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H30年2月前半記:平冒OPが開幕、厳冬の中でE杯・エレガンスサロン・家族食事会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 2月13日(火)23時48分21秒
  ●2/1(木)正午、「E杯」(北新地、穂の河)に11名が4ヵ月振りに集いました。12月初旬のメール案内が一部届かず、1月半ばに再送した結果、すでに多数メンバーの予定が埋まり、参加者20名の目標を大幅に割り込んでしまいました。「若い女性シェフが調理するこの店はゲストに大好評、皆様も是非ご利用ください」と世話役挨拶をし、最古参(80代)の甲子園人・香里園人・大和田人などが話題を提起して盛上りました。全員が多彩の食材を利用した数々の料理に満足の様子、熱燗が進みました。ビデオ事業の創生の苦労を体験して成功の達成感を味わった若手も70代になりましたが未だ元気もりもり、2次会(ラウンジ陽子)には8名が参加して夫々が持ち歌を熱唱。同じビデオ仲間でも、60代中心の「VEOB会」との違いを最近痛感しました。ビデオはテープ事業からDVD事業に置換わって事業体が消滅し、全盛期に入社した60代は事業の店仕舞いの苦渋を味わい、リストラや早期退職の悲哀に直面、僅か20余年で事業環境が変わってしまいました。自動車産業と違い、家電事業は洗濯機・冷蔵庫・テレビ・オーディオ・録音機など、1つの製品事業分野が創生・成熟・終焉の約20年の栄枯盛衰を辿る宿命を抱えていました。
●2/2(金)午前、11月の通院をうっかり忘れていた「白内障手術の最終検診」(関西医大病院眼科)を受けました。視力は両眼とも1.2と向上し、「目の潤は一時的なもの、術後の経過は良好で今回で検診は終了」「糖尿病の眼底検査は当病院では診察不可、手術の診察経過書を次の病院に見せてください」と言われました。運転の不安から白内障手術を決断しましたが、「標識の見やすさ・狭い道の車幅感覚・夜間視力の回復」で運転の不安感は全くなくなり、20年程ゴールド免許(4年程前に家内のベルト不着用で失効)を維持した自信が蘇り、結果に大満足。安全運転に努め、ゴールド免許の復活を目指します。
●2/9(金)、夜遅く「平冒OP」が開幕。力強い群舞・純白なチョゴリをまとうソプラノ歌手の独奏・金妍児の聖火点灯・天空にドローンの灯が描く絵が印象的で、光と映像を駆使した大迫力は厳寒を吹っ飛ばしました。経済制裁一辺倒の国際世論の中、北朝鮮の金与正(キムヨジョン、金正恩朝鮮労働党委員長の妹)の滞在3日間を文在寅(ムンジェイン)韓国大統領が付添、美女応援団・三池(サムジョン)渕管弦楽団が韓国市民を虜にするなど…南北融和モードが高まりました。2/12に日本がやっと3つのメダルを獲得…スピードスケート女子1500mの高木美帆の銀・フリースタイルスキー男子モーグルの原大智の銅・スキージャンプ女子の高梨沙羅の銅。
●2/10(土)夕刻、雨降りの寒い中を「エレガンスサロン」(北新地、モナリザ)に異業種5名が2ヵ月振りに集合しました。常連の2人(寝屋川人・川西人)が欠席しましたが、遠方から和歌山人が参加。中国通の樟葉人が「習近平の2期目の中国事情」についてプレゼンし、川西人・神戸人などの質疑応答で盛上がりました。「14億の国民を7人の常務委員でコントロール」「習近平は自身の神格化を目指す」「阿片戦争で負けた英国には好意的だが、植民地化を目指した日本を敵視する教育」「所得も物価も都市部は日本以上の富裕国になったが、農村部は貧困で格差は拡大」「農民が移動できない制度を守るも食糧自給率は30%」などと話しました。久し振りに空オケタイムを設け、1人3-4曲熱唱、珍しくママとのデュエットが続きました。
●2/11(日)正午、急遽思い立って孫を激励する「家族食事会」(くら寿司)を行いました。婆さんは突然の孫との食事会に大喜び、何時もより食が進みました。爺さんは鉄火、婆さんは穴子が定番ですが、孫は新たなメニューに次々と挑戦して少量ずつ舌鼓、お父さんが残り物を食べて日頃のストレス(塾の試験地獄)を発散しました。週日は下校後、週末は午前から塾通いの勉学一辺倒の日々でしたが、最近やっと気分転換にピアノのレッスンを再開。我昭和時代には考えられない程の受験戦争(偏差値)の厳しさです。
●2/12(月、祝)正午、婆さんが帰宅、爺さんは厚揚げ・卵・大根・ジャガ芋・白ネギ・椎茸のヘルシーおでんを煮込み、スパゲティ(アスパラ・ベーコン・トマト)を作り、お母さんからピザを差入れして貰い、孫と一緒に食べましたが、スパゲティが多すぎて爺さんの夕食にしました。料理には工夫を凝らし、前々日ぐらいから食材を準備して自己流の調理を楽しんでいます。しかし孫の塾帰りを待ち切れない爺さんの1人夕食はスーパーの総菜を肴に余りもので済ませ、1人料理はしません。この日は新潟・北陸方面は再び大寒波でサンダーバードが全休、お父さんは何時もより3時間程早く、東京経由で富山に帰りました。(H30.2.13)
 
 

H30年1月後半記:松愛会・京響新春コンサート・関西六柊会・VEOB・いとこ3家族会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 1月31日(水)09時28分3秒
  ●1/20(土)午前、松愛会枚方南支部の「新年懇談会」(門真、松愛会館)に163名が集いました。1部は女性奏者5名編成(ヴィァイオリン・ヴィィオラ・オーボエ・クラリネット・ファゴット)の「枚方フィルハーモニー管弦楽団・ミニ」の演奏と合唱…モーツアルト・シュランメルの曲や懐メロのヒットメドレー、青い山脈の全員合唱、最後はラデツキー行進曲の演奏を楽しみました。2部の休憩時間に「絵画や書道・手工芸の作品展」を見学して数名の昔仲間と立話、3部は冒頭に本支部を地盤とする平野衆議院議員・矢田参議院議員・福留枚方市議会議長が来賓挨拶、次いで松愛会長(約3万名の松下OB会)が「リストラや早期退職で新入会員が増えない中、会員資格を緩めたら新会員が増えた」と朗報の挨拶後、懇親会がスタート。地区担当や孫が通う小学校の近辺の初対面の住人と弁当を突く中で福引抽選会があり、全員が童心に帰って盛上がりました。私が会長を務める「NV新年会」に昨年参加の予定だった矢田わか子議員(NV会メンバーの元秘書)が国会日程で急遽欠席になり、「今年2月のNV新年会には是非お越しください。元社長も参加します」と挨拶すると、「ご案内頂いたら参加させて戴きます」との返事、関係者とも相談して多忙な議員を引張り出すのを止めました。
