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H29年7月前半記:OR会を楽しみ、1週間入院の白内障手術で世界が変りました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 7月16日(日)12時02分57秒
  ●7/1(土)正午、「OR会」(門真、松心会館)に18名(内80歳代超え7名)が半年振りに集合、92歳の先輩の音頭で乾杯して和気藹々の懇親会がスタート。50余年前にビデオ事業が発足した当時の新入社員も60歳代半ば、亡くなった人や外出できなくなった人も随分増えました。家電各社が家庭用ビデオの実現を夢見て商品開発競争を繰広げ、技術が未完成の中での生産は日々品質不良が続発、設計者は日中製造ラインに入り込んで要因分析と対策、夜は設計者がトラックに乗込み倉庫に出向いて在庫の修理、休日はお客さんの元に出張修理…仲良くなったお客さんから指名が掛かるなどの懐かしい思い出がいっぱい…こんな昔話を肴に参加者全員と盃を交しました。終宴後は古参4人で喫茶し、フランク永井や裕次郎が得意な歌上手と2人で空オケスナック(香里園、実の里)に立寄り、4曲程熱唱してほろ酔いで帰宅。
●7/3(月)午後、1週間の入院に備えて買物。大きなリックに下着・タオル・髭剃り・歯磨き・石鹸・シャンプー・スリッパー・箸・スプーンなどを詰め込むと、いっぱいになりましたが、お酒を持込めないのが淋しかったです。
●7/4(火)午前、「白内障手術」で枚方関西医大病院に入院…7/5(水)右目、7(金)左目の手術は共に20-30分でしたが、初めての執刀で緊張しました。手術前後の検診が丁寧で、担当医と執刀医の2人が休日なしで毎朝夕に診察を受けました。感染症予防を最重要視、シャンプーは看護師に頼み、目に水を掛けないように厳重注意があり、毎日4回の炎症予防の点眼をしましたが、1週間経っても上達せず。10名以上の若き乙女の看護師さん(昼夜2交替)に親切に世話をして貰い、感謝。「10人十色で顔も性格も全く異なり、何れ家庭を持ち、世の苦労に染まると逞しさが増すのだろう」と想像しました。
●術後の翌日眼帯を取るともやもやが消え、新聞が老眼鏡なしで読めてびっくり、世界は一変しました。帰宅して冷蔵庫の中に小さなゴミがいっぱいに気付いて掃除。新しい白色の厨房も黒い汚れが目立ち、パソコンも自動車内も埃がいっぱい、今まで見過ごしていたものが鮮明に見えて神経質になりそうです。
●入院中は孫母娘が婆さんを引率して毎日新聞を持参し、お父さんも土日に見舞に来てくれました。遅くなると病院のレストランは夕刻早くに閉店で、コンビニで弁当を買ってデイルーム(談話室)でいっしょに夕食しました。ベッドのテレビはスクリーンが小さくて見る気がなく、4人同部屋の患者さん達は癌手術を控えて深刻の様子、同室者とは声も掛けず、殆どの時間をデイルームのテレビを見て過ごし、時々おばさんらと団欒しました。晩酌・パソコン・新聞の3つの眠り薬を欠いて寝付きが悪く、1日3時間程の睡眠が続きました。
●デイルームで雑談相手になった2人のご婦人…昨年ご主人(警察官)を輸血ミスで亡くした後期高齢者は小さな甲状腺腫瘍治療の入院、「高齢のため手術は避け、35日放射線治療を受ける」「息子も警察官(枚方警察署勤務)、曾孫もいる」と内訳ました。現役で仕事する他の1人(60歳前後)は糖尿病治療中(A1C400 )、「手が痺れるので首の手術をする」と話し、お2方とも入院が長引きそうでした。
●入院中の退屈しのぎに、西大和学園会長・田野瀬良太郎著の「田舎の高校から東大、京大にバンバン合格した話・西大和学園の奇跡」を読みました。孫は西大和学園を志望校の1つに選び、また著者は私と同じキャンパス(名古屋工大)で学んだ7年後輩、「如何に学園経営に乗り出したのか」に興味を持ちました。大学時代に休学して世界を旅して世界観を築き、英語に長けました。政治家を志すと郷里の五条市議に初挑戦して落選、落選中(36歳)の生活手段に保育士の資格を持つ奥様(34歳)と資金ゼロで保育園を開園、学校経営のきっかけになりました。市議・県議・衆議院も2回目で当選、政務次官・副大臣・自民党総務会長の重責を果たす傍ら、「中高一貫校で日本一の受験校を目指すのが少子化での生き延びる道」と決断、高校・中学・短大・大学と規模を拡大、僅か30年で東大・京大合格者数の全国3-5位(開成・灘・洛南などに次ぐ)に躍進。10年間世話になった関西外大(谷本禎人創業者)と運営と似通い、ぶれないビジョン、教職員とのイメ-ジを統合、英語授業の導入など、ユミークな学校経営が成功の鍵でした。
●7/10(月)早朝、院内は外来患者が溢れる中、2人の医師の診察を受け、4日後に再診察を予約して退院。手術前の体全体の検診で疑わしき患部は専門医(肺・胃・大腸など)の診断を受け、予防医療が徹底できて大満足。午後は家内を引率して通院(東香里病院)、薬が切れずに済みました。(H29.716)
 
 

