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H30年4月前半記:妙見坂合唱団・二条城花見・いとこ会・後輩との会食・M7会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 4月12日(木)20時24分57秒
  ●4/1(日)午後、同期入社の仲間(新入社員当時の遊び仲間で元副社長)が出演する妙見坂混声合唱団(山本芳子指揮、出演者は男性9名・女性25名)「ポポロの創立15周年記念演奏会」(寝屋川市地域交流センターのアルカスホール)に睦和会の有志4名と大学の同窓(舞子在住の川重OB)が応援に駆付けました。出演者の家族や友人で会場はほぼ埋め尽し、懐かしいパナOB数人と出会いました。1部はウエルナー曲を中心に7曲、2部は若い女性ピアニスト(桐朋学園大卒)のピアノデュオ「Twinkle」が3曲、3部は田中清光・山之井慎の作詞の7曲が演奏され、アンコールもありました。終演後同期仲間6名で慰労会(がんこ寿司寝屋川店)、妙見坂人は「指揮者の指導方針は複式呼吸の発声と体のトレーニングを重視、厳しいトレーニングを受けた」「私がグールプの最年長、練習は週1」「今日は友人と会食するので、打上げ会は欠席と断った」と楽しそうに内訳ました。「交わりの場が広がり、目標を持っての自己研鑽はボケ防止に効果覿面」と思いました。
●4/3(火)午後、香里園ブラの友人と「二条城の花見」をしました。新聞の花見だよりで、「京都の殆どの名所は満開、二条城は5分咲き」と書いてありましたが、実際は散っていました。城内は花見客で大賑わい、9割は外国人観光客でした。岡崎公園・平安神宮・知恩院を車窓観光していると、着物を着た外人が草履を持って足袋で歩く姿に出会いました。京都駅前のイオンに立寄り、初めて巡り合った「いきなりステーキ」(アメリカ産や国産のサーローインやリブステーキをグラム売りする店)は外国人と日本人で大賑わい、300grを美味しそうに食べる外人客に見惚れました。私も30-40代の頃は欧米で300grをペロリと食べていたことを思い出しました。我々は「イタリアン」(キャプリギョウザ)で、ピザとパスタなどを食べて堪能しました。
●4/5(木)正午、「いとこ会」(がんこ寿司京都駅ビル店)に3名が集合、翌日から肺癌で入院する京都のいとこの激励会を兼ねました。精密検査の結果は、「転移はなく、手術を避けて2ヵ月間の放射線治療」と診断。いとこは幼少の時からの姉弟以上の仲良、外面は元気でも心の動揺を察しました。奥様や2人の息子さんが物凄く心配し、「家族の優しさ」を感じたようでした。「命に執念を持つこと」「完治を信じて退院後の肺炎に注意」と激励、4/10に電話すると、「退屈でお見舞の日を楽しみにする」と応えました。
●4/6(金)正午、関西外大消化器科に通院、「貧血は8.8から9.8に改善、もう1ヵ月投薬。正常値の下限は12.9」と診断。息切れは多少良くなりましたが、1ヵ月後の完治に期待し、「もう暫く我慢…」です。
●4/6夕刻、ビデオ技術仲間で20歳ほど若いリーダー格の後輩2人と会食(枚方市駅前、土間土間とベル)…専門技術一筋にマイペースを貫いた香里園人と家電関連の事業部や海外会社のトップを務めた営業的な交野人。「我々はビデオで20年仕事し、VHSの歴史を築いた一員です」と胸を張りました。ビデオ事業終息後に他部門に散らばり、辛酸を舐めた年代でしたが、「ビデオに携わったことに誇りを持っていたんだ」と大変嬉しく思いました。食べて・飲んで・歌って・元気モリモリの後輩に圧倒されながら大変楽しい一時を過ごし、元気を貰いました。役員も輩出した技術屋同期会に誘って頂くことになり、大変楽しみです。
●4/8(日)、因島の友人から「デコポン」の段ボールが届き、家内も孫も大好きで大喜び。家内はお付合いの長い隣近所にお注分けし、残りは家内と孫で2分しました。毎年送って頂きますが、今年は粒が大き目、甘みもしっかりと美味しかったです。早速お礼メールをすると、「郷里に引越したばかりで気心が通わず、大阪が恋しい。90歳超えの父の調子が悪く、帰阪予定が延び延びです」と返信がありました。
●4/9(月)午後、ピンポンが鳴る度に家内は玄関で孫の友達を出迎え、男児も交じった7名が2階で賑やかに遊びました。孫は「ジィジィ、明日も友達來るよ」と話し、交友関係は良好で気配りができる様子。ボランティア精神旺盛で積極的に人との交わりを大事にするジィジィの遺伝子を引継いでくれたようです。
●4/11(水)正午、サンダバードの指定席・近江市場で昼食・金沢駅で夕食の予約を済ませ、「金沢城公園の花見」に行く予定でしたが桜が散ってしまい間際に中止。代りに大阪で「M7会」(北新地、穂の河)を開催、5名で次の温泉旅行の相談をしました。「観光には重きを置かず、温泉と海鮮料理をメィーンに10月下旬開催」を決め、金沢人に一任。食事会で解散の予定でしたが、急遽2次会(ラウンジ陽子)をセッティング、4人が夫々5-6曲熱唱。帰宅すると金沢から「今日は雨、中止して正解」とメールが届きました。(H30.4.12)
 
 

H30年3月後半記:桜爛漫の中、友人夫妻を招き、京響・E杯(準)・M6会・家族団欒を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 4月 1日(日)12時46分43秒
  ●3/18(日)午後、ジャンルイジ・ジェルメッティ指揮(1945年ローマ生れ、レパートリーは古典派から現代音楽と幅広く、オペラにも手腕を発揮、イタリアのロッシニー指揮者と称賛)の「京響定期演奏会」(京都コンサートホール)に出向きました。1部はロッシニー(1792-1868)の歌劇「ウィリアム・テル」序曲(12分)とドヴォルザーク(1841-1904)の「チェロ協奏曲ロ短調op.104」(40分)…チェロ独奏はルイジ・ビオヴァノ(イタリア生れのチェロと室内楽の学士。欧米日で協奏曲のソリストや室内楽で活躍、近年は指揮者活動に注ぐ)で指揮者と呼吸がピッタリ。2部はラヴェル(1875-1937)の3曲連続演奏…「道化師の朝の歌」(8分)と「亡き王女のためのパヴァーヌ」(7分)と「ボレロ」(16分)。美しいバトンテクニックと均整の取れた明るい正統的な音楽で聴衆を魅了する指揮者と称され、特にボレロの陶酔した姿に我身も引き込まれました…聞こえない微かなフルートの響きで演奏が始まり、各種の管楽器が入替り繰返して少しずつ音程が強くなり、途中から弦楽器が加わり、最後は全ての楽器の激しい響きで盛上り、指揮者は陶酔してタクトを振りました。久し振りにドヴォルザークに巡り会い、どの曲も聞き覚えがあり、楽しい2時間でした。
