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H29年12月中半期:末期癌の後輩を見舞、澄んだ心に圧倒されました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年12月14日(木)21時13分57秒
  ●12/8(金)午後、AVデバ工の所長時代(1990~1993)にヒューレットパッカード社(米、HP社)と世界初の「電気回路基板のデジタル実装検査工法」を共同開発した後輩を当時の関係メンバーを誘って見舞(松下病院緩和ケア病棟)ました。「そろそろ3人食事会を再会しょう」と話していた時に、後輩から「癌が転移してホスピスに入院した」と近況報告を受けてびっくり。20余年前に後輩夫婦を拙宅にお招きするも暫くして「癌遺伝子を持つ家内は発症を物凄く気遣っていたが、1年検診を怠って末期胃癌を宣告された」と知らせを受け、「自らホスピス病院を下見し、葬儀の教会まで決めた」奥様をお見舞したときはその気丈な精神力の強さに圧倒されました。その後、ニュ-ジランドに留学した娘さんを交えて「偲ぶ会」を行いましたが、暫くして後輩自身が肝臓癌を発症し、退院後は「癌と共生する」と話して思うがままに「我が道」を歩みました。
●食欲が激減して細身になり、顔色もよく、理路整然とした語り口は病気を感じさせない現役時代の姿でした。「実は18年前にMRI検査時の造影剤の副作用で、癌治療を止めた」「現在は肝臓全体に癌が侵食」「骨に転移して激痛が走り、余命を宣告された」「雑念がなくなり、死の恐怖もない」と内訳、「この2年間はフィリッピンで知合った女性に24時間自宅介護を受けたが、大変安い介護料(日本人の1/3)で、フィリッピンの教会牧師を立会人に契約を交わした」「介護人は教師の資格を持ち、英語しか話さないが将来塾経営を目指して資金を蓄えており、大変親身に介護を受けた」「お金は自身で管理している」と貴重な体験談を聞きました。今も日々iPadで会話し、私も彼女に手を振って挨拶しました。50歳前に奥様に先立たれましたが、旺盛なチャレンジ精神で率先して早期退職、直に中小企業に請われて新規ビジネスを立上、仕事を止めてシャンソン歌手の全国ツアー企画に没頭、更には海外協力隊ボランティアでフィリッピン(治安が悪いミンダナオ島)の大学で2年間教鞭に立つなど…退職後は波乱万丈の人生をエンジョイされました。
●現役時代(1994)にデンバー(HP社)に一緒に出張し、昭和天皇が食事されたレストランに招待され、陛下と同じ席で昼食したのが物凄く名誉で懐かしい思い出になり、ロッキー山脈中腹の窓からの雄大な眺望は今も鮮明に記憶しています。また息子が末期癌を宣告された時、意気消沈した我夫婦に奥様の体験談の助言を受けました。「娘が仕事と子育ての忙しい中、よく世話してくれる」「音研仲間にクリスマスパーティをして貰った」と嬉しそうに話し、「医者からは年末年始の寿命と言われたが、年明けまで生きる」と決意を述べ、別れ際に突然涙が溢れました。今一番食べたい物を尋ねると、「昔、母の造った家庭料理」と応えました。「私よりも一回りも若いのに」…人生の無情さと寿命は年齢に関係がないことをしみじみと感じました。息子を亡くした時は「運命」と悟り、「健康は本人しか分からない課題」と納得しざるを得ませんでした。「どのような言葉を交わせばよいか」と迷っていましたが、平常心で毅然と対応して頂いて感謝しました。「再び元気な姿に接することができれば」と願い、以上の思い出の一端を綴りました。
●12/12(火)、後輩に上記の思い出をメールし、「心証を害さなかったら、Web日記にアップロードしてもよろしいか」と尋ねたところ、「大脇先生、ありがとうございます。本当にありがとうございます。読み終わって涙が止まりませんでした。仕事で大変お世話になり、家内や家族を労って頂き、その上尚今の私まで。先生にお仕え出来たことが私の人生の大きな思い出になりました。ありがとう御座いました。どうぞアップロードの程、宜しくお願いします」と即座の返信に物凄く感動しました。後輩とは私が定年後(1996)にプライベートな交流が続いたので、未だに関西外大教授(1997~2007)の印象が強く残っているようです。
●12/13(水)、ご夫妻をよく知る家内(体力が衰えて施設に入居中)に事情を説明すると、「病魔が憎らしい、我余命を差し上げたい」と話し、過日奥様がホシピス入院を覚悟されたとき、「交わす言葉が見付からず、お見舞を失礼して申訳なかった」と釈明しました。息子が3ヶ月間、近くの厚生年金病院に入院した時(2004)は一度も帰宅せず、ベッドに付き切りで介護しました。入院中激痛に苦しんだ息子は一切食べ物を口にせず、親友とも会いたがらず、最後に「親父、元気になったら飲みに行こうね」の言葉に癒されましたが、親として何もできず無念でした。親愛なる後輩は「ホスピスに入院して激痛は無くなった」と内訳ました。「お子やお孫さんのために、平常心で一日も長く生き延びられるように」と祈願します。(H29.12.14)
 
 