H29年6月中半記:ディナーショー・昼食会・奥様会・M6会・オープンハウスと忙しく、戦没者弔慰金を申請

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月30日(金)10時05分30秒
  ●6/19(月)午前、友人が腸捻転で緊急入院(寝屋川生野病院)のお見舞。ひっそりした病院でフロアーが狭くて4人部屋が有料。私が通院する枚方の病院(関西医大枚方病院、星ヶ丘医療センター、星ヶ丘病院など)は何処も患者が溢れています。近年高齢化で医療費は激増するも「病院は選ばれる時代」になりました。
●6/20(火)夕刻、「ディナーショー」(心斎橋、イルメルカートアンジェロ)に8名(内男性3名)が集い、我家は家内の友人(因島在住)を誘って3名で参加。メンバーの1人は定年後にピアノを始め、「発表会に備えて練習するのが楽しい」「若い生徒さんに交って年寄りは私だけ」と内訳ました。気丈な3人の女性グループ「二胡(鳴尾牧子)とピアノ(尾崎江利子)とパーカッション(池田安友子)のライブ」、チャイナ服を着た二胡奏者は「今日は癒しの二胡でなく、賑やかな曲を演奏します」と話し、力強い響のある音色に魅了されました。二胡を習うメンバーが「2弦の音色は単調で、あのような音出しは大変難しい」と話し、奏者にエールを送りました。家内はお友達と話が弾んで上機嫌、赤ワインを2杯も飲みました。何時もより客入りが少ないライブ、今回も「アンコール!」を先唱、奏者は喜んで応えました。友人から「異色の会に誘って頂いて楽しかった」「久し振りに大阪に帰って懐かしかった」「亡き主人を何時までも気遣って頂いて感謝します」とお礼の挨拶を受けました。
●6/21(水)午後、家内は家で爺さんの手料理の昼食。夕方テレビ報道で将棋の藤井聡太4段(14)が史上最高の28連勝(6/29連勝達成)に並び号外が出るほどに日本全体がヒーバーしましたが、世界卓球選手権で中学生の張本智和選手(13)の活躍も同様でした。若者は過去の慣習にとらわれず、フレッシュな頭脳と筋力で驚異的な力を発揮します。将棋で大学時代に熱中した相棒を懐かしく思い出し、つい最近「大学OB会誌」(ごきそ5-6月号)で訃報を知ってびっくり。50半ばで2人の息子と娘を育てた奥様と離婚して20代の初婚女性と「できちゃった職場再婚」、結婚披露宴(名古屋)に同窓3名が出席して複雑なカップルを祝福。義父とは2歳年下、広島に新居を構えて夫婦共働きで子育てに邁進、この10年間程は同窓会にも参加せずで、消息を気遣いました。人より長生きせねばならぬ人でしたが、「人生は色々」でした。
●6/22(木)正午、「昼食空オケ会」(北新地、へちもんや)に5名(内男性3名)が集合、世話役は皆出席の私のスケジュールに合わせましたが、人数が集まりませんでした。北新地の多くの食事処はサービスランチで営業し、女性客や外国人客を呼込んでいます。この店だけは珍しく予約を受け、女性好みの雰囲気の配膳も人気、帰り際も店長の丁重な挨拶を受けました。空オケ(ラウンジ揚子)は1人が次の会合に出向いて男2人の貸切、早速今お気に入りの松山善三作詞「一本の鉛筆」(美空ひばり)を練習、更に店で流行っている新曲3曲…「九頭竜川」(五木ひろし)、「人生花暦」(鳥羽一郎)、「石狩川よ」(北島三郎)をママに教わりました。
●6/23(金)正午、「奥様5人会」(1人欠席)、香里園駅で奥様3名をピックアップして近くの食事処まで送迎。家内は久し振りの再会に大喜び、お三方からお土産を頂きました…特に初めて飲む「レモン酒」(生口島産)は香りも味も爽やかで、義息と美味しく頂きました。家族会発足時(17年程前)は夫婦で国内外を旅し、ジャズ・落語・食事などを楽しみましたが、70代を境に男性陣の足並みが揃わなくなり、元気な奥様方は海外旅行や食事会を続けました。今回は因島に転居された奥様を迎えての昼食会でした。
●6/24(土)-25は整理の目標にした「オープンハウス」(10.00-17.00、チラシ案内、住友不動産)、客間と納戸に段ボールを閉じ込めました。早起きして食事・シャワーを済ませ、我が家族と業者(4名程)が待機。夕刻にやっと1組が訪ねてほっとし、雨降の翌日は4組が訪問。熟年夫婦や小さな子連れ家族に「大変お洒落な家」と好評だったようで、「2世帯リホームや全面改装の相談があった」と係から満足気な報告がありました。
●6/26(月)午後、家内と郵便局に立寄り、市役所で戦没者弔慰金を申請。「大阪府と愛知県が審査し、厚労省から約1.5年後に支給」「前回は公報を見損じて放棄したことが判明」…国の不誠実さを痛感。
●6/28(水)正午、「M6会」(ヒルトンブラザイースト、たちばな)に4名(1名欠席)が集合。豆腐や野菜等の自然食料理を肴に会社の現況を憂い、近況の話題で盛上りました。本会は元副社長を囲んで元専門分野の有志 (秘書・経理・技術・海外)が集う初会合、次回(9月)から人事が参入。空オケ(ラウンジ揚子)は4名の貸切、全員が5曲程熱唱して楽しい一時を過ごしました。また孫から貰った大事な帽子を忘れました。(H29.6.30)
 

