答へました。上の子が「お爺ちゃん、昔はシミなかったの、髪の毛はあったの」「お母さんがお父さんより年上で、お友達が綺麗だねと言われる」とおませでした。孫は塾を休んでお姉さん気取り、爺さんも可愛い孫が一気に増えて楽しかったです。帰り際お母さんに挨拶され、「今度はお父さんも一緒に、孫家族と庭でバーベキューでもしてくださいね」とお誘いしました。最近は近所の友達もよく遊びに来て爺ちゃんに親しんでくれますので、賑やかになりました。翌5/27(金)午後も孫のゲーム友達が4人やって来て熱中。爺ちゃんは夕刻外出しましたが、お父さんがお友達を家まで送り届けました。
●5/30(火)正午、「関西六柊会」(がんこ寿司淀屋橋店)に10名(内女性3名)が3ヶ月振りに集合、内名古屋から4名が駆付けました。前回参加の2人が欠席(1人は手の骨折で箸が使えず、他の1人はご主人の介護)、前回歩行困難で欠席した同窓が足をかばいながら名古屋からやって来ましたが、待合わせの新幹線に乗遅れ、定刻を僅かに遅れました。飲むと賑やかな岐阜の同窓は往来に自信が無くなり、元気な同窓に名古屋からの連添いを頼みました。今回のメニューは同じ料金で、男性は釜飯付懐石、女性はデザート付懐石を注文、特に鮪の刺身が美味しかったと好評。全員が輪になって1つの話題に集中、和気藹々と話題が弾み、飾り気のない打解けた楽しさを満喫。2次会の空オケ(ラウンジ揚子)も全員が懐メロを熱唱、ママから「このチームはお品がよい」と持上げられました。リハビリや治療で歩行困難な2人の不参加が残念でした。本会を楽しみしている人ばかりで、翌日お礼のメールや電話が入り、世話役冥利でした。
●5/31(水)夕刻、「第2回M4会」(元副社長を囲む4人会、北新地・旬彩うちだ)に3ヶ月振りに開催。情報通のホストが頭痛で急遽欠席、福山と京都から2名が駆け付けて3名になりました。電話すると「専門医の診察で異常はなかった」と聞き、安堵しました。酒好き・歌好き・話好きの4人会は気さくな楽しいメンバーばかりですが、1人欠けて淋しくなり、近々再会することにしました。何時も通り空オケを熱唱、先日お会いしたラジオ歌謡の4人組と再会、どなたも歌唱力・声量とも際立ちました。(H29.6.1)
 