●3/19(月)正午、「E杯準備会」(香里園駅、サイゼリア)に難聴の芦屋人(事務局)と親の介護を抱えて家事を分担する茄子作人(司会・交渉担当)が4ヵ月振りに集合。次回「E杯開催」の相談…私から新しい食事処2ヵ所(中華と土佐料理)を提案しましたが、何時も2次会の参加者が多く、北新地に近い「がんこ寿司淀屋橋店」に決めました。時期は5月下旬とし、大先輩や遠方参加者と事前に日程調整をすることにしました。食事後に日頃空オケに縁遠い2人を誘って出向くと、店(美の里)のカウンター席はいっぱいになり、自転車で通う歌上手の常連さんらに交じって4-5曲熱唱後解散、孫の土産を物色して帰宅しました。
●3/22(木)午後、関西医大の循環器内科の新しい担当医(女性助教授、前任者は自営退職)の診察を前々日に特例予約して受診…身近に接しているホームドクターの紹介状が必要と言われ、「この1週間程外出すると息切れがひどく、今もしんどい患者に時間の手間を掛けさせるのは不条理」と言張って例外的予約を受入れて貰いました。入院覚悟で出向くと、「血液・心電図・レントゲン検査の結果、胸水が少しあり、貧血が進む。共に心臓の負担になり、息切れを起こす原因」「大腸のポリーブが疑わしい。昨年5月の内視鏡検査で出血していなくとも状況は変わる、消化器内科の予約をとり、胸水の利尿剤を出します」と診断。翌3/23(金)午前、消化器を受診し、「血液検査と検便の結果、胃と大腸から出血はない。疑わしきは鉄分不足」「鉄分補給剤を2週間飲んで様子見、4/6に再診」と診断されました。家内も貧血気味、食生活の改善(ほうれん草・小松菜・赤肉など)を心掛けることにし、暫く懇親会参加を控えました。
●3/22夕刻、孫のお友達5人(男児1名)が訪ね、2階で賑やかに踊って談笑、夕食は子らでハンバーグなどを料理、爺さんが苺を差入れると孫は大喜び。1階の居間に6人の布団を敷き、徹夜でヒソヒソ話が続き、子らには佳き思い出になりました。3/28(水)夕刻、孫の若いお友達2家族を招いた夕食会、3人の可愛い子らが「お爺ちゃんと一緒に食べる」と言って1階に食事を持参、一気に孫が増えました。
●3/25(日)正午、リホームした我家の見学も兼ねて家内の卓球友達のご夫妻(10歳ほど若い元銀行マン夫妻、我郷里の半田支店に勤務されて意気投合しな仲)を招きました。昨年は家の改築でバタバタして交流が途絶えましたので、家内は1年振りの再会に大喜。パン屋さんの「隠れパン弁当」と娘の手製サラダで会食懇談、お2方は岡山の田舎町(美作)出身で町の助成金を受けた同窓会やお互いの結婚しない子供の話、ご主人が修学旅行生の京都観光ガイドに挑戦する話などで盛上り、4時間ほど楽しく話し込みました。
●3/29(木)正午、「M6会」(北新地、穂の河)に米子・宝塚・甲子園・交野・枚方公園から6名が3ヶ月振りに集合、会社やお互いの近況などで盛上りました。全員乗りがよく、次回は甲子園人と私が共同提案した博多ツアーに賛同、早速博多の大学に通った交野人に計画を依頼。2次会(ラウンジ陽子)に全員が出向き、元パナOBの松山人も加わって賑やかな空オケ大会、解散後米子人と喫茶店で時間潰しをしました。
●3/31(土)夕刻、爺さん奉行の「家族5人団欒焼肉会」、佐賀牛焼肉(5等級)を奮発し、野菜なども刻んで準備万端。塾帰りの孫は早速美味しそうに食べてくれましたが、食後は直に宿題に取組みました。先週から咲き始めた桜は週初めに白一色の満開、週末の今日はすでに散り始めていました。(H30.3.31)
 

H30年3月中半記:確定申告を済ませ、いとこ夫婦食事会・家族昼食会などを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 3月17日(土)13時41分16秒
  ●3/7(水)正午、京都のいとこ夫婦と我家の2家族が地下鉄・淀屋橋駅で待合せ、「ふぐ料理」(道頓堀、治兵衛)で懇親。男2人はひれ酒、奥方は生ビールと赤ワインを飲み、孫の話や健康状態を話しながらフルコース(湯引き・てっさ・てつちり・ふぐ唐揚げ・ふぐ白子・雑炊・デザート・コーヒー)を完食して全員が大満足。京都の奥方を道頓堀や心斎橋を道案内…グリコの看板が見える出合橋は日本人そっくりのアジア系の若者で大混雑、たこ焼き屋やラーメン店は行列ができ、飲食店・ブテック・貴金属店・化粧品薬局・よろず店などの店もお客がいっぱい、外人客の少ない法善寺横丁・梅田花月・道具屋筋を散策しました。日本人が比較的多い北に比べ、みなみの繁華街は殆どが観光客、少子高齢化が進む日本では外国人旅行者が経済活性化の救世主。地方もローカル色を工夫し、国全体が多彩なメニューで観光立国を充実すべきだと思いました。淀屋橋駅前の喫茶店に立寄って談笑を続け、4月はいとこ4家族で琵琶湖の鮎焼を楽しみます。
●3/8(木)午後、家内の通院(香里ヶ丘有恵会病院)に付添、「血圧が高目、家でも測りなさい。塩分に注意」と診断。5/7(月)から桜通り(枚方公園と旧香里団地を結ぶ)に面した新しい建屋に引越し、「部屋割りと整理整頓が大変」「院内は広々とするが、診療科は現状通り」と担当医は話し、耳鼻咽喉科はなく・皮膚科と外科は週一のまま。家内は毎月糖尿病治療で通院、私は内科(風邪)や整形外科(腱鞘炎や切り傷)で年に数回通い、我家の最寄りのバス停前(香里ヶ丘5丁目)、駐車場が広くなって便利になります。
●3/10(土)夕刻、買物に出掛けて孫家族に総菜をお注分けし、ビールと焼酎で晩酌して就眠。夜中に足が痛み出し、急遽カイロを張ると効果覿面、今年3回目の体験になりました。老いてコブラ返りの如き痛みが時々生じ、放置すると「30分程の激痛」に苦しみ、複数の医師に相談するも未回答。当初は運動不足と思いましたが、体が冷えて筋肉収縮が原因と分り、この冬にやっと「即効薬はカイロ」と学びました。