H29年6月中半記:堺のご両親を招き、無事免許を更新、京都写真展と施設の夏祭りをエンジョイ

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月30日(金)10時01分45秒
  ●6/10(土)夕刻、孫のお父さんのご両親(堺のお爺ちゃん・お婆ちゃん、共に佐賀県出身)を自宅に招き、リホームのお披露目をしましたが、日頃接していない孫は緊張して出迎え、早速お小遣いを頂いたようでした。末っ子の妹さん(叔母さん)が運転(電車だと乗り継いで2時間ほどが、車だと1時間内)、昨年3月にお爺ちゃんの入院をお見舞して以来の再会でした。我家の玄関・庭・建物は昔の面影は全く無くなり、間取りがすっかり変わったのにびっくりされ、「何処が便利になりましたか」と問われ、「リビングが広くなってお客さんを呼べること、自動トイレが物凄く便利、庭のスロープの安心感」と応えました。堺のお爺ちゃん・お婆ちゃんは体調良好で元気、お婆ちゃんは100歳超える曽婆ちゃんのお守り・お爺ちゃんは畑仕事で共に忙しいご様子、手作りの西瓜・胡瓜・玉葱などを頂きました。少し早目の夕食は鉄板焼き、お母さんが野菜を刻んだり、サラダや惣菜を作ったりの事前準備、ジィジィは拘りの佐賀牛と大海老を買ってきました。8人が輪になって和気藹々の賑やかな団欒になり、お父さんはビールや焼酎注ぎで大童、叔母さんに焼き物の世話をして貰いました。バァバァは昔のワンマンジィジィの小言を吐露してご満悦、堺のお爺ちゃん・お婆ちゃんは久し振りにお父さんや孫に会えて嬉しそうでした。「ゲストルームが整備できたら気軽にお出でください」と挨拶して別れました。日頃は一人晩酌、大勢で賑やかな食事は大変楽しかったです。
●6/13(火)午前、免許の更新に門真試験所で出向きました。現役時代は通勤で利用した163号線の巣本交差点周辺は第2京阪が交わった様替わりにびっくり、近年この方面のドライブはご無沙汰でした。白内障の手術を控えて視力に不安を感じ、運転用・パソコン用・就眠用(新聞用)の3眼鏡を持参して視力検査を無事パス、5つの窓口(免許更新受付・印紙購入・視力検査・申請書類提出・写真撮影と交付)を経て30分内で新しい免許証が待時間なく交付され、更なる事務合理化に驚嘆。約20年間ゴールドを続けて来ましたが、一昨年家内のベルト不着用でブルーになり、自動車保険(約7千円)も上がります。自動車は体力の衰えをカバーできて便利ですが、近年高齢者運転の事故が急増。私は遠出・夜間・狭い近道での運転を避けて安全運転を心掛け、狭い道での車幅感覚が衰えたら自信を失くして免許返上の覚悟です。
●6/15(木)午前、京都のいとこ夫婦を誘って友人の「京...再発見・写真展」(祇園、ぎゃらりぃ西利)に出向きました…会員8名が古都の再発見を目指して京都・奈良・滋賀で1年間撮り続けたデジタル写真の傑作40点が黒壁に展示。待機していた後輩(元オーディオ事業の再建時の仲間)が作者の作品一点一点の思いを解説、古刹や隠れスポットの桜・紅葉・藤・新緑などが見事に写っていました。私は「作者の被写体を追っかける情熱」に感動、いとこは「他の写真展に比べ、ここの作品が明るい」と感想を述べました。
●その後、京都マルイの8階レストラン街の「越後そば」で昼食。女性陣は寿司・天ぷら付ざるそば、男性陣は鱧刺し・丼付ざるそば、ビールのあてを注文。「我家はクラシック・ジャズ・絵画・空オケなどの共通の趣味が多く、今は一緒に出掛けて家内孝行をしている」と話すと、「主人は音楽や絵画などに興味がなく飲み会が大好き、家庭のことは私に任せきりで尺八明暗流宗家(祖父)の伝統行事(建仁寺)も1人で切盛り」「最近はいとこ家族会がとても楽しい」と感謝されました。隣の「美濃吉」は河原町通と四条通を見下す京都市街の絶景スポット、大文字焼き会席(\15.000)、祇園祭御膳(\5.000)の予約受付中のチラシが目立つ。
●6/17(土)午前、家内の施設(そうごうケアホーム香里ヶ丘)の「運営懇談会」に出席。施設長から現況報告…入居者は現在50名の満室で入居待6名、この1年間で死亡2名・移動3名・入院中3名・新入居者6名、平均要介護2.39。社長から「4施設(寝屋川・香里ヶ丘・城東・四条畷)になったが、堅実経営を厳守。枚方市はサ・高・住が26施設(1160床)と急増、有料老人ホームを加えると69施設(3536床)、まだ増床傾向」。「運営の良否の違い」「介護士レベルを看護師並に高める政策」を質問…「入居者を集めてスタッフを厚遇して収益を出し、介護福祉士を重視する行政指導に沿って介護士教育を行う」と回答がありました。
●6/17正午、施設の「夏祭」に孫家族総出で参加。曽孫3名が駆け付けたお婆ちゃんや曽孫11名のお婆ちゃんと隣合せになりました。「南京玉すだれ芸人グループ5名」にスタッフや入居者も加わって賑やかな演芸会を1時間程展開、入居者は満面笑顔。家内もハッピ姿で踊り、喝采を浴びました。(H29.6.18)
 

H29年6月前半記:大腸検査の診断に安堵し、いとこ会・運動会・飲み会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月10日(土)22時59分42秒
  ●6/2(金)夕刻、京都駅で「いとこ会」、80代の酒好き爺さん3人に山科のいとこの娘さん(京都のいとこの姪)が加わり、何時もの雰囲気が若返りました。海鮮焼・牛タン焼・ハゲの活き造りなどを注文、小さなヤカンの熱燗(地酒)が進みました。近年は個室利用が多いので、大部屋で食事するのは大変懐かしく感じました。空席が何時の間にか血気盛んな仕事帰りの男性グールプで埋まり、我が主任や課長の頃と同じ光景、時代が進んでもこの雰囲気は変わらずで、「英気を養って明日に備えているのだ」と思いました。息子しかいない京都のいとこには姪が娘の如きで、今回は「亡きお父さんの昔話をしょう」と誘い、話題が新鮮で大変楽しい一時を過ごしました、所帯ずれしていない純真なめい御さんに「感謝!感謝!」でした。
●6/3(土)午前、「孫の運動会」(山之上小学校)に朝早くから家族総出、坂道の多い道のりが苦痛になりました。応援団入りした孫は家でも熱心に練習し、当日はプログラムの2番目出場、紅白に分かれた各10名程の応援団合戦が始まり、元気で溌剌とした動きを見入りました。敬老席は満席で貴賓席の空席に家内と座って見学、孫が何処に居るかも分からずでしたが、家内はよく分かったようでした。その後孫の児童席の後に椅子を置いて涼風が心地よく吹く炎天下で5時間程座り続け、よく焼けました。孫は徒競走や演技などに参加しましたが、白内障のせいか全く分かりませんでしたが、あどけない小学生の一生懸命走る姿に、「爺さんにもあんな元気な時代があった」と思いながら、孫の紅組を応援しました。男女の区別のない徒競走など…女生徒が一番で走る姿にびっくり。観覧席向けに学年全員での遊戯体操が多く演じられ、1年生の可愛い仕草や6年生の大人気な俊敏さが際立ちました。学生数より多い家族が応援に駆付け、ビニールシートを敷いて食卓やテントまで持込む家族が目立ち、「日本は平和だ」とつくづく思いました。お母さんのお握り弁当を食べ、清々しい一日を過ごして孫家族に感謝しました。
●6/3午後、運動会から帰宅すると孫が多くの友人を連添って帰り、大はしゃぎ。右腕が痛いと言出し、お父さんが救急で「星ヶ丘医療センター」に連込みました。右腕骨折でギブスをはめ、首からつりました。箸も鉛筆も急遽左手を使わざるを得なくなりましたが、通学は続け、塾は1週間休講でした。
●6/5(月)午前、関西医大消化器科を受診、大腸検査の結果を聞きました。「小さなポリープ(5ミリ)が5つあるが、これが癌になるには10年以上かかるので、あなたは90歳を越えます。放置しておいていいです」と診断されました。早速眼科に出向、白内障の手術日を7月希望と伝えました。
●6/5夕刻、「香里園ブラ」で6/9(友人との初めての香里園食事会)の下見をしました。空オケ(開店1ヶ月の実の里)で3名の常連客に出会いました。60代の酒豪のお客は90点台を目指して5-6曲歌い続けましたが一歩手前で果たせず、早目に退散。入れ替わりに入店した60代のお客は「酒は飲めないが、8.000曲を歌った」と豪語する歌好き、90点台を連発、声がよく出ていました。70代の演歌好き・酒好きのお客は「店に入って私が一番老いている」と思ったそうです。2時間程歌い、皆さんから「とても80代は見えない」と言われ、最後は意気投合して「今日の日はさようなら」を5人で肩組んで合唱しました。その後飲み仲間とお相撲さんとは縁のない「ちゃんこ部屋」で食事。広い座敷に一番乗り、野菜いっぱいの“ちゃんこ鍋”を2人で美味しく突き、熱燗が進みました。アルバイト学生と話すのも楽しみの1つ、元教員をやっていた大学の学生に出会って激励。近年家庭での親子会話が途絶えてしつけも機能せず、「高大生はこのような客商売の店でアルバイトしながら礼儀や言葉遣いを学んでいるんだ」と思いました。
●6/9(金)午後、エレガンスサロンの京阪沿線組の3名の初めての飲み会、多才な趣味を持つ2人(画家とクラシックギターリスト)を香里園駅で出迎えました。早速3人で空オケ(実の里)に出向くと先客4名とでほぼ満席になり、レベルの高い歌上手が得点を競っていました。暑い日でしたので、先ず生中で乾杯、芋焼酎をキープ(OKA)し、水割り・オンザロック・お湯割りを夫々注文、1時間程して我チームも採点無で歌い出しました。最後に他のお客さんに呼掛け、「今日の日はさようなら」を7名が肩を組んで合唱。途中おつまみやたこ焼を食べて満腹になり、2人が「夕食不要」と言出し、予約した「ちゃんこ部屋」に出向いてキャンセル、「わざわざご足労をかけました、キャンセル料は頂きません」と女将さんから言われて解散しました。(H29.6.10)
 