●1/21(日)午後、「京響新春コンサート」(京都コンサートホール)に家内と参加。世界や日本の著名オーケストラを指揮するジェームス・ジャッド(英、現在はイスラエル交響楽団やスロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督などを務める)を迎え、木嶋真優(神戸出身、日本とヨーロッパに拠点を置いてアメリカやアジアでも活躍)のヴァイオリン独奏のプロコフィエフ(露、1891-1953)の「ヴァイオリン協奏曲第2番(ト短調op.63)」と京響コーラス合唱のホルスト(英、1874-1934)の組曲「惑星(op.32)」を演奏。繊細でダイナミックなヴァイオリン・ソロ(27分)と大編成で大音響の組曲(55分)に感動しました。色んな指揮者を迎えて新たな曲に巡り会い、京響のファンになって大満足。楽団員は若手奏者の多く、外国人ゲスト奏者も交じり、日々チャレンジして進化する姿は大変頼もしく、今年も「日曜S席会員」を継続。
●1/23(火)正午、「関西六柊会」(北新地、穂の河)に12名が4ヵ月振りに集合。前日は大寒波襲来で積雪した東京は交通麻痺、当日の新幹線の運行を心配しましたが、マルビルに名古屋方面から5名が予定時刻に到着。「今年82歳を迎え、遠方から寒さに負けず元気に参加できたことをお互いに感謝しょう」と世話役挨拶をして開宴。フリードリンク付会席で、女性4名には特別デザートを頼みました。全員がガヤガヤと話込んだ後に夫々が極近況を披露……「夫婦で三味線を習い、ゴルフを楽しみ、今年は絵画に挑戦」(夫婦多趣味な生駒人)…「毎月郷里の成岩中の同窓会に日帰り出席、関東・中部・関西の全ての高校同窓会は皆勤」(一昨年ご主人を亡くした葛城人)…「マンション管理システムを売込んで現役並みに仕事中」(元建設大手OBの名古屋人)…「厨房は旦那任せ、コーラス活動と習い事でスケジュール満杯」(夫婦で癌の再発予防に励む四条畷人)…「午後から碁会所通が日課」(近くの娘さんに見守られて一人暮しする岐阜人)…「昨年指を怪我して皮膚の移植手術で長く通院が続く。高齢の主人は息子医師夫婦に助けられて今も元気に診療」(開業医夫人の西宮人)…「月曜日は会社出勤、毎朝夕愛犬と1万歩散策」(溶接機会社を息子に譲った堺人)…「今回も業務打合せで来阪、高齢な主人の介護も必要になった」(織物関係を自営する半田人)…「500坪程の庭の守をし、週1/年56回のゴルフ三昧」(地元同窓会幹事長を務める亀崎人)…「絵画教室でスケジュール満杯」(定年後に画家になった帝塚山人)…「昔私鉄大手の金融部門で仕事して150ヵ国余回り、今も金融業が副業。昨年は日照不足で野菜の生育が悪かった、収穫物は全て地元に無償配布」(知多半島で2万坪余の農地を1人で耕す名古屋人)…「リホームした新居で孫家族と同居、母と息子の介護で苦労した家内の孝行に努める」(我世話人)……引続き喫茶店で懇談後、「美味しくて楽しかった」と喜んで帰って戴きました。
●1/27(土)午後、「VBOB会」(祇園、ひろべ)に3ヶ月振りに元若手技術者7名が集合、近況を語合った後は空オケタイム。元中研の若手ビデオ仲間12名が急遽2次会にやって来て合流、見覚えのある顔ばかりでしたが名前を思い出せずも相方は私をよく憶えており、予期せぬ懐かしい巡り合いを楽しみました。
●1/28(日)正午、マドンナ(山科のいとこの娘さん)が京都と我家をピックアップして「いとこ3家族会」(枚方、明月館)に6名が勢揃い。「焼肉ランチの肉の量を確かめて追加注文下さい」と係に言われ、大皿一杯の肉を何とか完食。我家でお茶し、女性陣は賑やかに話込み、孫も混じって記念撮影しました。(H30.1.31)
 

H30年1月中半記:M4会・後輩の定年退職祝・いとこ3人会を楽しみ、通院が始まりました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 1月20日(土)19時49分13秒
  ●1/11(木)夕刻、「M4新年会」(北新地、へちもんや)に4名が3ヶ月振りに集合。寒い日でしたので熱燗が進む中、甲子園人は「近くの温泉(地下2.000mから掘出してかけ流し)の会員になって通っている話」、福山人は「15代和歌山藩主が収集したクラシック音符博物館(ベートーベンなどの手書きの音符)を訪ねた話」、京都の現役仕事人は「極寒冷地を夫婦旅行した話」、私は「ホスピスに入院した後輩とメール交換した話」…、色んな話題が続出して盛上がりました。2次会(陽子ラウンジ)で騒動が起きました。福山人の新幹線終電時刻に合わせてお開きにしましたが、甲子園人のコートが無くなり、ママは帰ったお客に電話するも見付からず、「寒いがコートなしで帰る」と言出したところ、ポケットに携帯がないことに気付いた奈良のお客さんが戻って一件落着。孫との約束時間が大幅に遅れ、心配した孫から再三の電話に言訳ができずでした。
●1/13(土)正午、32年前の結婚式で仲人を務めて以来、ご縁を繋いでお歳暮とお中元を欠かさず贈って頂いたご夫婦を招いて3ヶ月遅れの「定年退職祝会」(京都烏丸、フランス料理・エッセン)を行いました。早速懐かしい結婚式の写真を持参して頂き、過ぎた長い空間の重みを感じました(私が50-60代の我家は母の介護と長男の急逝で波乱万丈でした)。ご主人のお父さんは式前にご挨拶を受け、奥様のお父さんは同じ松下マンで意気投合し、お2人をよく記憶していましたが、「89歳と75歳で鬼籍に入り、共にゴルフと酒が大好きだった」「母は共に80代で京都と名古屋で健在」「一男一女も昨年結婚し、京都の北山と西宮に新居を構え、現在は高槻で2人暮し」と近況を聞きました。奥様とは結婚式以来の再会と思っておりましたが、「子供の顔見せに表敬訪問し、ローストビーフをご馳走になった」「同じ頃にお仲人をされた新婚家庭の新居(大阪市内のマンション)を一緒に訪ねましたよ」と言われて、我夫婦は全く忘れていました。ご主人は同じキャンパスで学んだ21歳も若い後輩、稀に大学の同窓会で再会しておりました。32年の空白も直に吹っ飛んで、積もり積もった話を懐かしく語合いました。特に奥様は明るくて気さくな話上手、家内も大はじゃぎで楽しみました。人生の先輩として、「60代は物凄く元気、これまでの奥様の苦労に感謝して海外旅行などを楽しんでください」「孫は可愛くてメロメロになりますよ」と激励。ご主人は「防衛省にも納める各種探査機製造のシェアー世界一の会社に転職、現役で5年間は頑張る」と応え、帰り際にお土産を頂き、「京風民家の雰囲気のあるお店、料理も大変美味しかったです」と喜んで頂き、「またお子様夫婦とご利用ください」「次回は空オケをしましょうね」と再会を約束。「長生すれば、よいことがいっぱいある」と実感し、励みになりました。早速写真を送信して貰い、パソコンアルバムに保存しました。