H29年12月前半期:OR会・京響友の会・いとこ3夫婦会・睦和会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年12月 7日(木)10時42分6秒
  ●12/1(金)正午、「OR会」(門真、松心会館)に新入が1名加わって16名が集合。92歳の会長が「私は100歳まで生きたい」と宣誓して乾杯、「足は衰えたが、空オケには行っている」と元気に話しました。幹事は脚力を気遣って会場と自宅(香里園)との行来をタクシーで送迎しました。中国通のカメラマンが7月に我家を訪ねた時に写した孫の写真を会場で披露すると、「可愛い!」「お爺ちゃんに似なくてよかった!」と多数から言われて内心笑み。年2回の開催毎に、80代の同志の欠席が増えて淋しくなりました。最後にカメラマンが声高らかに「フレー!フレー!OR会」「フレー!フレー!幹事」を合唱。解散後は何時も通りに若手は空オケ、我3人組はコーヒー談笑…大和田人(老人会長)は「役員らと片山津温泉を旅して近江市場(金沢)でM7 会メンバーと会った」と話し、癌を患った香里人(元役員)は足取り元気でも、「次回参加できるかなぁ!」と弱音発言。香里人の同期(S32年入社)の空オケ会(8名)と隣り合せになり、半分程は顔見知りの先輩、世話役(元半導体屋)から同期会の年報や記念集を見せて貰い、そのリーダーシップに感心しました。
●12/2(土)午前、会員招待の「京響友の会コンサート」(京都コンサートホール)に家内と電車で参加、広上淳一常任指揮者(兼ミュージック・アドバイザー)の指揮で、会員のリクエストから選ばれた4曲が司会者の紹介を交えて演奏され、指揮者は「指揮者コンクールで落選した苦い思い出の曲ばかり」と吐露しました。1)ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」、2)リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」の第3楽章、3)チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の第4楽章、4)リストの交響詩「前奏曲」…いずれも慣れ親しんだ楽しい曲ばかりでした。終演後は楽団員との懇親会が開かれ、参加者全員にサンドイッチと飲物が配られました。平竹副団長(京都市文化芸術政策監)から「市民に支えられて、今年で創立61年。日本の5傑に選ばれる程の演奏レベルに達した」と挨拶がありました。植物園の紅葉を覗きながら帰路、枚方市駅周辺で夕食(サンゼリア)…野菜サラダ・ピリ辛チキン・スパゲティなどをあてに家内と赤ワインのデカンタ大を2杯飲み、孫の土産にピザをテイクアウト。お父さんに枚方市駅まで往復送迎をして貰いましたが、孫は家族ぐるみの塾通い(大阪市内)でした。
●12/3(日)正午、家内が帰宅すると早速爺さんは餃子を焼き、アスパラ・ベーコン・トマトのスパゲティと子芋の煮付を作り、家内は美味しそうに食べました。テレビにかぶりつくのが嫌いで、洗濯物を畳み、食器類を洗い、野菜を選別しました。前日はリハビリを休んで入浴サービスが受けられなかったので、夕刻に孫と一緒に風呂に浸かりました。日曜日の夕刻は家内を施設、お父さんを枚方公園駅に送るのが日課です。
●12/4(月)正午、「いとこ3夫婦(めおと)会」(北新地、穂の河)で行いました。京都と守山のいとこ夫妻を丸ビルの1階ロビー(待ち合せ用の椅子がいっぱい)で出迎えて食事処に引率。日頃の感謝を込めて奥様方は上座に座り、会席料理を賞味。ほんわか家内は赤ワインを2杯飲んでほろ酔いの上機嫌、山科のしっかり奥様は生ビールを飲んでお喋りが弾み、京都のテキパキ奥様はビールを少々飲んで何時も通りにご主人とユーモラスな夫婦漫才。旦那衆は熱燗と焼酎組に分かれ、全員が品数の多さにびっくり、最後の鯛とシメジの雑炊が食べ切れずで大満足。若い女性板さんが料理を運び、「まだ修業中で1人前になるのに3年、後は才能次第」と内訳ました。帰路喫茶店に立寄り、談笑が続き、次回は3月開催を約束、JR・阪急・京阪に分かれました。守山のいとこは今もシルバーPC教室の先生を務め、京都のいとこは元事務長を務めた病院の女医・看護師さんから「食事会に誘われる」と満面笑み、2人共元気もりもりでした。