●3/11(日)正午、塾の試験を終えた孫と「家族団欒昼食会」(くら寿司)。母娘で試験の出来ばえの反省会になり、お父さんは口挟まず。爺さん婆さんは出る幕無しでしたが、婆さんは孫との団欒に大満足、何時もより食が進みました。塾は宿題と試験で生徒を追い込み、遊び盛りの孫は遊び時間が制限されて不憫に思いますが、「ジィジィ、只今」と元気な声で帰ってきますので、大きな声で「お帰り」と返します。
●3/12(月)午後、「29年度確定申告」を提出。今年から税金が一気に大増額…松下幸之助創業者発案の「パナソニック福祉年金」(退職金を供託して高利回り付の20年償却年金)が、80歳で供託金(自己資金は無税)を使い果たして「生涯年金」に切替わり、全額が公的年金(雑所得課税)になりました。その上家内も後期高齢者になって医療費が3割に増額、同じ収入で「税金と医療費の大幅アップ」(前年比で約100万円増)は目に見えない高齢者増税…健康に制限される老人の生活習慣は急に変えられず、国の財政同様に赤字家計を覚悟。「年老いても高い税金を払い、社会に貢献できている」と前向きに受止めました。
●枚方税務署に出向く道中、「自動車同士が間一髪衝突を避けた瞬間」を目前で見て家内と大仰天。近所の見通しの悪い無信号の交差点、左からの減速すべき小型トラック(職人風の中年男性運転)がスピードを出して突入、軽自動車(若い女性ドライバー)は減速もせずに我が方向に直進、側面衝突寸前でトラックの急ブレーキが効きました。日頃は減速して右左を確認して譲合う交差点、「瞬時の気の緩み」と思いました。
●3/15(木)正午、昼間の「香里園ブラ」。1-3月は寒い夜の飲み会を避け、昼食会(魚べ)で懇親を継続。「最近酒好きな音楽仲間(元気だった乾物屋社長)が階段から転げ落ち、頭を打って入院、流動食を食べて再起不能」とメールが入りました。足元がふらつくと階段は物凄く危険、「私はエレベーター利用が原則、必ず手摺を掴んで階段を登り降りする」「老いたらお互いに無理をせず、安全に行動しょう」と話合いました。
●3/16(金)午前、2ヵ月振りのホームドクター(磯谷クリニッ)に通院。「A1Cは高目だが、悪玉コレストロール・クレニアチン・血液サラサラ・中性脂肪・γ-GOT・前立腺は良好」と診断。1-3月は厳冬の中で夜の外出は控えてきましたが、春爛漫の4-5月は「M7会…金沢兼六公園花見会」「関西六柊会京都会」「E杯5月会」「M4会5月会」の開催準備を始めました。日程調整・食事処の選定など…毎日パソコンメールのやり取りで忙しくなりましたが、高校同窓会はメール利用者が半分で電話と〒のコンタクトで手間が掛かります。 (H30.3.17)
 

H30年3月前半記:庭に8つの灯が点き、TVでヨセミテ観光を思い出し、フラメンコショー・OSKを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 3月 6日(火)19時09分7秒
  ●3/1(木)、先週から庭灯の工事が始まり、煉瓦や土を掘り直す配線工事に1週間程掛かりました。夕刻から大小8つの可愛らしい庭灯が灯り、夜間は明るくなりました。お母さんが凝った「子供の国の庭」が更に進化し、庭屋さんが「自社のカタログに掲載したい」との要望を受けて母娘は大喜び。最近照明のない近所で空巣が入り、スロープとガレージに扉の無い我家の庭は外部から侵入しやすく、照明防犯対策になりました。時々深夜に目が覚めた時に部屋の自動雨戸を開き、庭の夜景を楽しみます。
●3/2(金)正午、家内を迎え出た留守中に、近くに住む飲み仲間(茄子作人)が「朝奈良に出向き、道の駅で美味しそうなイチゴを見付けました。明日はひな祭り、お孫さんにどうぞ」とメモを添えて玄関に置いてありました。帰宅した家内が早速見付けて「美味しそうな大きなイチゴがたくさんあるよ」とびっくり、早速お礼の電話をしました。家内は昼食後のデザートで賞味、夜遅く塾から帰った孫は床に就いた爺さんの部屋を覗いて大喜びでお礼を言ってくれました。茄子作人の気遣いに感謝しました。
●3/3(土)深夜、目が覚めると雪で列車の運休を心配していた孫のお父さんが帰宅して1階の居間でビールを飲んでいました…先週末はインフルエンザで富山の社宅で寝込み、月曜日は会社を休んで家で仕事したそうです。自室に籠り焼酎片手にテレビを付けると、映像散策「世界の山々・ヨセミテ」(NHK番組1.27~、ヨセミテ編・カナディアンロッキー編・白馬編…)の番組を1時間程懐かしく見入りました。現役時代の北米出張の帰国時にはサンフランシスコの定宿(ハイアットリージェンシー)に1泊休養して近郊を散策しましたが、中でも往復10時間以上掛けて「大感動したヨセミテ観光」の思い出が蘇りしました。数百kmも延々と続くアーモンド畑と雪解け水で溢れんばかりの奥入瀬の如き川沿いを走り続け、ヨセミテフォールズ(落差約800m)に到着。水しぶきで滝壺には近付けませんでしたが、岩山から降り注ぐ滝の壮大さに仰天、樹齢千年前後の大木林を散策しました。国立公園「ヨセミテ」は切立ったヤデドラピーク(3326m)や巨大な岩山の峰々の合間に雄大な数々の滝(アッパーヨセミテフォール・ブライダルベールフォール・バーナルフォール・ネバダフォール…)が覗く大自然、立山に似た高山植物(6-8月)が咲き、雷鳥・リス・アメリカンブラックベアーなどが生息。日本のせせこましく切立ったアルプスなどに比べてつるっとした岩山は一見のどかに見えますが、「2000m級の一枚岩の登頂に5日間かかる」と解説。上高地の河童橋に似た景色があり、黒部のトロッコに似た屋根のない長い観光バスも走っていました。
●3/4(日)、京響Jrコンサートのチケットを失くして諦めていたところ、急遽松山人から「フラメンコショー」のチケット2枚を譲って貰い、スペイン旅行でフラメンコファンになった家内は大喜び。日曜日は車も空いているので、マイカーで出向きました。帝塚山スタジオ・市川恵子フラメンコ舞踏研究所の舞踊団(先生とミス・ミセスの生徒49名)の発表会「フラメンコフェスティバル」(大阪国際交流センター)は開宴40分前から長蛇の列…生徒の親戚・友人・知人らしき観客が1.000名程入場して大盛況でした。全員が始めと終わりに色鮮やかな衣装で豪華絢爛に群舞し、その後は10名前後に分かれて入り代りに踊りが100分続いて15分の休憩、2部も同じような演出でした。ダンサーは背筋を伸ばし、手と足をエネギリッシュに使って踊る姿は楽しそう、先生の振付の創意工夫に感動しましたが、見る程にどの演舞も同じようになり、ストリー性がないので疲れました。2名のギータリストが伴奏、4名の歌手が交互に独特の節回しで熱唱、会場に響き渡る枯れ切った声に魅了され、裏方にもスポットをあてると変化もでき、楽しさが増すと思いました。艶やかでダイナミックで楽しいショーでした。