●1/14(日)、前日から我家の「オープンハウス」に住友林業の社員が3名張付き。「宣伝は新聞折込みチラシのみの客寄せ」「初日は5組、2日目は3組、目標に2組欠いたが、好評で成果はあった」「最近は駅前マンションが流行っていますが、枚方は戸建てが人気でリホーム需要が多い」と係は話しました。孫家族は来年の入試に備えて高槻中学と洛南中学の入試見学に出向き、我老夫婦が留守番役を務めました。
●1/16(火)正午、「いとこ3人新年会」(がんこ寿司京都駅ビル店)を開催。喉が痛くて鼻水が出る中、何時もより早目に到着すると2人はびっくり。新春特別メニューと生ビール、焼酎ボトルを注文。奥方の話になり、守山いとこ(市役所役人)は「口達者な家内だけど、我主張は絶対に通す」、京都のいとこ(銀行マン)は「気が強いワイフだけど、今もワンマンを通す」と2人共強気の発言、私は「現役時代はワンマンだったが、今は感謝して家内孝行に徹している」と話しました。2人は「モノ作り事業」は未体験分野、私のVHS造りと松下幸之助に興味が飛び、「生抜きのビデオ技術者として苦労の挙句に高品質VHSの世界普及を成遂げ、松下の大半の利益を稼ぎ、社長を輩出した達成感は格別。欧米の家電やカメラメーカーとビデオの共同開発を行い、世界を駆巡り、手厚い処遇を受けた。直々に幸之助創業者の師事を受け、松下の最良の時期に思い通りに仕事を成就した」の骨子を話題にしました。帰り道山科のいとことホテルで喫茶、懇談を続けました。帰宅して風邪で疲れ果て直に就眠、翌日も終日床に就き、市販風邪薬がよく効きました。
●1/18(木)と1/19(金)の午前は定期通院(磯谷クリニック、関西医大循環器内科)…「貧血が少々と心臓は変化なし」。1/18(木)午後は家内の通院(香里ヶ丘有恵会病院)…「高血圧気味で塩分注意」と診断。(H30.1.19)
 

H30年1月前半記:正月はのんびりと団欒を楽しみ、ホスピス入院中の後輩と緊張してメール交換

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 1月 9日(火)08時26分24秒
  ●元旦、大晦日から家内は2階で孫娘と就眠し、爺さんと1階で食事。爺さんは久し振りにゆっくり寝込んで、終日ガウンで過ごしました。お昼時「出来合いのおせちとお雑煮」を準備し、「健康で正月を迎えられたこと」を2人で祝いました。大好きな田造りが少々焦げてカリットと仕上がり、爺さん特製の具たくさんのお雑煮が美味しくできました。年賀状が届き、一枚一枚懐かしく読み、早速出し忘れた年賀状を書きました。何時も頂く同世代の年賀状が数通届かず、体調を気遣いました。夜はお母さんが「おせち」、爺さんが野菜・出汁などを準備した「蟹鍋」奉行を務め、全員黙々と身をほぐし、孫も美味しそうに食べました。孫にお年玉を渡すと大喜び、全員が夜遅くまでテレビを観ながら団欒しました。
●元旦、ホスピスに入院中の後輩から…「もう直ぐ全員が集まらねばならぬので、わざわざ無理して集まらなくていいよと1男2女に言っていました」「急遽大晦日の今日、自宅に3家族13人が集まり、懐かしい家内自慢の家庭料理を娘らが作って楽しい昼食会ができました」と嬉しそうなメールが前日届きました。私は交わす言葉に窮しながら、「年賀状を添えてご挨拶を申し上げます。昨日はお子さんとお孫さんら一族全員で水入らずの団欒は賑やかで楽しかったですね。一日も長く人生の証を残してください」と新年のメールを出しました。翌2日に「おめでとうございます。元旦に沼津に帰る長男家族が病院に立寄り、大学高校の3人の孫と握手しながら…爺爺はあなた方が何処に行っても必ず護ってあげるから頑張りなさい」「最後に息子までが手を差し伸べ、後ろで嫁がすすり泣く姿に涙を誘われる寂しげな元旦でした」「腹水が溜まってお腹が張るようになりました」と几帳面に綴られた年始のメールが届きました。1/5に気遣っていた「体調の様子」をメールで伺いましたが、メールは途絶えました。
●1/2(火)、家内と朝食は「パンとアスパラ・ベーコン・卵炒め」、昼食は蟹ガラの身・餅・ご飯・エノキ・いっぱいの九条ネギの「雑煮と雑炊のごった煮」が美味しく出来ました。孫の塾通いが始まりましたが、お母さんが風邪をひいて里帰り(堺のお爺ちゃん・お婆ちゃん宅)を中止しました。夕刻家内は施設に帰り、爺ちゃんは総菜の買物(アルプラザ香里園店)に出掛けましたが、店は元旦から無休営業でこの日も買物客がいっぱい。孫家族が焼肉を誘ってくれましたが、爺ちゃんはさっぱりしたものが食べたくて「1人晩酌」をしました。
●1/3(水)、うっかり昼まで寝てしまい、正午ギリギリに家内を迎えに行き、昼ご飯は「焼そば・焼魚・お雑煮」を準備。家内は翌1/4(木)からリハビリが始まるので夕刻施設に帰り、堺のお爺ちゃんと盃を交わす予定でしたが中止になり、爺ちゃんが買い溜めしていた食材を使って「湯豆腐」を作り、孫とお父さんと3人で食べました。シンプルな鍋(豆腐・野菜・茸・薄上げ・葛きり・うどん)でしたが、爺ちゃん自慢の味付スープ(たくさんの昆布・酒・鰹だし)が上手く出来上がり、孫もお父さんも「美味しい」と言ってくれました。お父さんと2人でウィスキーの如く琥珀色のお酒(石川県、山廃仕込天狗舞)を飲み、まろやかで美味しかったです。
●1/4(木)、「おでん・里芋煮付・コンニャクのピリ辛煮」などの保存食(酒の肴)を作りだめ。1/5(金)正午、家内と昼食と買物(アルプラザ香里園店)に出向き、年末に贈物を頂いたお礼の「お年賀」を送り、家内の下着や食材などを購入。1/6(土)午後、香里園ブラの相方と新年会(サンゼリア)、車でしたのでお酒は控えました。