H29年5月後半記:大腸検査を済ませて一安心、京響・高校同窓会・OB会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 6月 1日(木)22時14分51秒
  ●5/21(日)午後、「第612回京響定期演奏会」に家内と車で出向き、何時も通りに着きました(約75分)。開宴30分前でしたので、ロビーでサンドウイッチとホットコーヒーを飲食。難曲に挑戦する高関健(常任主席客員指揮者)のブルックナー(1824-1896)の「第5番」(80分)を休憩なしで演奏。壮麗なる後期ロマン派交響曲の金字塔と評価される曲でしたが、私も家内も4楽章とも似たようなメロディーで短調に感じました。管楽器も随分登場しましたが、メロディーの中心を成さず、弦楽器中心のメロディーが延々と続きました。
●5/25(木)午前、関西医大で大腸検査。8.20に受付し、受検者11人の最後になり、終わったら18時過ぎでした…2.7Lの腸管洗浄液(ニフレック)を飲み、洗浄に4時間半、その後の待ち時間が3時間半でした。長さ1mのカメラが十二指腸まで達するのに30分ほど掛かり、折目で腸が逃げるため看護師さんが腹を押え、空気を入れます。5ミリのポリーブが5個見つかり、普通は細胞検査用に切り取ってしまいますが、血液サラサラ剤を止めていませんでしたので、切り取りできませんでした。「出血の原因にはなっておらず、外見上は良性で急いで取り除く必要はないが、担当医と相談ください」と診断されました。「待ち時間が長い」と苦情を言ってカリカリしていたところ、看護師さんから「お元気で80歳には見えませんよ。遅くなってご免なさい」と諭され、「結果よし」で取敢えず安堵。約10年前に一度受けましたが、カメラも小さく細くなり、映像も鮮明に観察できましたが、「しんどい1時間」でした。
●5/26(金)夕刻、何時も孫を塾に送り迎えして貰う2人のお母さんがお子らを連添って訪ねました。「2階で食事するから、爺ちゃんは1階で普段通りに部屋着でお酒飲んでいていいよ」と言われました。4歳と7歳の女児が1階に遊びに来ました。上のお子さんは2-3度会っているので、何でも話してくれますが、下の可愛いお子は初対面で爺ちゃんを恐がりました。しかし何度と声を掛けていると、恐ろ恐ろ近づいてきて、うさぎの絵本を読んで欲しいと頼まれ、「うさちゃんだね」と言うと「違う、マヒィー」と言い返され、中々発音ができずで皆に笑われてしまいました。「明後日、奈良のお爺ちゃんのところに行く」と話し、「お爺ちゃんは幾つ」と聞かれて「下の子のお友達20名分の年を足した分だよ」と難しく答へました。上の子が「お爺ちゃん、昔はシミなかったの、髪の毛はあったの」「お母さんがお父さんより年上で、お友達が綺麗だねと言われる」とおませでした。孫は塾を休んでお姉さん気取り、爺さんも可愛い孫が一気に増えて楽しかったです。帰り際お母さんに挨拶され、「今度はお父さんも一緒に、孫家族と庭でバーベキューでもしてくださいね」とお誘いしました。最近は近所の友達もよく遊びに来て爺ちゃんに親しんでくれますので、賑やかになりました。翌5/27(金)午後も孫のゲーム友達が4人やって来て熱中。爺ちゃんは夕刻外出しましたが、お父さんがお友達を家まで送り届けました。
●5/30(火)正午、「関西六柊会」(がんこ寿司淀屋橋店)に10名(内女性3名)が3ヶ月振りに集合、内名古屋から4名が駆付けました。前回参加の2人が欠席(1人は手の骨折で箸が使えず、他の1人はご主人の介護)、前回歩行困難で欠席した同窓が足をかばいながら名古屋からやって来ましたが、待合わせの新幹線に乗遅れ、定刻を僅かに遅れました。飲むと賑やかな岐阜の同窓は往来に自信が無くなり、元気な同窓に名古屋からの連添いを頼みました。今回のメニューは同じ料金で、男性は釜飯付懐石、女性はデザート付懐石を注文、特に鮪の刺身が美味しかったと好評。全員が輪になって1つの話題に集中、和気藹々と話題が弾み、飾り気のない打解けた楽しさを満喫。2次会の空オケ(ラウンジ揚子)も全員が懐メロを熱唱、ママから「このチームはお品がよい」と持上げられました。リハビリや治療で歩行困難な2人の不参加が残念でした。本会を楽しみしている人ばかりで、翌日お礼のメールや電話が入り、世話役冥利でした。
●5/31(水)夕刻、「第2回M4会」(元副社長を囲む4人会、北新地・旬彩うちだ)に3ヶ月振りに開催。情報通のホストが頭痛で急遽欠席、福山と京都から2名が駆け付けて3名になりました。電話すると「専門医の診察で異常はなかった」と聞き、安堵しました。酒好き・歌好き・話好きの4人会は気さくな楽しいメンバーばかりですが、1人欠けて淋しくなり、近々再会することにしました。何時も通り空オケを熱唱、先日お会いしたラジオ歌謡の4人組と再会、どなたも歌唱力・声量とも際立ちました。(H29.6.1)
 