●3/5(月)午後、小雨の中「OSK」(美の里)に中国通のカマラマン(樟葉人)とギターリスト(牧野人)が香里園駅に集合。牧野人とは半年振りの再会となり、「ギター演奏の依頼が増えて忙しく過ごしている」と話し、樟葉人は関西イノベーション学会で講演する「最新の中国情報」のパワーポイント原稿を披露。次回は3ヵ月後の開催日を決めて予約し、更に1-2名の仲間を加えることにしました。1時間半程空オケを熱唱して近くの居酒屋(元田吾作の後のまっさん)で食事、樟葉人が適当に注文して3人で突きました。牧野人が「北新地が恋しい」と話し、新たに3人で「異業種・モナリザ会」を5月に発足することにし、エレガンスサロンとは違ったメンバーを2-3名募ることにしました。また前の店に戻って空オケ、樟葉人は裕次郎やフランク永井の歌、牧野人は英語の歌を熱唱、お客さんが次々と増えてほぼ満席(8名)になりました。(H30.3.6)
 

H30年2月後半記:厳冬の中でK4会・山科新年会・H会・家族会・NV会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 3月 1日(木)00時17分5秒
  ●2/16(金)午後、人事・経理・技術の異職種の集い「K4会」(香里園4人会、美の里)を4ヵ月振りに行いました。元人事・経理で活躍した3名は私より2-3歳若く、多くの事業部門に在籍した幅広い体験の持主、「ビデオ時代は売上額が巨大で、ダイナミックに仕事できた」と懐かしく語りました。10余年の最盛期は従業員1万人・年商1兆円を超えました。松下幸之助創業者や稲井社長(伝説の人)の秘話などを交えた懐かしい昔話で盛上り、大変楽しい一時でした。私は全社の技術協力を結集してVHS商品造りの苦労話などが通じる本会の居心地に大満足。今春屋久島の宮之浦岳(1936m)を散策する香里園人は「マンション26階の階段を上り・降りしてトレーニングに励む」「同じマンションに住む娘の世話にならず、掃除・洗濯・調理は全て自分で行う」と話し、同じ奥様を亡くした交野人は「近所に住む娘が買物・食事・洗濯・掃除を切盛りしてくれる、娘に歌を覚えよと言われる」「大阪能率協会の理事長(元パナ副社長)のサポートで苦労する」と話し、歌のレパートリの多い枚方公園人は「電池時代のOB会が多く、時々家内と空オケに行く」と話しました。2時間程熱唱して食事処(総本山)に場所替え、熱燗と焼酎組に分かれて昔話が続きました。
●2/17(土)正午、「山科新年会」に8名が集い、常連の家内は厳冬での遠出を控えました。亡きご主人の学生時代の親友4名(京都・宇治・牧野・枚方)が1年振りに集って仏前で偲びました。学生当時は京都のいとこの邸宅に集まってマージャンし、元軍人のおじさんの説教を聞き、豪傑おばさん(母の姉)の持成しを受けました。面倒見のよいおばさんを頼って日々訪問客が絶えず、昭和の人情味溢れた佳き時代でした。山科のいとこ(京都のいとこの姉)は1歳下の弟の親友と結婚して1男1女に恵まれましたが、大手化学会社の役員まで出征したご主人が定年直後に突然旅立ち、孝行娘(マドンナ)と2人生活がスタート。母娘が徹夜で調理した数々の手料理に日頃スーパーの総菜で済ます私は大感激、熱燗を片手に昔話で盛上り、ほろ酔いでうとうとしていたら夕刻、姉弟の如き幼馴染の家は気が休まりました。トイレに立上った守山のいとこが突然ふら付いて崩れ落ち、家具で頭を打った出血に全員がびっくり。焼酎を独酌で5合程飲み、泥酔して意識朦朧。救急車を呼ぶと、直ぐ救急士3名と警察官が駆け付け、京都のいとこが病院に付添、「異常なし」の報せに全員が安堵。「高齢者は自身の老いを弁えねば」との教訓でした。
●2/19(月)正午、世話役(松山人)が私の都合に合わせて異業種「H会」(へちもんや)を開催。歌好きな常連の都島人に、初対面の結婚願望を持つ乙女(住之江人)と酒とタバコを絶って肝硬変を手術した池田人が加わり、昼食後は5名全員が空オケ(ラウンジ陽子)に移動。池田人は「術後初めて飲むビールが美味しい」とタバコもふかし、都島人は「ボウリングが趣味。暫し娘に頼まれて男児2人の孫守をするが、きかん坊で疲れる」と話しました。細身で長身の目鼻立ちが整った住之江人は私の大学教員時代の教え子の年代、「あなたが積極的にアタックすれば、相手は直ぐ見付かる」「今は30代が結婚適齢期」「私の80年の人生を振返ると、猛烈な企業戦士も定年で会社と縁が切れて家庭が残った。子育てして世尊を残せたことが人生史となり宝となった」と結婚を推奨、松任谷由実・竹内まりやなどの歌を軽快に歌いました。
●2/25(日)正午、今月2回目の「家族昼食会」(近くの三番館)、塾通いで忙しい孫との会話が途絶え勝ちだった家内は大喜び。ピーコックなどが並ぶ商店街通りは屋台が出て大賑わい、お父さんはインフルエンザに罹って富山から帰宅できず。塾の先生から「試験でポカが多くて緊張感不足」と檄が飛んだようでした。
●2/27(火)正午、「NV会」(新阪急ホテル)に21名(茅ヶ崎・岡山・福山・松山からも参加)が1年振りに集合。昨年末に元営業役員(享年83歳)が亡くなり、元社長が「電話で近況を尋ねると、食べ物が喉を通り難くなったと話し、暫くして奥様から訃報を知らされた」と弔いの言葉を述べて黙祷、私(NV会長)が「夫々の思い出を偲び、ご冥福をお祈りします」と献杯の音頭…VHSの量産立上に徹夜で苦労する技術陣を「売りまくる」と激励して貰い、私が幹事時代の定例ゴルフ会には胃癌癌手術後も熱心に参加して盛上げて貰いました。有志の近況報告を聞きながら、ビデオ時代に苦労した仲間との旧交を温める瞬く間の3時間でした。甲子園人(元副社長)の引率で2次会(北新地・常)に10名が集って懇談と空オケで盛上り、帰路3人で香里園に立寄って3次会、心配した孫から引っ切り無しの電話、「ハッピーな一日」に大満足。(H30.2.28)
 