H29年5月特別記:エイト会は大盛況、36年振りの懐かしい再会に感動、準備会の心遣いに感激

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月26日(金)22時16分7秒
  ●昨年7月、「京都飲唱会」(研究所・本社・ビデオのOB会)で研究所OB( 8ミリ開発リーダー、エイト会司会者) に偶然に会い、私が全社的に取組んだ8ミリプロジェクトの懐かしいメンバーに逢いたくて「8ミリOB会立上げの思い」を吐露。早速若手有志(中研1・事業部3・MEテープ1)を募って準備会(7名)を発足、10月から本格的に取組みました。若手の記憶も薄れ、関係者名のリストアップも大変でしたが、当時の写真などが手掛かりになり、連絡先を人伝に探索。私が21年前に著した「私が歩んだ松下のビデオ史」も役立ちました。8ミリは世界の関連メーカー(松下・ソニー・JVC・フィリップス他)が集って決めた国際規格(8ミリ懇談会)、8ミリの商品化を急ぐソニーに対抗して松下全社挙げて取組み、実働隊長を務めた責務は複雑、販路拡大には必死でした。
●本年1/7(土)、住所録がほぼ出来上がり、事務局(研究所OB)から8ミリに携わった皆様に、「エイト会」発足の主旨案内を「大脇メッセージ」として発信…『8ミリビデオ開発の皆様、お元気にお過ごしですか。この度、急に思い立って「8ミリOB会」を一部の有志に提案し、賛同を得て「準備会」を発足しました。無念にもパナブランドで商品化はできませんでしたが、対ソニー戦略に大活躍し、VHS事業を死守して松下の最高の財務を築きました。8ミリプロジェクトは全社の技術を統合し、フィリップスやコダックと国際共同開発し、世界一の商品開発力を築きました。開発メンバーは大変稀な体験をさせて頂き、夫々に思い出をいっぱい積み上げました。当時を懐かしく語り合えるOB会を結成し、定年後の楽しい居場所を作りたいと思います』
●2/11(土)正午、準備会を「パノラマスカイレストランアサヒ」(京橋、IMPビル26階)で行い、眼下の大阪城公園の眺望の見事さに満足した全員が「5/20(土)開催」を決め、60名収容部屋を予約しました。写真に写るも音信不通者や事務局の案内に不賛同と未返信も多くありましたが、69名から賛同の返事を頂きました。
●「一人でも多くの人に思い出を語って貰おう」と宴を3時間にしましたが、全員の登壇は無理、「思い出集」と「写真集」への寄稿で補うことにしました。早速前述の私の著書の掲載写真(白黒)を提供、欧米人を自宅に招いた時の写真も含まれ、子供はまだ中高校生、懐かしい物故者も写っていました。思い出集には『松下幸之助創業者や寿社長に頻繁に報告、長期研修で受入れたP社の技術者(10名程)をP社で学んだ社長が感動してディナー招待、最後は新春販社社長懇談会(1987)で事業部長(元副社長)の8ミリ発売提案が猛反発されて断念、定年挨拶時に会長が“8ミリをやりたかった”と内訳られた』と寄稿。
●研究所・事業部・四国・MEテープの4グループのキーマンや元OGにも参加をお願いすると大歓迎。元副社長(特別ゲスト)を誘うと「貢献していない」と断られ、「懐かしい人が沢山集まります」と再び誘うと承諾。当時P社との合弁事業交渉で活躍頂いた女性役員(ゲスト、当時は新入社員)も多忙の中、喜んで快諾。
●事務局の精力的なメール交換で51名の参加が確定、18名は予定が重なり不参加の返事…日々10数通の思い出や近況を著したメールが転送されて目を通すのも大変でした。写真集に若手の結婚式での私の挨拶写真がアップされ、孫に見せると「ジィジィでないみたい」とびっくり、髪はふさふさでした。
●5/20(土)正午、「エイト会」を開宴。『36年振りの再会に感動、プロジェクトを背負った6年間で3つの節目とMEテープの事業化を目指した、志を共にした物故者10名(研究所5・事業部3・四国1・MEテープ1)に黙祷を捧げよう』と発起人挨拶、特別ゲストは『事業責任者としてVHS死守のため、本社会議で只1人反対し続けた。本会の参加には後ろめたさを感じた』と内訳けて乾杯。4グループ代表者・ゲスト・有志の懐かしい楽しい思い出話で盛上りましたが、司会者の時間割が大幅に狂いました。思い出集(69名)は全員配布、写真集(約2GB) は会場で流しました。当時のビデオは他部門と異なり、若手も自主責任で仕事をやり切る風土がVHS成功の源でした。多数が立尽くして食事そっち除けで熱心に旧交を温め、私も会場を巡って皆様と言葉を交わし、「大脇部長、変わっていない」とOGから激励されました。全員で「今日の日はさようなら」を合唱後、記念撮影。再登壇し『今回限りの開催ですが、有志がおられたら是非再会ください』と締め、世話役全員が挨拶。終了後元ヘッド屋2人と喫茶、外資系に転職した現役の苦労話を聞きました。翌日からお礼メールが殺到、「次回はお役に立ちたい」の申出多数、参加者の満足の様子が確認できました。座席指定・名札・会費割引配慮・カメラ撮影…万端な心遣いが通いました。 (H29.5.26)
 

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