H29年5月特別記:エイト会は大盛況、36年振りの懐かしい再会に感動、準備会の心遣いに感激

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月26日(金)22時16分7秒
  ●昨年7月、「京都飲唱会」(研究所・本社・ビデオのOB会)で研究所OB( 8ミリ開発リーダー、エイト会司会者) に偶然に会い、私が全社的に取組んだ8ミリプロジェクトの懐かしいメンバーに逢いたくて「8ミリOB会立上げの思い」を吐露。早速若手有志(中研1・事業部3・MEテープ1)を募って準備会(7名)を発足、10月から本格的に取組みました。若手の記憶も薄れ、関係者名のリストアップも大変でしたが、当時の写真などが手掛かりになり、連絡先を人伝に探索。私が21年前に著した「私が歩んだ松下のビデオ史」も役立ちました。8ミリは世界の関連メーカー(松下・ソニー・JVC・フィリップス他)が集って決めた国際規格(8ミリ懇談会)、8ミリの商品化を急ぐソニーに対抗して松下全社挙げて取組み、実働隊長を務めた責務は複雑、販路拡大には必死でした。
●本年1/7(土)、住所録がほぼ出来上がり、事務局(研究所OB)から8ミリに携わった皆様に、「エイト会」発足の主旨案内を「大脇メッセージ」として発信…『8ミリビデオ開発の皆様、お元気にお過ごしですか。この度、急に思い立って「8ミリOB会」を一部の有志に提案し、賛同を得て「準備会」を発足しました。無念にもパナブランドで商品化はできませんでしたが、対ソニー戦略に大活躍し、VHS事業を死守して松下の最高の財務を築きました。8ミリプロジェクトは全社の技術を統合し、フィリップスやコダックと国際共同開発し、世界一の商品開発力を築きました。開発メンバーは大変稀な体験をさせて頂き、夫々に思い出をいっぱい積み上げました。当時を懐かしく語り合えるOB会を結成し、定年後の楽しい居場所を作りたいと思います』
●2/11(土)正午、準備会を「パノラマスカイレストランアサヒ」(京橋、IMPビル26階)で行い、眼下の大阪城公園の眺望の見事さに満足した全員が「5/20(土)開催」を決め、60名収容部屋を予約しました。写真に写るも音信不通者や事務局の案内に不賛同と未返信も多くありましたが、69名から賛同の返事を頂きました。
●「一人でも多くの人に思い出を語って貰おう」と宴を3時間にしましたが、全員の登壇は無理、「思い出集」と「写真集」への寄稿で補うことにしました。早速前述の私の著書の掲載写真(白黒)を提供、欧米人を自宅に招いた時の写真も含まれ、子供はまだ中高校生、懐かしい物故者も写っていました。思い出集には『松下幸之助創業者や寿社長に頻繁に報告、長期研修で受入れたP社の技術者(10名程)をP社で学んだ社長が感動してディナー招待、最後は新春販社社長懇談会(1987)で事業部長(元副社長)の8ミリ発売提案が猛反発されて断念、定年挨拶時に会長が“8ミリをやりたかった”と内訳られた』と寄稿。
●研究所・事業部・四国・MEテープの4グループのキーマンや元OGにも参加をお願いすると大歓迎。元副社長(特別ゲスト)を誘うと「貢献していない」と断られ、「懐かしい人が沢山集まります」と再び誘うと承諾。当時P社との合弁事業交渉で活躍頂いた女性役員(ゲスト、当時は新入社員)も多忙の中、喜んで快諾。
●事務局の精力的なメール交換で51名の参加が確定、18名は予定が重なり不参加の返事…日々10数通の思い出や近況を著したメールが転送されて目を通すのも大変でした。写真集に若手の結婚式での私の挨拶写真がアップされ、孫に見せると「ジィジィでないみたい」とびっくり、髪はふさふさでした。
●5/20(土)正午、「エイト会」を開宴。『36年振りの再会に感動、プロジェクトを背負った6年間で3つの節目とMEテープの事業化を目指した、志を共にした物故者10名(研究所5・事業部3・四国1・MEテープ1)に黙祷を捧げよう』と発起人挨拶、特別ゲストは『事業責任者としてVHS死守のため、本社会議で只1人反対し続けた。本会の参加には後ろめたさを感じた』と内訳けて乾杯。4グループ代表者・ゲスト・有志の懐かしい楽しい思い出話で盛上りましたが、司会者の時間割が大幅に狂いました。思い出集(69名)は全員配布、写真集(約2GB) は会場で流しました。当時のビデオは他部門と異なり、若手も自主責任で仕事をやり切る風土がVHS成功の源でした。多数が立尽くして食事そっち除けで熱心に旧交を温め、私も会場を巡って皆様と言葉を交わし、「大脇部長、変わっていない」とOGから激励されました。全員で「今日の日はさようなら」を合唱後、記念撮影。再登壇し『今回限りの開催ですが、有志がおられたら是非再会ください』と締め、世話役全員が挨拶。終了後元ヘッド屋2人と喫茶、外資系に転職した現役の苦労話を聞きました。翌日からお礼メールが殺到、「次回はお役に立ちたい」の申出多数、参加者の満足の様子が確認できました。座席指定・名札・会費割引配慮・カメラ撮影…万端な心遣いが通いました。 (H29.5.26)
 