H30年2月前半記:平冒OPが開幕、厳冬の中でE杯・エレガンスサロン・家族食事会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 2月13日(火)23時48分21秒
  ●2/1(木)正午、「E杯」(北新地、穂の河)に11名が4ヵ月振りに集いました。12月初旬のメール案内が一部届かず、1月半ばに再送した結果、すでに多数メンバーの予定が埋まり、参加者20名の目標を大幅に割り込んでしまいました。「若い女性シェフが調理するこの店はゲストに大好評、皆様も是非ご利用ください」と世話役挨拶をし、最古参(80代)の甲子園人・香里園人・大和田人などが話題を提起して盛上りました。全員が多彩の食材を利用した数々の料理に満足の様子、熱燗が進みました。ビデオ事業の創生の苦労を体験して成功の達成感を味わった若手も70代になりましたが未だ元気もりもり、2次会(ラウンジ陽子)には8名が参加して夫々が持ち歌を熱唱。同じビデオ仲間でも、60代中心の「VEOB会」との違いを最近痛感しました。ビデオはテープ事業からDVD事業に置換わって事業体が消滅し、全盛期に入社した60代は事業の店仕舞いの苦渋を味わい、リストラや早期退職の悲哀に直面、僅か20余年で事業環境が変わってしまいました。自動車産業と違い、家電事業は洗濯機・冷蔵庫・テレビ・オーディオ・録音機など、1つの製品事業分野が創生・成熟・終焉の約20年の栄枯盛衰を辿る宿命を抱えていました。
●2/2(金)午前、11月の通院をうっかり忘れていた「白内障手術の最終検診」(関西医大病院眼科)を受けました。視力は両眼とも1.2と向上し、「目の潤は一時的なもの、術後の経過は良好で今回で検診は終了」「糖尿病の眼底検査は当病院では診察不可、手術の診察経過書を次の病院に見せてください」と言われました。運転の不安から白内障手術を決断しましたが、「標識の見やすさ・狭い道の車幅感覚・夜間視力の回復」で運転の不安感は全くなくなり、20年程ゴールド免許(4年程前に家内のベルト不着用で失効)を維持した自信が蘇り、結果に大満足。安全運転に努め、ゴールド免許の復活を目指します。
●2/9(金)、夜遅く「平冒OP」が開幕。力強い群舞・純白なチョゴリをまとうソプラノ歌手の独奏・金妍児の聖火点灯・天空にドローンの灯が描く絵が印象的で、光と映像を駆使した大迫力は厳寒を吹っ飛ばしました。経済制裁一辺倒の国際世論の中、北朝鮮の金与正(キムヨジョン、金正恩朝鮮労働党委員長の妹)の滞在3日間を文在寅(ムンジェイン)韓国大統領が付添、美女応援団・三池(サムジョン)渕管弦楽団が韓国市民を虜にするなど…南北融和モードが高まりました。2/12に日本がやっと3つのメダルを獲得…スピードスケート女子1500mの高木美帆の銀・フリースタイルスキー男子モーグルの原大智の銅・スキージャンプ女子の高梨沙羅の銅。
●2/10(土)夕刻、雨降りの寒い中を「エレガンスサロン」(北新地、モナリザ)に異業種5名が2ヵ月振りに集合しました。常連の2人(寝屋川人・川西人)が欠席しましたが、遠方から和歌山人が参加。中国通の樟葉人が「習近平の2期目の中国事情」についてプレゼンし、川西人・神戸人などの質疑応答で盛上がりました。「14億の国民を7人の常務委員でコントロール」「習近平は自身の神格化を目指す」「阿片戦争で負けた英国には好意的だが、植民地化を目指した日本を敵視する教育」「所得も物価も都市部は日本以上の富裕国になったが、農村部は貧困で格差は拡大」「農民が移動できない制度を守るも食糧自給率は30%」などと話しました。久し振りに空オケタイムを設け、1人3-4曲熱唱、珍しくママとのデュエットが続きました。
●2/11(日)正午、急遽思い立って孫を激励する「家族食事会」(くら寿司)を行いました。婆さんは突然の孫との食事会に大喜び、何時もより食が進みました。爺さんは鉄火、婆さんは穴子が定番ですが、孫は新たなメニューに次々と挑戦して少量ずつ舌鼓、お父さんが残り物を食べて日頃のストレス(塾の試験地獄)を発散しました。週日は下校後、週末は午前から塾通いの勉学一辺倒の日々でしたが、最近やっと気分転換にピアノのレッスンを再開。我昭和時代には考えられない程の受験戦争(偏差値)の厳しさです。
●2/12(月、祝)正午、婆さんが帰宅、爺さんは厚揚げ・卵・大根・ジャガ芋・白ネギ・椎茸のヘルシーおでんを煮込み、スパゲティ(アスパラ・ベーコン・トマト)を作り、お母さんからピザを差入れして貰い、孫と一緒に食べましたが、スパゲティが多すぎて爺さんの夕食にしました。料理には工夫を凝らし、前々日ぐらいから食材を準備して自己流の調理を楽しんでいます。しかし孫の塾帰りを待ち切れない爺さんの1人夕食はスーパーの総菜を肴に余りもので済ませ、1人料理はしません。この日は新潟・北陸方面は再び大寒波でサンダーバードが全休、お父さんは何時もより3時間程早く、東京経由で富山に帰りました。(H30.2.13)
 

H30年1月後半記:松愛会・京響新春コンサート・関西六柊会・VEOB・いとこ3家族会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 1月31日(水)09時28分3秒
  ●1/20(土)午前、松愛会枚方南支部の「新年懇談会」(門真、松愛会館)に163名が集いました。1部は女性奏者5名編成(ヴィァイオリン・ヴィィオラ・オーボエ・クラリネット・ファゴット)の「枚方フィルハーモニー管弦楽団・ミニ」の演奏と合唱…モーツアルト・シュランメルの曲や懐メロのヒットメドレー、青い山脈の全員合唱、最後はラデツキー行進曲の演奏を楽しみました。2部の休憩時間に「絵画や書道・手工芸の作品展」を見学して数名の昔仲間と立話、3部は冒頭に本支部を地盤とする平野衆議院議員・矢田参議院議員・福留枚方市議会議長が来賓挨拶、次いで松愛会長(約3万名の松下OB会)が「リストラや早期退職で新入会員が増えない中、会員資格を緩めたら新会員が増えた」と朗報の挨拶後、懇親会がスタート。地区担当や孫が通う小学校の近辺の初対面の住人と弁当を突く中で福引抽選会があり、全員が童心に帰って盛上がりました。私が会長を務める「NV新年会」に昨年参加の予定だった矢田わか子議員(NV会メンバーの元秘書)が国会日程で急遽欠席になり、「今年2月のNV新年会には是非お越しください。元社長も参加します」と挨拶すると、「ご案内頂いたら参加させて戴きます」との返事、関係者とも相談して多忙な議員を引張り出すのを止めました。