●12/6(水)正午、S35年入社の「睦和会」(京都四条、祥風楼)に12名が半年振りに集い、全員が体調不良の欠席者を気遣いました。黄桜の直営店でしか飲めない地ビールと社長差入れの冷酒を全員が賞味。新入社員当時の麻雀仲間が1年振りに参加して話が弾みました…「定年後秋田の実家に戻り、不動産の処理に困ったことや再び草津の駅前のマンションに住んで生活が快適になり運転免許を返上した」と内訳ました。副社長を務めた仲間は石田光秀の末裔で1族は青森に移り、姓名を変えて潜み、本人は15代目と初めて暴露すると、全員が仰天。パーキンソン病を患っている仲間が食事中に突然椅子から転げ落ち、暫く意識が無くなって救急車を呼ぶ大騒動になり、京都府警も事情聴取にやって来るなど多くの人が支えました。老人社会の大変さを実感、我80代は家族を頼らざるを得なくなりました。(H29.12.7)
 

H29年11月後半記:通院が続き、過日を懐かしみ、京響の公演に感動、OB会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年11月30日(木)22時32分59秒
  ●11/22(水)午前、家内のインフルエンザ予防接種(大谷ハートクリニック)。11/30(木)午後、家内のホームドクター(香里ヶ丘有恵会病院)通院。家内が後期高齢者になり、医療費が1割から3割に急上昇。夫婦別々に確定申告を行っているので、市役所に理由を問合せると、「後期高齢者は国民健康保険から大阪府後期高齢者医療広域連合に変り、確定申告は無関係、世帯主が3割であれば、同一家族は同一負担」と説明がありました。仕組みの違いで年金生活者にとっては大きな負担増になり、「公の制度が統一されていない」のに初めて気付きました。「制度の不一致」は法律の矛盾、この規制緩和は必須と思いました。
●11/23(木、祝)、孫のお父さんが4連休で帰宅するも休養と仕事で忙しい様子。午後の買物中に孫から「今日塾は休み、爺ちゃんと夕ご飯いっしょに食べるよ、お母さんが準備しているから何にも買わないでね」との電話、家内の翌日の昼ご飯の食材のみにました。久し振りに孫家族と夕食を一緒に食べ、お父さんもお酒を飲んでリラックス。何時も土曜日は塾の送迎で夕食も遅く、お酒も飲めません。
●11/24(金)正午、家内は「施設の有志に誕生会をして貰った」と大喜びして帰宅。爺さんの手料理(焼肉など3-4品)を美味しそうに食べ、友人や知人に会うと「爺さんの味付けは美味しい」と言ってくれます。20余年続くNV会の現幹事から「退会者が出た」とのメールを受信、ご本人(東大卒)の手紙が添付…「もの忘れがひどくなり、今後の参加ができなくなった。今後の案内を辞退する」。松下幸之助創業者が地域販売の乱れで全国の販社社長に跪いた「熱海会談」の貴重な体験者の1人、アメリカ松下のトップを務めた大先輩は退職後に「大脇さんが幹事を務める間は必ず参加する」と10年以上幹事を務めた当時は関東から皆勤して頂きました。現役時代はアメリカ出張でお世話になり、松下寿の高松本社通い(当時の稲井社長にアメリカの市況報告)に連添ったことなどを思い出し、「これも人生」と淋しさもひとしおでした。
●11/25(土)午後、”菊名人“から突然「菊の寿命が来た」「綺麗に咲いていても、直に散ってしまう」と電話があり、近所から撤収にやって来ました。「家でコーヒーでも飲もう」と誘うと、「私は腎臓を患っているので、コーヒーは飲めない」と言われ、ついつい寒い玄関で30分程立話。「菊花展示品の1組に水を控て出品してしまい、3部門全入賞を逸した」と悔やみ、「今年は甲子園の大幹部にも持参し、奥様に大変喜んで頂いた」「透析間際で食物選びに夫婦で苦労し、OB会はメニューが選べずで不参加、居酒屋には行く」「ウィスキーや焼酎の蒸留酒で晩酌する」「年末夫婦でフランスとドイツを旅行する」と内訳ました。奥様は大阪万博当時に我家を訪ねて家内もよく知る仲、菊名人がフランス工場(ロンギ)の責任者で赴任中にお宅を訪ねて奥様に日本料理をご馳走になり、帰国時に夫婦を拙宅に招いたことを懐かしく思い出しました。
●11/26(日)午後、「京響定期演奏会」(京都コンサートホール)に家内と出向きました。下野竜也常任主席客員指揮のベートーヴェン(1770-1827)のピアノ協奏曲第5変ホ長調「皇帝」とジョン・アダムス(1947~)の「ハルモニーレーレ」の2曲。1曲目は雄々しくて華麗で繊細な「皇帝」を世界的に活躍する若き女性ピアニスト“アンナ・フェドヴァ”(ウクライナ)が力強い演奏をしました。ベートーヴェンが最後に書いたピアノ協奏曲、私には「英雄」「第九」と同様に感動的な曲、京響2年振りの公演でした。2曲目は現存作曲家(70歳のアメリカ人)の管弦楽曲、今回が日本公演3回目の稀な演奏会に恵まれました…大編成で賑やかで騒々しい曲でしたが、思いのほか聞きやすかったです。日本で公演されない曲にチャレンジする下野指揮者の挑戦魂に敬意を表しました。