H29年5月中半記:初めて葵祭を見物、睦和会・イタリアン会・E杯を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月23日(火)13時17分50秒
  ●5/15(月)午前、睦和会(同期入社OB)のメンバーが神宮丸太町駅に集合して京都御所(堺休憩所)で「葵祭」を見学する予定でしたが、有料観覧席の隣近辺は見物客が多過ぎ、各自分散して見学することにしました。10時半にカラフルな平安装束をまとった行列(約510名)が御所を出発、丸太町通りから河原町通りを経て下賀茂神社と上賀茂神社で五穀豊穣などを願って約8Kmの道程を練り歩きました。騎馬や神輿を牽く牛なども多く、沿道の見物客の熱気に昂奮していました。大勢の外人客も日本の伝統文化にカメラを構えて見学。丸太町通りは4車線ですが、2車線を行列用に2車線を上下線に切り替えました。信号は使わず、婦警の手信号で素早くチエンジ、年中行事を繰返す京都府警の警察官は手慣れていました。
●正午から「睦和会」(がんこ寿司高瀬川2条苑)に半年ぶりに14名(会員24名)が集い、体調不良欠席者(6名)が増えました。最遠方の米子や長くパーキンソン病治療を続ける仲間も参加し、フリードリンクを楽しみながら賑やかな懇親会になりました。奥様を亡くして毎日愛犬と会話する人、そろそろ仕事を辞めようと悩む人、夫婦で世界遺産の旅を続ける元気人、カメラをぶら下げて被写体テーマを追っかける旅人など…夫々が様々に楽しく人生を送っています。私は日々孫と接し・家内孝行し・大小のOB会や同窓会、異業種交流会の世話役などをして多くの人との交わりを楽しんでいます。「健康で長生きすることが何に優る幸せだ」と思うようになり、「人生は長生きせねばならぬ」が座右の銘になりました。
●5/17(水)夕刻、「イタリアン会」(心斎橋、イルメルカートアンケジェロ)に家内と急いで到着、仲間が誰もいない店内は空席で、ショーの練習中でびっくり、時計を見たら集合時刻1時間前でした。周辺のフアーストフード街の何処もビ-ルがなく、コンビニ前のベンチでビ-ルとコ-ヒ-を飲んで時間潰しをしました。参加者は9名(内女性4名)…3-4年前の松山旅行組5名とダンス同好会の3名、エレガンスサロンの1名でした。異業種交流の楽しさは自身と異なる体験や人生観に接することができること…日頃接触のない方と親しくなるには先ず名前とバックボーンを少しでも覚えて会話の糸口にして自身のプライベ-トな話題を交えて会話を途切れさせないことでした。男女のフラメンコーダンサーと歌手の3名編成の「フラメンコショ-」、日本の演歌調の独特の節回しの歌と手・腰・足の切れのある踊りを楽しみました。誕生月の私を含めてお客3名がお祝いをして貰いました。フラメンコチームとお客様全員で「ハピ-バ-スディ」を合唱、「大脇さん、おめでとう」と書かれたデザ-ト皿とグループ全員の写真がプレゼントされ、女性陣でデザ-トを賞味。我家の楽しい一夜でした。
●5/18(木)午後、久し振りの「香里園ぶら」(空オケスナック・実の里)に飲み仲間と2人で出向きました。新築の住居の1階は開店祝のランなどが店内いっぱいに賑い、馴染のお客さんが2人歌っていました。最近我家の子育て時代によく通ったス-パ-「グリンシティ」(香里園と寝屋川の中間)が閉鎖され、近くで営業していた店の客足が遠退いたので、閉めて移ったそうです。商売気を感じさせない娘の如きママと8席程のこじんまりした少人数向の店、駅に近く・雰囲気も良く・エコノミーで・選曲の順番も早く、大変気に入りました。早速6/9(金)午後を予約、周辺は賑やかな飲食街、落ち着いた食事処を探すことにしました。
●5/19(金)正午、「第7回E杯」(がんこ寿司淀屋橋店)は4名の新入りを迎えて参加者20名(会員数29名、70代多数)の大盛況、世話役冥利でした。イタリー料理が続きましたので、久し振りに和食にしました。福山と米子の遠方者に加え、脳梗塞の後遺症と肋間神経痛で少ししか歩けない人もやって来ました…会員はビデオ事業の最盛期の中核で自主経営を実践、定年後にやっとゴルフ三昧を楽しんだ仲でした。私が世話役代表挨拶で「20年程前に京阪沿線在住者でゴルフ会を初めて15年程続けましたが、高齢化で参加者が激減して5年程前に中断。3年前に昼食会にリニュ-アルして再スタ-ト、年3回開催が目標」と会のル-ツを話し、名誉会長(元役員)が乾杯の音頭をとり、初参加の長老(元経営トップ)が「懐かしいメンバ-ばかりで楽しい」と感想を述べました。新会員や遠方参加者の近況報告を肴に盃を交しました。「この店は食事も場所もよし」で高校同窓会(5/30)も同じ処にしました。15分程の道程を歩けない人はタクシーで移動、総員11名が2次会(ラウンジ揚子)に集い、歌自慢・歌上手ばかりで順番待ちに時間が掛かりました。ママは「今日もレベルが高い、皆様お上手です」と感心しました。(H29.5.23)
 