●1/21(日)午後、「京響新春コンサート」(京都コンサートホール)に家内と参加。世界や日本の著名オーケストラを指揮するジェームス・ジャッド(英、現在はイスラエル交響楽団やスロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督などを務める)を迎え、木嶋真優(神戸出身、日本とヨーロッパに拠点を置いてアメリカやアジアでも活躍)のヴァイオリン独奏のプロコフィエフ(露、1891-1953)の「ヴァイオリン協奏曲第2番(ト短調op.63)」と京響コーラス合唱のホルスト(英、1874-1934)の組曲「惑星(op.32)」を演奏。繊細でダイナミックなヴァイオリン・ソロ(27分)と大編成で大音響の組曲(55分)に感動しました。色んな指揮者を迎えて新たな曲に巡り会い、京響のファンになって大満足。楽団員は若手奏者の多く、外国人ゲスト奏者も交じり、日々チャレンジして進化する姿は大変頼もしく、今年も「日曜S席会員」を継続。
●1/23(火)正午、「関西六柊会」(北新地、穂の河)に12名が4ヵ月振りに集合。前日は大寒波襲来で積雪した東京は交通麻痺、当日の新幹線の運行を心配しましたが、マルビルに名古屋方面から5名が予定時刻に到着。「今年82歳を迎え、遠方から寒さに負けず元気に参加できたことをお互いに感謝しょう」と世話役挨拶をして開宴。フリードリンク付会席で、女性4名には特別デザートを頼みました。全員がガヤガヤと話込んだ後に夫々が極近況を披露……「夫婦で三味線を習い、ゴルフを楽しみ、今年は絵画に挑戦」(夫婦多趣味な生駒人)…「毎月郷里の成岩中の同窓会に日帰り出席、関東・中部・関西の全ての高校同窓会は皆勤」(一昨年ご主人を亡くした葛城人)…「マンション管理システムを売込んで現役並みに仕事中」(元建設大手OBの名古屋人)…「厨房は旦那任せ、コーラス活動と習い事でスケジュール満杯」(夫婦で癌の再発予防に励む四条畷人)…「午後から碁会所通が日課」(近くの娘さんに見守られて一人暮しする岐阜人)…「昨年指を怪我して皮膚の移植手術で長く通院が続く。高齢の主人は息子医師夫婦に助けられて今も元気に診療」(開業医夫人の西宮人)…「月曜日は会社出勤、毎朝夕愛犬と1万歩散策」(溶接機会社を息子に譲った堺人)…「今回も業務打合せで来阪、高齢な主人の介護も必要になった」(織物関係を自営する半田人)…「500坪程の庭の守をし、週1/年56回のゴルフ三昧」(地元同窓会幹事長を務める亀崎人)…「絵画教室でスケジュール満杯」(定年後に画家になった帝塚山人)…「昔私鉄大手の金融部門で仕事して150ヵ国余回り、今も金融業が副業。昨年は日照不足で野菜の生育が悪かった、収穫物は全て地元に無償配布」(知多半島で2万坪余の農地を1人で耕す名古屋人)…「リホームした新居で孫家族と同居、母と息子の介護で苦労した家内の孝行に努める」(我世話人)……引続き喫茶店で懇談後、「美味しくて楽しかった」と喜んで帰って戴きました。
●1/27(土)午後、「VBOB会」(祇園、ひろべ)に3ヶ月振りに元若手技術者7名が集合、近況を語合った後は空オケタイム。元中研の若手ビデオ仲間12名が急遽2次会にやって来て合流、見覚えのある顔ばかりでしたが名前を思い出せずも相方は私をよく憶えており、予期せぬ懐かしい巡り合いを楽しみました。
●1/28(日)正午、マドンナ(山科のいとこの娘さん)が京都と我家をピックアップして「いとこ3家族会」(枚方、明月館)に6名が勢揃い。「焼肉ランチの肉の量を確かめて追加注文下さい」と係に言われ、大皿一杯の肉を何とか完食。我家でお茶し、女性陣は賑やかに話込み、孫も混じって記念撮影しました。(H30.1.31)
 

H30年1月中半記:M4会・後輩の定年退職祝・いとこ3人会を楽しみ、通院が始まりました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 1月20日(土)19時49分13秒
  ●1/11(木)夕刻、「M4新年会」(北新地、へちもんや)に4名が3ヶ月振りに集合。寒い日でしたので熱燗が進む中、甲子園人は「近くの温泉(地下2.000mから掘出してかけ流し)の会員になって通っている話」、福山人は「15代和歌山藩主が収集したクラシック音符博物館(ベートーベンなどの手書きの音符)を訪ねた話」、京都の現役仕事人は「極寒冷地を夫婦旅行した話」、私は「ホスピスに入院した後輩とメール交換した話」…、色んな話題が続出して盛上がりました。2次会(陽子ラウンジ)で騒動が起きました。福山人の新幹線終電時刻に合わせてお開きにしましたが、甲子園人のコートが無くなり、ママは帰ったお客に電話するも見付からず、「寒いがコートなしで帰る」と言出したところ、ポケットに携帯がないことに気付いた奈良のお客さんが戻って一件落着。孫との約束時間が大幅に遅れ、心配した孫から再三の電話に言訳ができずでした。
●1/13(土)正午、32年前の結婚式で仲人を務めて以来、ご縁を繋いでお歳暮とお中元を欠かさず贈って頂いたご夫婦を招いて3ヶ月遅れの「定年退職祝会」(京都烏丸、フランス料理・エッセン)を行いました。早速懐かしい結婚式の写真を持参して頂き、過ぎた長い空間の重みを感じました(私が50-60代の我家は母の介護と長男の急逝で波乱万丈でした)。ご主人のお父さんは式前にご挨拶を受け、奥様のお父さんは同じ松下マンで意気投合し、お2人をよく記憶していましたが、「89歳と75歳で鬼籍に入り、共にゴルフと酒が大好きだった」「母は共に80代で京都と名古屋で健在」「一男一女も昨年結婚し、京都の北山と西宮に新居を構え、現在は高槻で2人暮し」と近況を聞きました。奥様とは結婚式以来の再会と思っておりましたが、「子供の顔見せに表敬訪問し、ローストビーフをご馳走になった」「同じ頃にお仲人をされた新婚家庭の新居(大阪市内のマンション)を一緒に訪ねましたよ」と言われて、我夫婦は全く忘れていました。ご主人は同じキャンパスで学んだ21歳も若い後輩、稀に大学の同窓会で再会しておりました。32年の空白も直に吹っ飛んで、積もり積もった話を懐かしく語合いました。特に奥様は明るくて気さくな話上手、家内も大はじゃぎで楽しみました。人生の先輩として、「60代は物凄く元気、これまでの奥様の苦労に感謝して海外旅行などを楽しんでください」「孫は可愛くてメロメロになりますよ」と激励。ご主人は「防衛省にも納める各種探査機製造のシェアー世界一の会社に転職、現役で5年間は頑張る」と応え、帰り際にお土産を頂き、「京風民家の雰囲気のあるお店、料理も大変美味しかったです」と喜んで頂き、「またお子様夫婦とご利用ください」「次回は空オケをしましょうね」と再会を約束。「長生すれば、よいことがいっぱいある」と実感し、励みになりました。早速写真を送信して貰い、パソコンアルバムに保存しました。