●11/28(火)正午、「E杯世話役会」(がんこ寿司枚方店)に3名が集合。年3回の開催毎に世話役が集まって相談、「2/1、北新地で開催」を決め、早速食事処を予約しました。私より随分後輩と思っていた2人も70歳を超えてびっくり、芦屋人は1男1女に孫1人ずつで娘さんが近くに住んで日々行来、奥様が実母の介護で忙しい枚方人は家事を分担して近くに住む1人息子夫婦・1人孫と暫し行来…孫の話で盛り上がりました。空オケ(ベル)に出向くと10名程の団体客で満席、席を詰めて貰って仲間入り、歌手ばかりでした。2人共空オケは「大脇さんと一緒の時だけ」と話し、約2時間で2曲ずつ歌って帰りました。
●11/29(水)午後、11/30(木)午後、家内の通院(東香里病院、香里ヶ丘有恵会病院)に付添、共に「変化なし」でした。両日の爺さん手料理は肉じゃが・おでん・生姜焼きそば・焼餃子・蕪漬などでした。(H29.11.30)
 

H29年11月中半記:同窓と昼食空オケ・能率協会のセミナー・いとこ家族会などを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年11月22日(水)13時02分10秒
  ●11/15(水)午前、義弟が丹精込めて作った薩摩芋をお隣2軒(我家と同年代の徳島と大阪出身のご夫妻)にお注分けすると、「毎年美味しく頂いています」と喜んで貰いました。結婚して子育て時代から奥様同士は50余年来のお付合い、郷などからの贈物を分け合ってきましたが、仕事で忙しかった旦那同士は今も立ち話する程度。共に近くにお子家族が住まれて日々行来されており、「老いて子供に見守られる環境下で、夫婦元気で暮らせることが何よりの幸せ」と思うようになりました。子や孫に感謝です。
●11/15(水)正午、家内と空オケの友となった高校同窓(家内の姉さんをよく知る同窓)を誘って、「昼食空オケ」(がんこ寿司枚方店、ベル)を行いました。同窓は癌などの大病を克服し、最近は三味線やピアノを伴奏にコーラスグループ活動をして日々忙しく、ご主人は2回の癌手術後「癌の取り残しか、再発か」で悩み、「酒好きが一滴も飲まず、外出もしなくなった」「私の外出が続くので、主人が食事を作ってくれる」と話す仲良夫婦。舞台付きの空オケ喫茶は3人の先客が帰り、我等3人のみになりました。同窓は裕次郎の歌など、家内はひばりの歌などを約3時間10曲ほど歌い続け、2人とも持ち歌が無くなるほどに堪能しました。「今日は楽しかった。旦那もおみやげを美味しく頂きました」とお礼のメールが届きました。
●11/16(木)午後、大阪能率協会アジア中国事業部11月例会「習近平体制の2期目と中国情勢」(外務省アジア大洋州局・石川浩司審議官)の講演会(大阪産業創造館、有料)に78名(各社OB)が集いました。中米に詳しい現役審議官が「中国で今何が起き、どこに向かおうとしているのか」を3つのポイントに絞り、中国駐在公使の体験を基に解説しました。1つは「集権化する中国」…習近平の特色ある社会主義思想の実現で、強くなる中国(強国)の基に党内の中央(習近平)への服従を目指す。2つは「多様化する中国」…日本経済は高止まりしたが、中国経済は2009年日本を抜いた後も上昇を続けて個人の経済も教育も向上した。3つは「顕在化する中華思想」…力がなかったから近代の屈辱(アヘン戦争、日清・日中戦争)を味わった、国力を回復してあるべき姿に戻す(歴史カード)。“毛沢東時代”は統一と建国、功績第1で誤りは第2。“鄧小平時代”は毛沢東時代を反省して集団指導体制で経済発展したが、腐敗を生んだ。”胡錦涛時代”は共産党が揺らいだ。“習近平”は革命2世で地方からの叩き上げ、反腐敗と社会を引締め、核心化を目指した。参加者の多くは「今後の日中関係」に興味がありましたが、習近平の本質は「中国は中国」、地方時代は日本大使館がレセプションの案内を出せば参加する義理堅さはあったが、審議官は「日中関係は普通」と推測。久し振りに講演を聴き、語り掛ける話声は聞き取り難く、黒板の小さな文字は読み難く、老化を自覚しました。
●11/19(日)午前、「いとこ3家族会」は七条京阪でマドンナの車にピックアップして貰い、亀岡に向かいました。昼2組(1組ずつ2回)しかとらない「フランス制作料理店」(最寄駅・JR八木駅、古民家レストラン淳)は雑誌にも紹介され、マドンナがネットで見付けました。亀岡郊外の山林地帯を走り、昭和の懐かしい田園風景の中、細い農道を何度も曲って辿り着いた場所でした。祇園の料亭で修業した若くて優しい料理人(長尾シェフ)が地元に帰って、江戸時代に建てた民家(ゲストハウス藤原邸)を間借りして改装もせずのままに開業。地元野菜を使い、地場の店で肉も魚も仕入れ、食材を工夫して一品一品時間を掛けたフルコース料理は何れも美味。この日は1組だけで、3時間程おしゃべりしました。上品で洒落た食器も家主の持ち物を使っているとのこと。近所の奥様方が獲ってきたバケツのメダカを覗き、京都のいとこは「家で飼いたい」と所望すると、3匹ビニール袋に入れて貰いました。亀岡の紅葉名所は散り始め、京都は紅葉狩りで超満員。