●1/7(日)正午、お父さんに家内の帰宅の送迎を頼み、その足で孫家族は日帰りで堺に里帰り。お昼は家内と「焼肉と焼うどん」を食べました。たくさんの土産を貰って帰り、我家(家内との昼食がメィーン)にも堺の爺ちゃんの収穫物(大根・水菜・チンゲン菜)をお注分けして貰い感謝、最近野菜の不作で値段が高騰して貴重品になりました。この日は一歩も外出せず、終日ガウンで過ごしました。
●1/8(月)正午、雨降りで寒い日、家内と買物して「すき焼」を作りました。孫とお父さんが居間の掃除しながら「まだ昼ご飯食べていない」と言うので、急遽食材を追加し、孫家族も交えて正月最後の団欒になりました。夕方家内を施設にお父さんを枚方市駅まで送りました。今年は物凄くハッピーな正月、リホームした新居で2人元気に孫家族と団欒でき、「元気な間は体を動かして老人の我儘を抑え、2世帯円満に暮らすこと」を誓いました。お父さんも「今年の正月は長く休めた」と満足げに魚津に帰りました。塾休みの孫は1人晩酌の相手をしてくれ、2人でお母さん料理(野菜サラダ・スパゲティ・ピザ)を食べました。(H30.1.9)
 

H29年12月後半期:家族クリスマスで団欒し・元社長の著書を読み・買物に大童し・孫と初詣しました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2018年 1月 1日(月)15時30分53秒
  ●12/23(土)夕刻、孫主役の「家族クリスマスパーティ」に家内は大喜び。お母さん手造りのピザ・餃子・ケーキなどを賞味しながら孫の塾や友人の話しを聞きました。勉強好きの孫は塾通いと宿題で追われて終日勉強詰め、爺ちゃんは「よくも飽きないなぁ」と感心します。お父さんもお母さんも娘の意志を尊重して熱が入り、はっぱをかけます。週末に疲れ切って帰るお父さんは娘の宿題の先生です。
●12/24(日)午後、孫の「クリスマスプレゼント」(イオン四条畷店)を購入に出掛けるも駐車場は超満車。孫は文具を所望して2年目、今の文具はキャラクターデザインで付加価値を上げて定価販売で意外と高額、今回は上限を制限。3割程オーバーして少し取捨選択させましたが、爺さんの教育の一環でした。夕刻、お友達家族が訪ねて2階で夕食会。4歳と7歳のお子が1階に降りて「お爺ちゃん!」と親しんでくれました。
●12/25(月)午後、12/23から3日掛かりで「年賀状」(約170枚)を書いて投函しましたが、年毎に枚数も減ってきました。今年は義姉・先輩・後輩が鬼籍入りし、喪中ハガキ(約20枚)が少し増えました。特にご両親の訃報が多く、90歳代が普通になり、最高齢104歳と「長寿国日本」を実感しました。印刷の空きスペースを広くとり、手書きの「一言メッセージ」を添えることにしました。これまでは新年を迎える心意気や心境を綴ってきましたが、これからは我高齢者夫婦の近況を年賀状でお知らせすべきと思い、「昨年リホームが完成して孫家族と2世帯同居、夫婦で旧交や趣味を楽しんでおります」などと印刷しました。
●12/25夕刻、可愛らしい孫のお友達3人がやって来て2階で食事し、1階の居間(床暖房)で4人が就眠。深夜に時折笑い声が聞こえ、徹夜でおしゃべりが続き、生涯の思い出になると思いました。1人っ子の孫は友達大好き、お母さんも熱心にもてなしました。翌12/26(火)午前、孫は塾通い、お友達は居残ってDVDを見ながら踊りました。時々2階から聞こえるドタバタ音は「孫が同じように踊っているんだ」とやっと理解しました。「爺ちゃん、またお友達誘ってもいい!」と問われて大賛成しました。
●12/26(火)-27、元上司の谷井昭雄著「松下幸之助・ものづくり哲学」(PHP出版社発行)を懐かしく、噛みしめて読破しました。「ビデオ事業部長時代の赤字経営脱却の苦労で自身が成長した」「幸之助創業者との初対面で、“品質管理より人質管理やで”と教わった」「その後直接師事して“ものづくり哲学”を学んだ…松下電器は人を作る会社で併せて商品も作る。会社は公器で社会に役立たねばならぬ…水道哲学・素直な心・衆知を集める・事業部制が経営の基本理念」「理念がないと会社は存続しない」「経営者に必要な3つの資質…決断・人格・先見性」「創業者はVHS採用に悩み抜き、広い視野で社会に役立つと結論した」。私もビデオ時代は再三創業者に呼付けられ、新製品の月例進捗報告・稲井社長と北米随行時の市況報告・直々の工場案内などを行い、大変懐かしく思い出しました。今もにこやかな顔を鮮明に思い出し、別格に思考する創業者が「今をどのように舵取りされるか」は興味津々です。
●12/28(木)午後、家内の通院(東香里病院)に連添った後、帰り道に買物の下見をしました。爺さんが勝手に大晦日は「焼肉」、元旦は「蟹すき」と決め、孫の賛同を得ました。翌12/29午後、一人で4-5店を回り、立派なロシア産冷凍ズワイガニ・佐賀牛・昆布巻き・ニシン・餅・ご飯・酒・焼酎・調味料などを手に持ちきれない程買い、おせちは孫家族任せにしました。12/30(土)-12/31も野菜・年越そば・パン・カップ麺・お茶などの不足分を買い足しました。生鮮食品の全てが前年より高目、12/31もお客が多かったです。
●12/29(金)午前、ホスピタスに入院中の後輩に前日出したメールの返信が届き、力強い心境が綴られていて感動しました。「正月休みに入る担当医にお世話になった挨拶をした」「子供に相続・葬儀手順・墓の管理などの相談を頼んだ」「マニラの日本大使館に超法規的処置を依頼、2年間お世話になった家政婦さんが短期滞在ビザで来日して最後の片付を頼んだ」「正月前後に帰宅し、一族(子供3夫婦・孫6人)で楽しく団欒したい」と記されていました。早速、「迷いのない貴兄の精神力に感動し、心境はよく理解しました。新年はお子さんやお孫さんに精々甘えてください」などと返信しました。
●12/31(日)夕刻、家族5人で「紅白」を観ながら、焼肉パーテで楽しく団欒。「ゆく年くる年」が始まると、孫・お父さん・爺ちゃんは近くの「山田神社」に初詣、長蛇の列中で新年を迎えました。(H29.12.31)
 