●1/14(日)、前日から我家の「オープンハウス」に住友林業の社員が3名張付き。「宣伝は新聞折込みチラシのみの客寄せ」「初日は5組、2日目は3組、目標に2組欠いたが、好評で成果はあった」「最近は駅前マンションが流行っていますが、枚方は戸建てが人気でリホーム需要が多い」と係は話しました。孫家族は来年の入試に備えて高槻中学と洛南中学の入試見学に出向き、我老夫婦が留守番役を務めました。
●1/16(火)正午、「いとこ3人新年会」(がんこ寿司京都駅ビル店)を開催。喉が痛くて鼻水が出る中、何時もより早目に到着すると2人はびっくり。新春特別メニューと生ビール、焼酎ボトルを注文。奥方の話になり、守山いとこ(市役所役人)は「口達者な家内だけど、我主張は絶対に通す」、京都のいとこ(銀行マン)は「気が強いワイフだけど、今もワンマンを通す」と2人共強気の発言、私は「現役時代はワンマンだったが、今は感謝して家内孝行に徹している」と話しました。2人は「モノ作り事業」は未体験分野、私のVHS造りと松下幸之助に興味が飛び、「生抜きのビデオ技術者として苦労の挙句に高品質VHSの世界普及を成遂げ、松下の大半の利益を稼ぎ、社長を輩出した達成感は格別。欧米の家電やカメラメーカーとビデオの共同開発を行い、世界を駆巡り、手厚い処遇を受けた。直々に幸之助創業者の師事を受け、松下の最良の時期に思い通りに仕事を成就した」の骨子を話題にしました。帰り道山科のいとことホテルで喫茶、懇談を続けました。帰宅して風邪で疲れ果て直に就眠、翌日も終日床に就き、市販風邪薬がよく効きました。
●1/18(木)と1/19(金)の午前は定期通院(磯谷クリニック、関西医大循環器内科)…「貧血が少々と心臓は変化なし」。1/18(木)午後は家内の通院(香里ヶ丘有恵会病院)…「高血圧気味で塩分注意」と診断。(H30.1.19)
 

H30年1月前半記:正月はのんびりと団欒を楽しみ、ホスピス入院中の後輩と緊張してメール交換

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 1月 9日(火)08時26分24秒
  ●元旦、大晦日から家内は2階で孫娘と就眠し、爺さんと1階で食事。爺さんは久し振りにゆっくり寝込んで、終日ガウンで過ごしました。お昼時「出来合いのおせちとお雑煮」を準備し、「健康で正月を迎えられたこと」を2人で祝いました。大好きな田造りが少々焦げてカリットと仕上がり、爺さん特製の具たくさんのお雑煮が美味しくできました。年賀状が届き、一枚一枚懐かしく読み、早速出し忘れた年賀状を書きました。何時も頂く同世代の年賀状が数通届かず、体調を気遣いました。夜はお母さんが「おせち」、爺さんが野菜・出汁などを準備した「蟹鍋」奉行を務め、全員黙々と身をほぐし、孫も美味しそうに食べました。孫にお年玉を渡すと大喜び、全員が夜遅くまでテレビを観ながら団欒しました。
●元旦、ホスピスに入院中の後輩から…「もう直ぐ全員が集まらねばならぬので、わざわざ無理して集まらなくていいよと1男2女に言っていました」「急遽大晦日の今日、自宅に3家族13人が集まり、懐かしい家内自慢の家庭料理を娘らが作って楽しい昼食会ができました」と嬉しそうなメールが前日届きました。私は交わす言葉に窮しながら、「年賀状を添えてご挨拶を申し上げます。昨日はお子さんとお孫さんら一族全員で水入らずの団欒は賑やかで楽しかったですね。一日も長く人生の証を残してください」と新年のメールを出しました。翌2日に「おめでとうございます。元旦に沼津に帰る長男家族が病院に立寄り、大学高校の3人の孫と握手しながら…爺爺はあなた方が何処に行っても必ず護ってあげるから頑張りなさい」「最後に息子までが手を差し伸べ、後ろで嫁がすすり泣く姿に涙を誘われる寂しげな元旦でした」「腹水が溜まってお腹が張るようになりました」と几帳面に綴られた年始のメールが届きました。1/5に気遣っていた「体調の様子」をメールで伺いましたが、メールは途絶えました。
●1/2(火)、家内と朝食は「パンとアスパラ・ベーコン・卵炒め」、昼食は蟹ガラの身・餅・ご飯・エノキ・いっぱいの九条ネギの「雑煮と雑炊のごった煮」が美味しく出来ました。孫の塾通いが始まりましたが、お母さんが風邪をひいて里帰り(堺のお爺ちゃん・お婆ちゃん宅)を中止しました。夕刻家内は施設に帰り、爺ちゃんは総菜の買物(アルプラザ香里園店)に出掛けましたが、店は元旦から無休営業でこの日も買物客がいっぱい。孫家族が焼肉を誘ってくれましたが、爺ちゃんはさっぱりしたものが食べたくて「1人晩酌」をしました。
●1/3(水)、うっかり昼まで寝てしまい、正午ギリギリに家内を迎えに行き、昼ご飯は「焼そば・焼魚・お雑煮」を準備。家内は翌1/4(木)からリハビリが始まるので夕刻施設に帰り、堺のお爺ちゃんと盃を交わす予定でしたが中止になり、爺ちゃんが買い溜めしていた食材を使って「湯豆腐」を作り、孫とお父さんと3人で食べました。シンプルな鍋(豆腐・野菜・茸・薄上げ・葛きり・うどん)でしたが、爺ちゃん自慢の味付スープ(たくさんの昆布・酒・鰹だし)が上手く出来上がり、孫もお父さんも「美味しい」と言ってくれました。お父さんと2人でウィスキーの如く琥珀色のお酒(石川県、山廃仕込天狗舞)を飲み、まろやかで美味しかったです。
●1/4(木)、「おでん・里芋煮付・コンニャクのピリ辛煮」などの保存食(酒の肴)を作りだめ。1/5(金)正午、家内と昼食と買物(アルプラザ香里園店)に出向き、年末に贈物を頂いたお礼の「お年賀」を送り、家内の下着や食材などを購入。1/6(土)午後、香里園ブラの相方と新年会(サンゼリア)、車でしたのでお酒は控えました。