●11/20(月)午前、車の車検でマツダの販売店に納車し、代車を借りました。5年目(走行距離は約2万5千㎞)の車検とタイヤ交換、事故修理を含めて約40万円の見積もりに仰天。「車は安全を重視すると、走行距離に関係なく、部品交換が必要」と言われました。家内と昼食後、郵便局で国債の償還を受け、税務署に立寄り、株式の損金の税務処理法(株式売買損益のみで処理し、総合所得には無関係)を尋ねました。
●11/21(火)午前、ホームドクターに通院、 前回30年以上利用していた調剤薬局店主に「大阪府からゼネリックに変えよと要請がきた」と話すと、「我店では扱いをまだ決めていない、守らなくとも罰則はない」とセールスマインドの無さに「お客は少しでも安いものが欲しい」と怒り、今回から店を変更しました。(H29.11.22)
 

H29年11月前半記:エレガンスサロン・菊名人作品・M7会・家内誕生会・枚方市菊花展を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年11月14日(火)08時33分33秒
  ●11/4(土)夕刻、「エレガンスサロン」(北新地、モナリザ)に8名が集合、中国通のカメラマンと初参加で第9を歌った元真珠屋さんが久し振りに加わり、賑やかな異業種交流会になりました。真珠屋さんが沢山の銀杏を持参、早速ママがフライパンで煎り、全員でご相伴、酒のあてによく合いました。参加者全員が1袋ずつ頂き、「フライパンでは10分程掛かるが、封筒に少し塩を混ぜてレンジで2-3分の加熱で簡単に煎れる」と解説…家で早速試みるとパンパン爆ぜて上手く焼け、孫は「美味しい、学食で食べたことがある」、家内とお父さんは「懐かしくて美味しい」と話しました。また大学の先生が「大脇さん好物のラオスのリキュールを持参したよ」と話し、早速全員が一杯ずつご相伴し、残りは全部私が飲干してしまいました。友人がラオスでリキュールを作り始め、国の認可を得て日本で売込んだそうですが、甘いリキュールを飲む習慣がなくて売れなかつた様で、今はヨーロッパで販促中と紹介。この日は話題豊富で盛上り、空オケタイムも削られてしまい、全員が2-3曲ずつ熱唱しました。終了後の店のビル前で定例の記念撮影、アベックの男性にシャッターを依頼、お爺さん8人の中に相方のギャルが入り、出来上がり写真はまぶしいほどの若さが際立ちました。
●11/7(火)午前、菊造り名人に今年も大鉢3輪を届けて貰いました。昨年はウェーデングドレスの如き純白、今年は上品な黄色。「雨や直射日光に当たらない様にすれば、2-3週間は持つ」と助言され、玄関に置いて家の出入りの都度鑑賞できるようにすると、早速隣の孫の姉弟友達が訪ねて「おじいちゃん、菊綺麗!」と喜んでくれました。恒例の枚方市菊花展(11/3-13)から岡東公園で始まっていますが、名人は大中小の3種の鉢を5鉢ずつ展示、出来ばえは気候に左右され、今年は早咲きだそうです。1年間毎日世話をして1ヵ月程の花嫁の如きで、育て方の微妙なノウハウを積上げる楽しさがあるようです。毎朝1Lの水を灌ぐのが朝の日課になりましたが、孫が「爺ちゃん、菊に水やるよ」とサポートしてくれます。
●11/8(水)正午、家内が後期高齢者を迎えて初めての肺炎ワクチンの接種(大谷ハートクリニック)、効果は5年間ですが、肺炎の種類も多く、全てには効かないようです。近年大先輩や後輩が肺炎で亡くなり、体力不足や病み上がりが原因でした。10年程前に肺炎で入院した私はその怖さを知り、昨年2回目のワクチン接種、夫婦共々定期的に検診(血液検査、MRI、CTスキャン、内視鏡…)を行い、健康管理に努めています。帰宅して久し振りに家内の好物のマナガツオを炊きましたが、骨も柔らかで「美味しい」と言ってくれました。
●11/9(木)正午、「M7会」(北新地、穂の河)に元ビデオの同志7名(元ビデオ3名と元中研4名)が集合、発足会になりました。大阪駅から少し離れた食事処は殆どが初めて、早目に出向いて電話待機をするつもりでしたが、パソコン修理が朝方まで掛かって寝過ごし、世話役が30分遅刻する大失態を犯しました。金沢から馳せ参じた同期生(大幹部の大学後輩)は中研山岳部を創部して今はエッセイスト、「新幹線の開通で、金沢は外国の旅行者で溢れている」と話し、大幹部(元副社長)を中心に老人会長・町内会役員・オーディオマニア・元国立大副学長・元大学教授などのユニークな話題の持主が集いました。事業部配属の大幹部以外は全て中研入社組で研究所の昔事情がよく通じ、他界した大先輩や仲間を偲び、盛上りました。話題は尽きず、全員がスナック(北新地、憩いの店・常)に移動して懇談が続き、最後は空オケ苦手な研究者らも1-2曲歌って解散しました。来年は3回開催の1回は金沢温泉ツアーを計画することにしました。