H29年12月中半期2:M6会・よし春会・クリスマスパーティ・エレガンスサロン・客員会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年12月29日(金)12時33分54秒
  ●12/13(水)正午、3ヶ月振りの「M6会」(北新地、穂の河)に4名が集合。「2名が欠席して淋しい忘年会になった」と心配しましたが、むしろ親密な懇談で盛上がりました。甲子園人(大幹部)と枚方公園人(元人事)に、「今日は4時に起きて高速バスで5時間掛かった」「義母の介護を終えてホットした」「来年には交野に帰る」と話すゴルフガイの米子人(元輸出)が馳せ参じました。4人は職種も体験も違い、異色な話題が豊富で楽しい一時になりました。2次会(ラウンジ陽子)は貸切、各人夫々に新たな歌を仕込んで熱唱しました。
●12/15(金)夕刻、4ヵ月振りの「よし春会」(京橋、御馳走よし春)に甲子園人を筆頭に元技術屋などの7名が集いました。ビール・焼酎・熱燗・ひれ酒・ウィスキーに分かれ、店自慢の鮮魚料理を味わいました。3名が欠席、健康問題・Panasonic社・ビットコイン・台湾・中国など話題も豊富で楽しく盛り上がりました。
●12/16(土)夕刻、堺のお爺ちゃんがお酒を手土産に、泉北から1時間余掛かって単身でお出でになりました。お父さんは塾通いの孫の送迎に備えてお酒が飲めず、同い年の酒好き爺さん2人だけで初めて盃を交わすことになりました。堺のお爺ちゃんは京都のいとこと同様に温厚誠実な元銀行マン、子育てに熱心で4人の優秀なお子さんは全て国公立大を卒業、今は畑を耕して散策が趣味。私は営業マン的な元技術者、子育てには無頓着で3人の子供は全員私大出身、今は人との交わりを楽しんでいます。お互いに好々爺になって穏やかな老人生活、お母さん(娘)の手料理でビールからワイン、日本酒とゆっくりと飲み続け、農作業の苦労話や孫の話などで和気藹々と盛り上り、心地よく酔って就眠しました。
●12/17(日)午前、家内の施設の家族懇談会があり、施設の現況報告と今後の展開が披露されました。ケアマネ出身で誠実で好感の持てる50代社長が、「入居者は50名の満室。平均介護度2.7・平均年齢83.9歳・75%が女性・鬼籍者3名・新入居者3名」「常勤看護師6名、非常勤看護師3名、1日3-7名体制。スタッフ教育を充実する」「避難確保計画不要の立地場所に拘わらず備蓄水と食料の保存を行う」「来年2月から枚方公園駅から1時間1本の巡回バスが運行される」「放漫経営で倒産する同業者も多い中、黒字経営を守る」と挨拶。10余名の家族が出席し、ややこしい質問もなく無事終わりました。
●12/17正午、恒例の「クリスマスパーティ」に50名の入居者に孫や曾孫などの家族も加わって食堂いっぱい、我家は孫・お父さん・堺のお爺ちゃん・私の4名が参加。職員は「焼きそば・おでん・フライドポテト・ケーキなど」の配膳に大童。男女6名のシルバーウクレレバンドがハワイアンや懐メロを演奏で全員が合唱。入居者の中でも若くて元気な家内は職員に引っ張り出されて楽しそうに踊り、人気者になっています。興味津々の堺のお爺ちゃんも宴に溶け込んで楽しそうでした、閉宴後にお父さんが枚方市駅まで送りしました。
●12/17夕刻、「エレガンスサロン」(北新地、モナリザ)に1ヵ月振りに5名が集合。2ヵ月毎の土日交互開催ですが、会員の多くは仕事や趣味などで忙しく足並みが揃いません。発足以来の常連4名はほぼ皆勤、芦屋人(大学教員)が発足当初からの写真を持参し、7年前の姿と比較するとお互いに随分老けましたが、ママは若さを保っています。熱燗を飲みながら、アメリカに住む孫のスケートやヴァイオリンを弾く写真を披露する寝屋川人(画家)、酔っての失敗談を語る芦屋人と川西人(環境コンサルタント)などの話で盛上がり、空オケなしの忘年会になりました。ママから土産を貰い、寒い夜道を芦屋・川西・寝屋川・枚方に分かれました。
●12/19(火)正午、「客員会」(Hアゴーラ大阪守口)に今年初参加(年3回開催)、112名が集いました。最近の客員任命は上位役員のみになり、新入会員が少なくなって高齢化が進みましたが、96歳の最高齢先輩が元気に参加しました。ビデオ出身者も鬼籍に入った人や体調を崩した人で参加者が激減して4名でした。余興の若手講談師・旭堂南湖師の「忠臣蔵47士の一節」を楽しみました。代表から「パナの電動自転車とモーターキット事業が世界に貢献している」と挨拶後に金婚式祝や長寿祝の記念品贈呈がありました。2人の同期生と挨拶を交わし、「ミスターVHS」と言われてくすぐったく思いました。当時は松下電器の大半の利益を稼ぎ、全社から感謝されました。VHS事業の舵取りをした元社長(当時は事業部長-役員)、VHSファミリー戦略を実現した元副社長(技術部長-事業部長)、VHS商品開発の実務隊長の私(課長-部長)、他がミスターVHSと呼称され、松下が世界一のVHS技術力を誇った懐かしい時代でした。(H29.12.29)
 

H29年12月中半期:末期癌の後輩を見舞、澄んだ心に圧倒されました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年12月14日(木)21時13分57秒
  ●12/8(金)午後、AVデバ工の所長時代(1990~1993)にヒューレットパッカード社(米、HP社)と世界初の「電気回路基板のデジタル実装検査工法」を共同開発した後輩を当時の関係メンバーを誘って見舞(松下病院緩和ケア病棟)ました。「そろそろ3人食事会を再会しょう」と話していた時に、後輩から「癌が転移してホスピスに入院した」と近況報告を受けてびっくり。20余年前に後輩夫婦を拙宅にお招きするも暫くして「癌遺伝子を持つ家内は発症を物凄く気遣っていたが、1年検診を怠って末期胃癌を宣告された」と知らせを受け、「自らホスピス病院を下見し、葬儀の教会まで決めた」奥様をお見舞したときはその気丈な精神力の強さに圧倒されました。その後、ニュ-ジランドに留学した娘さんを交えて「偲ぶ会」を行いましたが、暫くして後輩自身が肝臓癌を発症し、退院後は「癌と共生する」と話して思うがままに「我が道」を歩みました。