H29年5月前半記:家は孫の友達で賑わい、いとこ会・私市会・異業種昼食会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月17日(水)08時15分20秒
  ●ゴールデンウィーク(4/29-5/7)、お父さんは帰宅。娘にねだられたお父さんは嬉しそうにお友達を連添って枚方パークに出向きましたが、お母さんは相変わらず荷物の整理に没頭、日替わりでお友達がやって来て、一人っ子の孫は大喜び。「エイト会」(5/20開催、参加者51名)の事務局から準備メールのやり取りが頻繁、私も発起人挨拶の骨子を考えて準備会メンバーに披露し、物故者(10名)への黙祷を加えました。婆さんはリハビリと帰宅を繰返し、爺さんの創作手料理を食べ、人混みの外出を控えて家でのんびりしました。
●5/7(日)午前、京阪・浜大津駅近くの旧大津公会堂レストラン街で、「いとこ3家族会」(レストランテ・ラーゴ)を行いました。家内のワイン好きを聞いた山科のいとこの娘さんが探した創業7年の滋賀県一の人気店、全員が野菜いっぱいのイタリアランチを賞味しました。運転上手な娘さんの車に6人が乗り、久し振りに晴天の琵琶湖をドライブ、清々しい気分を味わいました。阪本近辺の迷路のような小路を登って、山科のいとこが“イチゴ大福”(仰木の里宇治川餅近江庵)を買い求めてお土産に貰い、「浮御堂」に立寄って昔と変わらぬ周辺の風情を懐かしみました。琵琶湖で獲れる鮎・エビ・モロコ・氷魚(透き通った鮎の稚魚)・ゴリ・イサザの佃煮店(S5年創業の魚富商店)で、京都のいとこが“小鮎の佃煮”を晩酌のあてにとおそそ分け。北山杉と新緑の美しい大原でドレッシング専門店に立寄り、2家族はドレッシングや出汁・我家は大原筍を買いました。いとことは幼少の頃から姉弟のような間柄で話題は尽きませんでした。帰ると家内は大福を3つも食べ、孫母は大福より小鮎が好きでした。雰囲気のよい店選びができる娘さんに次の計画をお願しました。
●5/9(火)下校後、孫のお友達が遊びに来て夕ご飯を2階で食べました。「大原筍と三陸のわかめの薄味煮」を鍋いっぱいに料理して差入れすると殆ど食べ切って、「爺ちゃん、美味しかった」と言ってくれて大満足。PCしている爺さんにお友達が「どんなお仕事をしているのですか」と聞いてくれました。
●5/11(木)午後、「枚方市役所」に戦没者慰労金(福祉総務課)の申込に行きました。父親が戦死(1945)して72年が経ち、「戦没者と同居した家族が受給者の対象」との公報を熟読する友人から知らされました。父が出征(1941)したとき、3兄弟は5・2・0歳で父の面影や思い出の記憶は殆どありませんでしたが、父(享年37歳)の分まで長生きできました。政府も忘れずに慰労し続けることは戦争の重さです。僅かな額ですが、「久し振りに兄弟3家族揃ってお位牌を拝み、ささやかな食事会でもしょう」と思いました。
●5/12(金)正午、「私市会」(宝寿司)に5名が集合。透析で遠出のできない私市人が涙を流して喜びました。3ヶ月前は過去の事を殆ど忘れていましたが、この日は物凄く冴えて昔の出来事を鮮明に思い出し、盛上りました。80代の4人はビデオ事業創業メンバーで、岡山(工場)と大阪(技術)に分かれた時期には毎週月曜日の早朝に台風が来ても車で岡山に出向いて課題検討し、ビデオの苦渋の時代(オープンVTRの10年間)を切盛りしてビデオの設計製造技術基盤を築き、品質第1に取組んでVHSを大成功に導きました。現役時代はお互いに休日なしの仕事一途、定年してやっとゴルフ(イースト会)や家族旅行(4家族会)を楽しみ、生涯の友になりました。最近では「4人の食事会」(英国屋・がんこ寿司枚方店)を10年程続けて来ました。
●5/13(土)正午、「異業種昼食会」(淀屋橋、光林坊)に馴染みの5名が集合。雰囲気のあるお店で金沢の「香林坊」の坊さんから店名を貰ったと聞きました。参加者の独居男性(大阪市内在住)は「夜友人を招くので、これから食材を買いに行く」と早々に帰宅。定年間がない男性(大阪市内在住)は「娘から孫の守を頼まれるのが嬉しくて、オムツの取り換えもする」と話し、「若い時はギャルで可愛かったね…と言われた」と喜ぶ独居女性(梅田周辺のマンション住い)は娘さん宅の近くに住みながら「元気な間は一人で生活し、夕食は娘の家で食べる」と話し、松山からやって来た世話人が19歳の孫の写真を披露すると「お婆ちゃんに似て美人」と全員が褒め、「90歳を超えた父はワンマンで母は従順、財布を握って母や私には生活費も出さず、孫には気前よく散財する」と話しました。私は「家内に苦労を掛けたので、今は家内孝行している」と話すと、「心掛けが立派」と褒められました。4名で空オケ(ラウンジ揚子)に出向くと、声も声量も玄人肌のラジオ歌謡の同好会のメンバーが加わり、「ラジオ歌謡は850余曲あり、演歌は禁物」と解説。歌手5名が交互に3時間程熱唱、「奥さんも時々連れてきて欲しい」と女性陣に言われました。(H29.5.17)
 

H29年4月後半記:3つの異業種交流会・いとこ会・新OB会準備会を楽しみ、高齢者講習を受講

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 5月 1日(月)21時14分49秒
  ●4/20(木)夕刻、「イタリアン会」(心斎橋、イルメルカートアンジェロ)に9名(初参加者4名、男性3名)が集いました。約2年振りに参加した美容師さんが「大脇さん、少しふっくらしましたね」と言われ、観察力の鋭さにびっくり。津軽三味線バンド「ルナーレ」に若い太鼓奏者(男性)が加わり、太鼓だけの演奏をお披露目。チームは津軽三味線2(男性)・太鼓2(男女)・エレクトーン1(女性)の5名編成になり、迫力とレパートリーが増しました。太っ腹な初対面の男性がおひねり(万札)を渡すと若い出演者は大喜び、5-6年通っていますが、初めての光景でした。「アンコール」を先唱すると全員がアンコール合唱、出演者は喜んで応じました。デナーショーは月1回で毎月参加メンバーは変りますが、我家は皆出席の常連、馴染メンバーとの再会を楽しみます。
●4/21(金)午後、運転免許更新の「高齢者講習会」(香里園自動車教習所)に9名が参加。冒頭「認知機能検査」が行われ、「法改正で76点以下は要注意、46点以下は即刻退席して医者の診断を受けることに決まった」と説明がありました。私は16の絵の2つを思い出せずでしたが、96点で合格。運転適性検査(状況変化対応力と複数作業の同時操作力)では「全般的にやや優れているが、状況判断機能はやや低下している。体調にムラがあり、安全確認を徹底すること」「夜間視力と動体視力は劣っている」とコメントを貰いました。事故以来、白内障手術を決断し・安全運転の徹底に努めています。
●4/22(土)正午、「山科いとこ会」(26帖の広いリビング)に家内と参加、13年前に亡くなったご主人の高校大学時代の親友・姉弟・いとこの11名が集合。参加者は先ずお仏壇にお供えして手を合わせました。母娘は「毎年の恒例行事を大変楽しみにしている」と喜び、腕を振るった手料理を御馳走になりました。「割勘で仕出しの出前を頼む」のが今時の通例、「楽しんで料理している」と聞入れて貰えず、つい甘えています。最近は家内が施設住いで手料理が縁遠くなり、スーパーの惣菜で晩酌している私には感激でした。男7人の4人が同い年で昔話に熱がこもり、4時間程飲み続けました。高校大学時代は京都の寺院歩きを好み、伯母さん宅を拠点にして散策し、いとこの友達らと仲良しになり、ハイキングやマージャンに興じました。早速山科母娘の慰労会を兼ねた3家族会(5/7)を計画しました。
●4/23(日)正午、「エイト会準備会」(IMP、パノラマスカイレストランアサヒ)に世話役7名が勢揃いし、早速会場の下見。大阪城公園を眼下に見晴らしのよい眺望の60名収容の部屋に円形テーブルを6つ配置、全員での記念撮影場所・プロジェクター・マイクの位置を確認。事務局が精力的に出欠確認(2月の約70名参加希望者が最終50余名)、写真集サイトの立上げ(ダウンロード可能)、思い出集の編集(全員に配布)、当日の配布資料を準備。特別ゲスト2名(元副社長と現役員)の参加が確定。全員の座席配置と話し手の詰めが残りました。
●4/24(月)正午、「異業種昼食会」(北新地、へちもんや)に8名が参加。初対面の長く中国駐在記者は「一般市民と付き合ったら日本の家族と全く同じ」と話し、空オケ(ラウンジ揚子)では初対面の踊り大好きな熟年女性が空オケに合わせて自然体でジルバーを踊り、日本人離れした体感音感に感心しました。時々樟葉に出向いて路上シンガーグループの前で、飛び入りで踊ると人の輪ができるそうで、大変楽しい方でした。
●4/25(火)午前、「近所に住む長男の同窓の告別式」(享年49歳)にお隣の奥様方と3名で参列し、ご冥福をお祈りしました。前日娘から訃報を聞いてびっくり、長男を亡くした時に故人から中高時代の息子の話を懐かしく聴きました。1月の定期検診で胃癌が見付かって3ヶ月の命(息子も肺癌で3ヶ月)、家内と仲良しのご両親に先立たれ、お子さんはなく、1人ぽっちなった喪主の奥様に弟家族が付添いました。
●4/26(水)午前、歯科医で新たな詰物が施され、「1本ぐらついているが様子見」と診断され、「生涯自歯で通したい」と願いました。4/27(木)午後、家内の通院、「糖尿は変わらず、貧血もなし」と診断。
●4/30(日)夕刻、「エレガンスサロン」(北新地、モナリザ)は欠席者続出で参加者は6名のみ。特に最近生死を彷徨った体験談が披露されるなど、全員で1つの話題に集中し空オケも盛上りました。「シャワーを浴びている最中に突然胸が締付けられて失神、即刻友人が救急車を呼び、何時もの病院で心臓血管外科の専門医(西宮)を紹介され、動脈?離と診断。神の手から…4日後に意識が戻れば助かる…と言われ、目が覚めて…お腹が空いた…が第一声。処置の早さと神の手で奇跡が起きた」と話しました。(H29.5.1)
 