●11/12(日)正午、家内の「誕生会」(赤坂飯店のKEIH守口店)を開催。後期高齢者を迎えた婆さんは孫と一緒で大喜び。孫は4-5品の天通飯ランチ、婆ちゃんはやぶちゃランチ、お父さん・お母さん・爺ちゃんは別メニューを注文、沢山の料理が出揃って突き合いになりました。現役時代は赤坂のでっかい本店に暫し出向いて味が合い、系列の守口店が我家のお気に入り店になりました。自身の誕生日には興味がなく、子供の誕生会は欠かさず行ってきたつもり、今は孫と家内の誕生会が家族の集う機会になりました。
●11/13(月)午後、家内と市役所に出向いて「戦没者特別弔慰金」(6/26申請)の国債受給手続を終え、枚方市菊花展(個人・学校・団体が展示)を見学、菊名人は個人の3部門(背丈の大中小)に出展して2部門(大中)で受賞、毎年連続表彰が続きます。審査基準はよく分かりませんが、受賞作の花には勢いを感じました。今年のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」(2景)の菊人形も展示されていました。(H29.11.14)
 

H29年10月後半記:衆議院選の結果に関心を持ち、M4会・VEOBなどの交わりを楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年11月 1日(水)07時15分0秒
  ●10/21(土)午後、2年前に亡くなったビデオ仲間の奥様が創価学会のお友達2人と雨の中、選挙応援で「比例区は公明党をお願いします」と挨拶に来られ、「創価新聞の購読依頼や選挙時にご主人はよく来られていましたので、承知していますよ」と応えました。会社ではビデオの創成期以来の同志、私同様に母子家庭で育ち、親孝行者でした。晩年は仕事の傍ら創価学会活動(副支部長)を熱心にされて死後名誉顧問を授けられた功労者。創価小から大学を卒業して創価新聞社(編集部)に入社されたご子息が自慢でした。奥様と暫く立ち話して「立派なお子様と沢山のお孫様に恵まれ、会社生活も悔いなく活躍され、ご主人はよき人生を送られましたよ」と労い、「義母も102歳で半年後に亡くなりました」と応えられました。創価学会を偏見の目で見る人もいますが、「会員同志が周辺の独り身の老人や病弱な人などにも親族以上に優しく接する無報酬のボランティア活動」の実態を知って感動しました。
●10/22(日)、大型台風21号が紀伊半島に近付き、激しい暴風雨に巻込まれる寸前の衆議院選挙日。メディアの予想通りに自民党(当選284名/前回比±0名)の圧勝、野党の完敗でした。希望の党(50/-7)は失速、日本維新の会(11/-3)はブームが去り、立憲民主党(50/+35)は大躍進しましたが、結果は与党の勢力(313/-5)は変わらず、野党の模様が変っただけでした。与野党とも保守(国のバランス重視)とリベラル(個人主義)の立ち位置が大同小異で争点は「改憲(右派)/護憲(リベラツ)」「親米の安保重視(保守)/米国と普通に接する(革新)」の2点、リベラルを主張する立憲民主党が共感を呼びました。過日2大政党を実現した民主党政権は優秀な若手集団でしたがコンセンサスがなく、公約(予算の裏付けがなく、官僚を使い切れず)が実現できず、国民を裏切り、安定感と実績を誇る自民党の信頼感が高まって2大政党は遠退きました。
●10/24(火)夕刻、M4会(北新地、へちもんや)に4名が集合。暫し昼に利用する店ですが、夜は初めて。看板メニュー(へちもん会席)を賞味しながら懇談も盛上がり、店長の神奈川産地酒の特別サービスで全員が「コクカがあって美味しい」と大喜び、店内は何時の間にか満席でした。3名の大学生アルバイトが入れ替わり熱燗を運び、「稀にお強いグループです」と言われました。店を出ると小雨が降出し、若手の京都人(現役)が直に傘4本を買い、空オケ(ラウンジ陽子)に移動。甲子園人(大幹部)は風邪ぎみで歌も歌わずに早々退散、ひと回り若い住友銀行の支店長OB会(7-8名)と一緒になり、直ぐにお友達になりました。毎月参加する異業種会の世話人(松山在住)の松商同窓生も交じり、お1人が目前に座って「大変ふくよかで、楽しいお方です」と挨拶を受け、両軍とも賑やかに熱唱が続きました。福山人を見送り、京都人の3次会の誘いを断って帰路の途中、ANAホテル前で突然知合いのタクシードライバー(元異業種交流エレガンス会のメンバー)に声を掛けられて懐かしさのあまり乗込みました。「投資に大失敗し、よろず事業を畳んでタクシー運転手になり、離婚して奥様と一人息子と別れました」と身の上話を聞きながら、孫から引っ切り無しに電話が掛かり、「約束時間をオバーして心配している、今何処にいるの」の応対に四苦八苦でした。