●食欲が激減して細身になり、顔色もよく、理路整然とした語り口は病気を感じさせない現役時代の姿でした。「実は18年前にMRI検査時の造影剤の副作用で、癌治療を止めた」「現在は肝臓全体に癌が侵食」「骨に転移して激痛が走り、余命を宣告された」「雑念がなくなり、死の恐怖もない」と内訳、「この2年間はフィリッピンで知合った女性に24時間自宅介護を受けたが、大変安い介護料(日本人の1/3)で、フィリッピンの教会牧師を立会人に契約を交わした」「介護人は教師の資格を持ち、英語しか話さないが将来塾経営を目指して資金を蓄えており、大変親身に介護を受けた」「お金は自身で管理している」と貴重な体験談を聞きました。今も日々iPadで会話し、私も彼女に手を振って挨拶しました。50歳前に奥様に先立たれましたが、旺盛なチャレンジ精神で率先して早期退職、直に中小企業に請われて新規ビジネスを立上、仕事を止めてシャンソン歌手の全国ツアー企画に没頭、更には海外協力隊ボランティアでフィリッピン(治安が悪いミンダナオ島)の大学で2年間教鞭に立つなど…退職後は波乱万丈の人生をエンジョイされました。
●現役時代(1994)にデンバー(HP社)に一緒に出張し、昭和天皇が食事されたレストランに招待され、陛下と同じ席で昼食したのが物凄く名誉で懐かしい思い出になり、ロッキー山脈中腹の窓からの雄大な眺望は今も鮮明に記憶しています。また息子が末期癌を宣告された時、意気消沈した我夫婦に奥様の体験談の助言を受けました。「娘が仕事と子育ての忙しい中、よく世話してくれる」「音研仲間にクリスマスパーティをして貰った」と嬉しそうに話し、「医者からは年末年始の寿命と言われたが、年明けまで生きる」と決意を述べ、別れ際に突然涙が溢れました。今一番食べたい物を尋ねると、「昔、母の造った家庭料理」と応えました。「私よりも一回りも若いのに」…人生の無情さと寿命は年齢に関係がないことをしみじみと感じました。息子を亡くした時は「運命」と悟り、「健康は本人しか分からない課題」と納得しざるを得ませんでした。「どのような言葉を交わせばよいか」と迷っていましたが、平常心で毅然と対応して頂いて感謝しました。「再び元気な姿に接することができれば」と願い、以上の思い出の一端を綴りました。
●12/12(火)、後輩に上記の思い出をメールし、「心証を害さなかったら、Web日記にアップロードしてもよろしいか」と尋ねたところ、「大脇先生、ありがとうございます。本当にありがとうございます。読み終わって涙が止まりませんでした。仕事で大変お世話になり、家内や家族を労って頂き、その上尚今の私まで。先生にお仕え出来たことが私の人生の大きな思い出になりました。ありがとう御座いました。どうぞアップロードの程、宜しくお願いします」と即座の返信に物凄く感動しました。後輩とは私が定年後(1996)にプライベートな交流が続いたので、未だに関西外大教授(1997~2007)の印象が強く残っているようです。
●12/13(水)、ご夫妻をよく知る家内(体力が衰えて施設に入居中)に事情を説明すると、「病魔が憎らしい、我余命を差し上げたい」と話し、過日奥様がホシピス入院を覚悟されたとき、「交わす言葉が見付からず、お見舞を失礼して申訳なかった」と釈明しました。息子が3ヶ月間、近くの厚生年金病院に入院した時(2004)は一度も帰宅せず、ベッドに付き切りで介護しました。入院中激痛に苦しんだ息子は一切食べ物を口にせず、親友とも会いたがらず、最後に「親父、元気になったら飲みに行こうね」の言葉に癒されましたが、親として何もできず無念でした。親愛なる後輩は「ホスピスに入院して激痛は無くなった」と内訳ました。「お子やお孫さんのために、平常心で一日も長く生き延びられるように」と祈願します。(H29.12.14)
 

H29年12月前半期:OR会・京響友の会・いとこ3夫婦会・睦和会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年12月 7日(木)10時42分6秒
  ●12/1(金)正午、「OR会」(門真、松心会館)に新入が1名加わって16名が集合。92歳の会長が「私は100歳まで生きたい」と宣誓して乾杯、「足は衰えたが、空オケには行っている」と元気に話しました。幹事は脚力を気遣って会場と自宅(香里園)との行来をタクシーで送迎しました。中国通のカメラマンが7月に我家を訪ねた時に写した孫の写真を会場で披露すると、「可愛い!」「お爺ちゃんに似なくてよかった!」と多数から言われて内心笑み。年2回の開催毎に、80代の同志の欠席が増えて淋しくなりました。最後にカメラマンが声高らかに「フレー!フレー!OR会」「フレー!フレー!幹事」を合唱。解散後は何時も通りに若手は空オケ、我3人組はコーヒー談笑…大和田人(老人会長)は「役員らと片山津温泉を旅して近江市場(金沢)でM7 会メンバーと会った」と話し、癌を患った香里人(元役員)は足取り元気でも、「次回参加できるかなぁ!」と弱音発言。香里人の同期(S32年入社)の空オケ会(8名)と隣り合せになり、半分程は顔見知りの先輩、世話役(元半導体屋)から同期会の年報や記念集を見せて貰い、そのリーダーシップに感心しました。
●12/2(土)午前、会員招待の「京響友の会コンサート」(京都コンサートホール)に家内と電車で参加、広上淳一常任指揮者(兼ミュージック・アドバイザー)の指揮で、会員のリクエストから選ばれた4曲が司会者の紹介を交えて演奏され、指揮者は「指揮者コンクールで落選した苦い思い出の曲ばかり」と吐露しました。1)ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」、2)リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」の第3楽章、3)チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の第4楽章、4)リストの交響詩「前奏曲」…いずれも慣れ親しんだ楽しい曲ばかりでした。終演後は楽団員との懇親会が開かれ、参加者全員にサンドイッチと飲物が配られました。平竹副団長(京都市文化芸術政策監)から「市民に支えられて、今年で創立61年。日本の5傑に選ばれる程の演奏レベルに達した」と挨拶がありました。植物園の紅葉を覗きながら帰路、枚方市駅周辺で夕食(サンゼリア)…野菜サラダ・ピリ辛チキン・スパゲティなどをあてに家内と赤ワインのデカンタ大を2杯飲み、孫の土産にピザをテイクアウト。お父さんに枚方市駅まで往復送迎をして貰いましたが、孫は家族ぐるみの塾通い(大阪市内)でした。