H29年4月前半記:OB会・花見を楽しみ、胃カメラを飲み、家内のインフルエンザ感染で外出を自粛

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年 4月19日(水)09時58分27秒
  ●4/1(土)午後、3ヵ月振り開催の「VEOB」(祇園、ひろべ)は10名が集う大盛況、約2年振りに東京から大阪に転勤になった仲間が参加。ママの手料理を突き、夫々が身近な話題提供をして盛上りました。現役時代は仕事面で深く関りのない間柄でしたが、お互いの家庭事情も話題にして親しみが深まり、気心が通じた楽しい集団になりました。全員が空オケ大好きで矢継ぎ早に熱唱、最後は全員輪になって恒例の「今日の日もさようなら」を合唱してお開き。有志4名で2次会(四条高瀬川、ミュンヘン)に出掛けました。
●4月初旬、毎年この時期は枚方公園の社研で新入社員導入教育が始まり、17時を過ぎると大勢の黒一色の若者が珠数つなぎに京阪の駅まで連なり、年々女性が増えています。「相変わらずパナソニックは学生に人気がある」と実感します。車で左折すると列の途中で譲って貰い、会釈して通り過ぎますが、早々と「社員教育が行き届いている」と感心。大学教員時代に「思考力と道徳の教育」に重点を置きましたが、「マナー教育は家庭での躾」を痛感、パナの新入教育は現在も効果的です。私は1960年入社(57年前)、同じ教育を受けたことを思い出し、「松下幸之助創業精神は脈脈と息衝く」と頼もしく思いました。
●4/6(木)午前、関西医大で胃カメラ検査、4/10(月)午前、消化器科で「食道はきれい、胃に新しいポリーブができており、水を掛けたが出血しなかった。癌の心配はなく、取り除く必要もない。胃は出血の原因ではない」と診断。大腸カメラ検査は10年程受診していないので、万全を期して予約しましたが、これも予防医療の一環です。眼科受付と相談して白内障手術はその後(6月頃)に行うことにしました。
●4/7(金)正午、久し振りの春日和でしたので、家内と「パナヒルズ大阪」でほぼ満開の花見をしました。最近は遠出する元気もなく、この3-4年は唯一の花見処にして孫を連添って食事や写真を撮りますが、今年孫は友達と遊びに出掛けてしまいました。本館に近い高台の駐車場は貸切の満車、入口近くに駐車して散策しましたが、急な坂道を登る元気もなく、本館レストランでの昼食は止め、急遽買物に出向きました。今年の花見どきは天候が勝れず、あっけなく散ってしまいましたが、近辺の香里ヶ丘の桜通り・パナの体育館・枚方公園・創価小学校の桜一色の見事さを、今年も買物の往来に車窓から楽しみした。
●4/11(火)午後、施設から「奥様が38度の熱で寒気がひどく、リハビリプラザを早退した」と連絡があり、早速施設に出向いて隣の内科(大谷クリニック)に引率、「A型インフルエンザに感染、1週間外出禁止」と診断され、抗生剤の点滴を頼みました。薬がよく効いて翌日には体温は平常に戻りましたが、家内も私も1週間の予定をすべてキャンセル。家内は他の入居者にうつさぬように自室に籠り、食事も部屋食になりました。リハビリや施設の行事には参加できず、娘が午前・私が午後に分かれて話し相手。4/15(土)午前、再診で「完治」と診断されて施設の職員も一安心。早速家内は食堂に出向いて皆さんと一緒に昼食を食べ、鬱憤が吹っ飛びました。私は潜伏期間の1週間、会合参加や歯科通院・散髪などを自粛しました。
●4/16(日)午前中は長いお付合いのパナショップ店主がリホームの様子見に訪問。娘夫婦は量販店志向で、エアコンや照明などを安く買い、店主は声が掛からなかったことにショックを受けました。我家はパソコン以外の電気製品は電話一本で店主に任せ切りにしていましたが、リホームで全てを廃棄。「世代交代で私が買う物はないよ」と言うと、娘夫婦に「何か買ってなぁ!」と頼み、清浄器の商談に成功。最近は会社もショップ店対策に力を注いでいますが、後継ぎがなく、売る商品も少なく、店舗数が随分減ったようです。
●4/16午後は孫の友達8名程が訪ね、賑やかに庭を走り回って遊んだ後はディズニー映画を熱心に見入りました。PTAの役員友達のお母さんが末っ子の男児を背負、長い間子らを見守って頂きました。
●4/17(月)正午、1週間振りに家内が帰宅、前日に仕込んだ煮付や娘のお握りなどを食べました。孫は学校の創立記念日で休校、掃除や整理の手伝いをしました。家の整理整頓は今も続き、週末には爺さん婆さんの荷物(仏壇他100箱)が倉庫から戻り、後1ヶ月は掛かります。リホーム前に我家の家具生活財は殆ど捨てましたが、残りの趣向品などを処分すると老夫婦の思い出の品は全て消滅、淋しいです。
●4/18(火)夕刻、家内は前日に引続き帰宅。孫は塾に出掛け、2人で調理が簡単な焼肉。肉は老人にも筋肉作りに必要、野菜はアスパラ・もやし・薩摩芋を焼き、寿司はスキップしてデザートで終了。(H29.4.19)
 

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