●10/26(木)正午、「VHSの要素技術OB会」の相談(がんこ寿司枚方店、サンマルク)を気心の通う仲間2名と行いました。「パソコンは苦手で人脈も狭く、ダイナミックに動けない」「多数の若手技術者を対象にするのであれば、若手の事務局に任すべきだ」との結論になりました。60歳代はまだ仕事中で忙しく、適材を探すのが大変です。多くの協力者があってこそできることで、夫々の本音を聞くことにしました。
●10/28(土)午後、「VEOB」(祇園、ひろべ)に、60歳代で多数の孫に恵まれた人・地場にしがみついた親の介護で頻繁に岡山の郊外に通う人・現役並みに忙しく仕事を続ける人・息子を亡くして49日を終えた人・転職が続いて唯一のOB会の参加者など、8名が集いました。60歳代は大成功したビデオ事業の店仕舞で職場移動の苦渋を体験した世代、話題も豊富で盛り上がり、飲んで食べて熱唱して3時間は瞬く間に終わりました。終了後に要素技術OB会の助っ人を頼みたい60代前半の2人と喫茶店2次会、「70-80代はアナログ人間、 60代はデジタル人間」と世代の違い(政治言葉の保守とリベラル)を感じました。
●10/30(月)午後、「香里園ブラ」(実り里)で数曲を熱唱、最後にお客さんを誘って合唱する「今日の日はさようなら」を初めて独唱。「知らない曲を歌わされた」の苦情を耳にして身勝手を反省。(H29.10.31)
 

H29年10月中半記:いとこ会・香里園ブラ・Pみのり会を楽しみ、衆議院選不在投票をしました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年10月20日(金)21時50分34秒
  ●10/8(日)夕刻、「いとこ3家族」は近江八幡駅近くの近江牛肉店で買物後、酒類は19時まで半額の看板に釣られて居酒屋に入りました。女性群は直に海鮮サラダ・マグロ寿司・ドリンクなどを、男性陣はビールとあてを数種類注文、ガヤガヤの談笑が続いて楽しい夕食会になりました。優しいマドンナが疲れた老夫婦を気遣って「枚方まで送る」の言葉に甘え、竜王ICから1時間程掛かりました。孫家族が出迎え、夜遅くからのリホームの家を見学して貰いましたが、皆様から「白一色のデザインと広い間取が素晴らしい」と大好評。特に横浜に住む京都のいとこの長男は「定年後は実家(建仁寺や清水寺に近い松原通六波羅)に戻ってリホームする」と決意しており、「是非息子家族に見学させて貰う」と話しました。来月は紅葉狩り食事会の段取を娘同様なマドンナにお願いし、今や我家が一番リラックスできる仲間です。
●10/11(水)午後、何時もと違うメンバー(ギターリスト)と「香里園ブラ」(実の里)。久し振りの再会となり、1時間程近況を話合い、空オケを楽しみ、最後にお客のお姉様2人も加わって貰い「今日の日はさようなら」を合唱。相方の所望で初めての焼鳥店(鶏ごて王)に入りました。都城出身の女性店長と会話が弾み、朝絞めた宮崎地鳥が契約生産者から直送されるので、刺身も新鮮で美味しいと勧められ、相方は刺身・私は焼鳥を注文、店長が目の前でさばきました。串は使わず炭火の網焼き、油ののりもよく美味しかったし、店長との会話も大変楽しかったです。小中学生の頃に母が裁縫の内職をしていた時、当時の郷里(半田市)は織物工場が多く、九州から集団就職した女工さんが母のお客さん、特に「都城」出身の娘さんが明るくて実直な母(当時40歳前後)を頼って頻繁に通って頂いた時代を懐かしく思い出しました。
●10/14(土)正午、2ヵ月振りの「いとこ3人会」(河原町四条、目利きの銀次)に酒好き3名が集合。マグロの刺身の薄っぺらさにびっくり、メニューも少なく、少し安い飲み放題に釣られました。熱燗・ビール・焼酎に分かれ、記憶に残らない程の他愛ない雑談で束の間の2時間半。次回は上さんを連添い、大阪で昼会席忘年会を行うことにしました。京都のいとこは空オケ嫌い、喫茶店でコーヒーを飲んで解散しました。
●10/16(月)午後、香里園(実り里)に珍しい組合せのビデオ仲間4名(交野・枚方・香里園)が集合…Pみのり会(元幹部の経理屋・人事屋・技術屋)と仮称、経理屋とはオーディオ時代も共に仕事した仲間でした。数年振りの再会に香里園人は大喜び、奥様に先立たれて「今は食事から洗濯まで1人で切り盛り、時々娘が掃除に来てくれる」と内訳ました。我娘が松下入社時(30年程前)にお世話になった時の人事部長でしたが、ご本人は忘れていました。ビデオ事業の全盛期と衰退期に在籍した仲間、松下幸之助創業者や松下寿の稲井社長とのエピソードがよく通じて盛上り、1時間程話すと他のお客さんは退散、4名貸切で夫々の持ち歌を熱唱。その後寿司屋(総本山)に出移動し、焼酎を片手に寿司会席を突きながら懇談が続きました。ビデオ時代は「問題は日々完結」を実践、毎日深夜まで仕事する残業違反者が続出、翌朝組合から呼付けられて詫びるのが常となり、人事には苦労を掛けましたが、今では楽しい思い出です。