●12/3(日)正午、家内が帰宅すると早速爺さんは餃子を焼き、アスパラ・ベーコン・トマトのスパゲティと子芋の煮付を作り、家内は美味しそうに食べました。テレビにかぶりつくのが嫌いで、洗濯物を畳み、食器類を洗い、野菜を選別しました。前日はリハビリを休んで入浴サービスが受けられなかったので、夕刻に孫と一緒に風呂に浸かりました。日曜日の夕刻は家内を施設、お父さんを枚方公園駅に送るのが日課です。
●12/4(月)正午、「いとこ3夫婦(めおと)会」(北新地、穂の河)で行いました。京都と守山のいとこ夫妻を丸ビルの1階ロビー(待ち合せ用の椅子がいっぱい)で出迎えて食事処に引率。日頃の感謝を込めて奥様方は上座に座り、会席料理を賞味。ほんわか家内は赤ワインを2杯飲んでほろ酔いの上機嫌、山科のしっかり奥様は生ビールを飲んでお喋りが弾み、京都のテキパキ奥様はビールを少々飲んで何時も通りにご主人とユーモラスな夫婦漫才。旦那衆は熱燗と焼酎組に分かれ、全員が品数の多さにびっくり、最後の鯛とシメジの雑炊が食べ切れずで大満足。若い女性板さんが料理を運び、「まだ修業中で1人前になるのに3年、後は才能次第」と内訳ました。帰路喫茶店に立寄り、談笑が続き、次回は3月開催を約束、JR・阪急・京阪に分かれました。守山のいとこは今もシルバーPC教室の先生を務め、京都のいとこは元事務長を務めた病院の女医・看護師さんから「食事会に誘われる」と満面笑み、2人共元気もりもりでした。
●12/6(水)正午、S35年入社の「睦和会」(京都四条、祥風楼)に12名が半年振りに集い、全員が体調不良の欠席者を気遣いました。黄桜の直営店でしか飲めない地ビールと社長差入れの冷酒を全員が賞味。新入社員当時の麻雀仲間が1年振りに参加して話が弾みました…「定年後秋田の実家に戻り、不動産の処理に困ったことや再び草津の駅前のマンションに住んで生活が快適になり運転免許を返上した」と内訳ました。副社長を務めた仲間は石田光秀の末裔で1族は青森に移り、姓名を変えて潜み、本人は15代目と初めて暴露すると、全員が仰天。パーキンソン病を患っている仲間が食事中に突然椅子から転げ落ち、暫く意識が無くなって救急車を呼ぶ大騒動になり、京都府警も事情聴取にやって来るなど多くの人が支えました。老人社会の大変さを実感、我80代は家族を頼らざるを得なくなりました。(H29.12.7)
 

H29年11月後半記:通院が続き、過日を懐かしみ、京響の公演に感動、OB会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年11月30日(木)22時32分59秒
  ●11/22(水)午前、家内のインフルエンザ予防接種(大谷ハートクリニック)。11/30(木)午後、家内のホームドクター(香里ヶ丘有恵会病院)通院。家内が後期高齢者になり、医療費が1割から3割に急上昇。夫婦別々に確定申告を行っているので、市役所に理由を問合せると、「後期高齢者は国民健康保険から大阪府後期高齢者医療広域連合に変り、確定申告は無関係、世帯主が3割であれば、同一家族は同一負担」と説明がありました。仕組みの違いで年金生活者にとっては大きな負担増になり、「公の制度が統一されていない」のに初めて気付きました。「制度の不一致」は法律の矛盾、この規制緩和は必須と思いました。
●11/23(木、祝)、孫のお父さんが4連休で帰宅するも休養と仕事で忙しい様子。午後の買物中に孫から「今日塾は休み、爺ちゃんと夕ご飯いっしょに食べるよ、お母さんが準備しているから何にも買わないでね」との電話、家内の翌日の昼ご飯の食材のみにました。久し振りに孫家族と夕食を一緒に食べ、お父さんもお酒を飲んでリラックス。何時も土曜日は塾の送迎で夕食も遅く、お酒も飲めません。
●11/24(金)正午、家内は「施設の有志に誕生会をして貰った」と大喜びして帰宅。爺さんの手料理(焼肉など3-4品)を美味しそうに食べ、友人や知人に会うと「爺さんの味付けは美味しい」と言ってくれます。20余年続くNV会の現幹事から「退会者が出た」とのメールを受信、ご本人(東大卒)の手紙が添付…「もの忘れがひどくなり、今後の参加ができなくなった。今後の案内を辞退する」。松下幸之助創業者が地域販売の乱れで全国の販社社長に跪いた「熱海会談」の貴重な体験者の1人、アメリカ松下のトップを務めた大先輩は退職後に「大脇さんが幹事を務める間は必ず参加する」と10年以上幹事を務めた当時は関東から皆勤して頂きました。現役時代はアメリカ出張でお世話になり、松下寿の高松本社通い(当時の稲井社長にアメリカの市況報告)に連添ったことなどを思い出し、「これも人生」と淋しさもひとしおでした。
●11/25(土)午後、”菊名人“から突然「菊の寿命が来た」「綺麗に咲いていても、直に散ってしまう」と電話があり、近所から撤収にやって来ました。「家でコーヒーでも飲もう」と誘うと、「私は腎臓を患っているので、コーヒーは飲めない」と言われ、ついつい寒い玄関で30分程立話。「菊花展示品の1組に水を控て出品してしまい、3部門全入賞を逸した」と悔やみ、「今年は甲子園の大幹部にも持参し、奥様に大変喜んで頂いた」「透析間際で食物選びに夫婦で苦労し、OB会はメニューが選べずで不参加、居酒屋には行く」「ウィスキーや焼酎の蒸留酒で晩酌する」「年末夫婦でフランスとドイツを旅行する」と内訳ました。奥様は大阪万博当時に我家を訪ねて家内もよく知る仲、菊名人がフランス工場(ロンギ)の責任者で赴任中にお宅を訪ねて奥様に日本料理をご馳走になり、帰国時に夫婦を拙宅に招いたことを懐かしく思い出しました。
●11/26(日)午後、「京響定期演奏会」(京都コンサートホール)に家内と出向きました。下野竜也常任主席客員指揮のベートーヴェン(1770-1827)のピアノ協奏曲第5変ホ長調「皇帝」とジョン・アダムス(1947~)の「ハルモニーレーレ」の2曲。1曲目は雄々しくて華麗で繊細な「皇帝」を世界的に活躍する若き女性ピアニスト“アンナ・フェドヴァ”(ウクライナ)が力強い演奏をしました。ベートーヴェンが最後に書いたピアノ協奏曲、私には「英雄」「第九」と同様に感動的な曲、京響2年振りの公演でした。2曲目は現存作曲家(70歳のアメリカ人)の管弦楽曲、今回が日本公演3回目の稀な演奏会に恵まれました…大編成で賑やかで騒々しい曲でしたが、思いのほか聞きやすかったです。日本で公演されない曲にチャレンジする下野指揮者の挑戦魂に敬意を表しました。