●1/7(日)正午、お父さんに家内の帰宅の送迎を頼み、その足で孫家族は日帰りで堺に里帰り。お昼は家内と「焼肉と焼うどん」を食べました。たくさんの土産を貰って帰り、我家(家内との昼食がメィーン)にも堺の爺ちゃんの収穫物(大根・水菜・チンゲン菜)をお注分けして貰い感謝、最近野菜の不作で値段が高騰して貴重品になりました。この日は一歩も外出せず、終日ガウンで過ごしました。
●1/8(月)正午、雨降りで寒い日、家内と買物して「すき焼」を作りました。孫とお父さんが居間の掃除しながら「まだ昼ご飯食べていない」と言うので、急遽食材を追加し、孫家族も交えて正月最後の団欒になりました。夕方家内を施設にお父さんを枚方市駅まで送りました。今年は物凄くハッピーな正月、リホームした新居で2人元気に孫家族と団欒でき、「元気な間は体を動かして老人の我儘を抑え、2世帯円満に暮らすこと」を誓いました。お父さんも「今年の正月は長く休めた」と満足げに魚津に帰りました。塾休みの孫は1人晩酌の相手をしてくれ、2人でお母さん料理(野菜サラダ・スパゲティ・ピザ)を食べました。(H30.1.9)
 

H29年12月後半期:家族クリスマスで団欒し・元社長の著書を読み・買物に大童し・孫と初詣しました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 1月 1日(月)15時30分53秒
  ●12/23(土)夕刻、孫主役の「家族クリスマスパーティ」に家内は大喜び。お母さん手造りのピザ・餃子・ケーキなどを賞味しながら孫の塾や友人の話しを聞きました。勉強好きの孫は塾通いと宿題で追われて終日勉強詰め、爺ちゃんは「よくも飽きないなぁ」と感心します。お父さんもお母さんも娘の意志を尊重して熱が入り、はっぱをかけます。週末に疲れ切って帰るお父さんは娘の宿題の先生です。
●12/24(日)午後、孫の「クリスマスプレゼント」(イオン四条畷店)を購入に出掛けるも駐車場は超満車。孫は文具を所望して2年目、今の文具はキャラクターデザインで付加価値を上げて定価販売で意外と高額、今回は上限を制限。3割程オーバーして少し取捨選択させましたが、爺さんの教育の一環でした。夕刻、お友達家族が訪ねて2階で夕食会。4歳と7歳のお子が1階に降りて「お爺ちゃん!」と親しんでくれました。
●12/25(月)午後、12/23から3日掛かりで「年賀状」(約170枚)を書いて投函しましたが、年毎に枚数も減ってきました。今年は義姉・先輩・後輩が鬼籍入りし、喪中ハガキ(約20枚)が少し増えました。特にご両親の訃報が多く、90歳代が普通になり、最高齢104歳と「長寿国日本」を実感しました。印刷の空きスペースを広くとり、手書きの「一言メッセージ」を添えることにしました。これまでは新年を迎える心意気や心境を綴ってきましたが、これからは我高齢者夫婦の近況を年賀状でお知らせすべきと思い、「昨年リホームが完成して孫家族と2世帯同居、夫婦で旧交や趣味を楽しんでおります」などと印刷しました。
●12/25夕刻、可愛らしい孫のお友達3人がやって来て2階で食事し、1階の居間(床暖房)で4人が就眠。深夜に時折笑い声が聞こえ、徹夜でおしゃべりが続き、生涯の思い出になると思いました。1人っ子の孫は友達大好き、お母さんも熱心にもてなしました。翌12/26(火)午前、孫は塾通い、お友達は居残ってDVDを見ながら踊りました。時々2階から聞こえるドタバタ音は「孫が同じように踊っているんだ」とやっと理解しました。「爺ちゃん、またお友達誘ってもいい!」と問われて大賛成しました。
●12/26(火)-27、元上司の谷井昭雄著「松下幸之助・ものづくり哲学」(PHP出版社発行)を懐かしく、噛みしめて読破しました。「ビデオ事業部長時代の赤字経営脱却の苦労で自身が成長した」「幸之助創業者との初対面で、“品質管理より人質管理やで”と教わった」「その後直接師事して“ものづくり哲学”を学んだ…松下電器は人を作る会社で併せて商品も作る。会社は公器で社会に役立たねばならぬ…水道哲学・素直な心・衆知を集める・事業部制が経営の基本理念」「理念がないと会社は存続しない」「経営者に必要な3つの資質…決断・人格・先見性」「創業者はVHS採用に悩み抜き、広い視野で社会に役立つと結論した」。私もビデオ時代は再三創業者に呼付けられ、新製品の月例進捗報告・稲井社長と北米随行時の市況報告・直々の工場案内などを行い、大変懐かしく思い出しました。今もにこやかな顔を鮮明に思い出し、別格に思考する創業者が「今をどのように舵取りされるか」は興味津々です。
●12/28(木)午後、家内の通院(東香里病院)に連添った後、帰り道に買物の下見をしました。爺さんが勝手に大晦日は「焼肉」、元旦は「蟹すき」と決め、孫の賛同を得ました。翌12/29午後、一人で4-5店を回り、立派なロシア産冷凍ズワイガニ・佐賀牛・昆布巻き・ニシン・餅・ご飯・酒・焼酎・調味料などを手に持ちきれない程買い、おせちは孫家族任せにしました。12/30(土)-12/31も野菜・年越そば・パン・カップ麺・お茶などの不足分を買い足しました。生鮮食品の全てが前年より高目、12/31もお客が多かったです。
●12/29(金)午前、ホスピタスに入院中の後輩に前日出したメールの返信が届き、力強い心境が綴られていて感動しました。「正月休みに入る担当医にお世話になった挨拶をした」「子供に相続・葬儀手順・墓の管理などの相談を頼んだ」「マニラの日本大使館に超法規的処置を依頼、2年間お世話になった家政婦さんが短期滞在ビザで来日して最後の片付を頼んだ」「正月前後に帰宅し、一族(子供3夫婦・孫6人)で楽しく団欒したい」と記されていました。早速、「迷いのない貴兄の精神力に感動し、心境はよく理解しました。新年はお子さんやお孫さんに精々甘えてください」などと返信しました。
●12/31(日)夕刻、家族5人で「紅白」を観ながら、焼肉パーテで楽しく団欒。「ゆく年くる年」が始まると、孫・お父さん・爺ちゃんは近くの「山田神社」に初詣、長蛇の列中で新年を迎えました。(H29.12.31)
 

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