●11/28(火)正午、「E杯世話役会」(がんこ寿司枚方店)に3名が集合。年3回の開催毎に世話役が集まって相談、「2/1、北新地で開催」を決め、早速食事処を予約しました。私より随分後輩と思っていた2人も70歳を超えてびっくり、芦屋人は1男1女に孫1人ずつで娘さんが近くに住んで日々行来、奥様が実母の介護で忙しい枚方人は家事を分担して近くに住む1人息子夫婦・1人孫と暫し行来…孫の話で盛り上がりました。空オケ(ベル)に出向くと10名程の団体客で満席、席を詰めて貰って仲間入り、歌手ばかりでした。2人共空オケは「大脇さんと一緒の時だけ」と話し、約2時間で2曲ずつ歌って帰りました。
●11/29(水)午後、11/30(木)午後、家内の通院(東香里病院、香里ヶ丘有恵会病院)に付添、共に「変化なし」でした。両日の爺さん手料理は肉じゃが・おでん・生姜焼きそば・焼餃子・蕪漬などでした。(H29.11.30)
 

H29年11月中半記:同窓と昼食空オケ・能率協会のセミナー・いとこ家族会などを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年11月22日(水)13時02分10秒
  ●11/15(水)午前、義弟が丹精込めて作った薩摩芋をお隣2軒(我家と同年代の徳島と大阪出身のご夫妻)にお注分けすると、「毎年美味しく頂いています」と喜んで貰いました。結婚して子育て時代から奥様同士は50余年来のお付合い、郷などからの贈物を分け合ってきましたが、仕事で忙しかった旦那同士は今も立ち話する程度。共に近くにお子家族が住まれて日々行来されており、「老いて子供に見守られる環境下で、夫婦元気で暮らせることが何よりの幸せ」と思うようになりました。子や孫に感謝です。
●11/15(水)正午、家内と空オケの友となった高校同窓(家内の姉さんをよく知る同窓)を誘って、「昼食空オケ」(がんこ寿司枚方店、ベル)を行いました。同窓は癌などの大病を克服し、最近は三味線やピアノを伴奏にコーラスグループ活動をして日々忙しく、ご主人は2回の癌手術後「癌の取り残しか、再発か」で悩み、「酒好きが一滴も飲まず、外出もしなくなった」「私の外出が続くので、主人が食事を作ってくれる」と話す仲良夫婦。舞台付きの空オケ喫茶は3人の先客が帰り、我等3人のみになりました。同窓は裕次郎の歌など、家内はひばりの歌などを約3時間10曲ほど歌い続け、2人とも持ち歌が無くなるほどに堪能しました。「今日は楽しかった。旦那もおみやげを美味しく頂きました」とお礼のメールが届きました。
●11/16(木)午後、大阪能率協会アジア中国事業部11月例会「習近平体制の2期目と中国情勢」(外務省アジア大洋州局・石川浩司審議官)の講演会(大阪産業創造館、有料)に78名(各社OB)が集いました。中米に詳しい現役審議官が「中国で今何が起き、どこに向かおうとしているのか」を3つのポイントに絞り、中国駐在公使の体験を基に解説しました。1つは「集権化する中国」…習近平の特色ある社会主義思想の実現で、強くなる中国(強国)の基に党内の中央(習近平)への服従を目指す。2つは「多様化する中国」…日本経済は高止まりしたが、中国経済は2009年日本を抜いた後も上昇を続けて個人の経済も教育も向上した。3つは「顕在化する中華思想」…力がなかったから近代の屈辱(アヘン戦争、日清・日中戦争)を味わった、国力を回復してあるべき姿に戻す(歴史カード)。“毛沢東時代”は統一と建国、功績第1で誤りは第2。“鄧小平時代”は毛沢東時代を反省して集団指導体制で経済発展したが、腐敗を生んだ。”胡錦涛時代”は共産党が揺らいだ。“習近平”は革命2世で地方からの叩き上げ、反腐敗と社会を引締め、核心化を目指した。参加者の多くは「今後の日中関係」に興味がありましたが、習近平の本質は「中国は中国」、地方時代は日本大使館がレセプションの案内を出せば参加する義理堅さはあったが、審議官は「日中関係は普通」と推測。久し振りに講演を聴き、語り掛ける話声は聞き取り難く、黒板の小さな文字は読み難く、老化を自覚しました。
●11/19(日)午前、「いとこ3家族会」は七条京阪でマドンナの車にピックアップして貰い、亀岡に向かいました。昼2組(1組ずつ2回)しかとらない「フランス制作料理店」(最寄駅・JR八木駅、古民家レストラン淳)は雑誌にも紹介され、マドンナがネットで見付けました。亀岡郊外の山林地帯を走り、昭和の懐かしい田園風景の中、細い農道を何度も曲って辿り着いた場所でした。祇園の料亭で修業した若くて優しい料理人(長尾シェフ)が地元に帰って、江戸時代に建てた民家(ゲストハウス藤原邸)を間借りして改装もせずのままに開業。地元野菜を使い、地場の店で肉も魚も仕入れ、食材を工夫して一品一品時間を掛けたフルコース料理は何れも美味。この日は1組だけで、3時間程おしゃべりしました。上品で洒落た食器も家主の持ち物を使っているとのこと。近所の奥様方が獲ってきたバケツのメダカを覗き、京都のいとこは「家で飼いたい」と所望すると、3匹ビニール袋に入れて貰いました。亀岡の紅葉名所は散り始め、京都は紅葉狩りで超満員。
●11/20(月)午前、車の車検でマツダの販売店に納車し、代車を借りました。5年目(走行距離は約2万5千㎞)の車検とタイヤ交換、事故修理を含めて約40万円の見積もりに仰天。「車は安全を重視すると、走行距離に関係なく、部品交換が必要」と言われました。家内と昼食後、郵便局で国債の償還を受け、税務署に立寄り、株式の損金の税務処理法(株式売買損益のみで処理し、総合所得には無関係)を尋ねました。
●11/21(火)午前、ホームドクターに通院、 前回30年以上利用していた調剤薬局店主に「大阪府からゼネリックに変えよと要請がきた」と話すと、「我店では扱いをまだ決めていない、守らなくとも罰則はない」とセールスマインドの無さに「お客は少しでも安いものが欲しい」と怒り、今回から店を変更しました。(H29.11.22)
 

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