●10/18(水)午前、貧血気味の家内の胃カメラ検査(有恵会香里ヶ丘病院)に連添い、検査は10分程で終わり、「しんどかった」と訴えました。待合コーナーで初受診の奥様が看護師の説明を受けて恐々と待機、初対面の家内の検査時間を注視しながら、「病院嫌いで酒好きな父親が脳卒中で倒れて初めて病院通い、半身不随で酒も飲めずに84歳で他界した」などと気安く内訳、受診番がくると「力を抜きなさいよ」と助言して別れましたが、心細くなって助けを求めて話したのか不思議な出会いでした。その後、衆議院選(大阪11区)の不在投票(枚方市南部市民センター)に出向くと投票所は大賑わい。前回自民党旋風で佐藤ゆかりに敗退して民主党比例区で復活当選した「平野博文」(パナOB、元官房長官・文科相)は今回民進党騒動で無所属出馬、小選挙区での復活当選なるかが興味津々、元社長も応援に駆り出されました。
●10/20(金)正午、町内会の若い班長から「歩こう会バスツアーは雨天で中止」の電話があり、折角の地域行事参加の機会を逸しました。60代は大学教員で忙しくて町内会長の誘いを断り、70代ではご高齢で無理と言われ、地域に貢献できませんでした。家内と昼食の買物、寿司と爺さん手製のすき焼・がんもと大根の煮付などを食べ、デザートは巨峰・リンゴ・コーヒー、「美味しかった」と言ってくれました。(H29.10.20)
 

H29年10月前半記:35日法要で義姉を偲び、メカOB会・ビデオ会・いとこ家族会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年10月14日(土)21時27分56秒
  ●10/4(水)正午から家内が帰宅、翌日の早朝出発に備えて新装の我家に初めて泊りました。まだ1階部屋に段ボールが山積みで家内のベッドが準備できず、孫娘と一緒に寝ましたが、2階の新しいトイレに慣れず夜中に「施設に帰りたい」と言出して孫はショックを受けました。70歳で同居した母もトイレの隣の部屋を陣取りましたが、家内も母同様になりました。施設では部屋にトイレがあり、日々優しく職員に声を掛けられ、同世代の仲間と手芸・習字・空オケ・買物ツアーなどを楽しみ、週の3日(終日)はリハビリに通い、4日(午前)は施設の行事を終えて家で食事。私も孫家族も留守がち、賑やかな施設生活を楽しんでいます。
●10/5(木)早朝、「義姉の35日法要」(愛知県碧南市、セレモニーホール碧雲)に家内とマイカーで出発、第二京阪・新名神を通り抜けて東名阪の御在所SAで休憩し、伊勢湾岸道・知多半島道を経て約3時間半で到着、30分前の一番乗りでした。2人の坊さんが休憩を挟んで1時間半程声高らかに読経しました。住職から仏教の教えの講話があり、「法事は故人を偲ぶと共に、明日の命も分からない自身の生き様を見直す機会。人に奉仕する人生を送ることが大切」。親戚が30名程集まり、私が最年長と思っていたら、故人のご主人の叔父さんが「私は88歳です」と言われてびっくり。50年程冠婚葬祭でお付合いした親世代の多くの親戚衆も4名に減り、子供の親族に若返り、喪主(長男)も列席した古い親戚をよく知らないと内訳ました。80代になって高速道路の運転は神経を物凄く使い、疲れ果てました。
●10/6(金)夕刻、「メカOB会」(梅の花京橋店)に四国から2名が馳せ参じて17名が1年振りに集いました。冒頭、「何時ものOB会と違って、若い皆さんとの懇親は刺激を受けて元気を貰います」「2025年になると5人に1人が認知症になるそうで、一瞬忘れても思い出し、前日の夕食を覚えていれば大丈夫。皆さんも侮らず、日々新しいことに挑戦して脳の活性化に努めてください」と最年長者挨拶をしました。私と70歳半ばと70歳前後の3人が長老で、殆どが60代前半と50代前半の現役女性、20歳前後の後輩でした。最近は熱燗を飲む人も殆どなく、私一人で独酌しました。全員が近況報告して盛り上がり、私は「日記を綴って20年程経ち、ボケ防止に役立っている。今日は去年の日記を懐かしく読んできました」「来年暮れにVHSの要素技術のOB会を計画しますが、その節は協力ください」と近況を話しました。
●10/7(土)正午、「ビデオ会」(門真、松心会館)に118名(会員390名)が1年振りに集合。今年は余興や会社幹部の現況報告もなく、懇親会のみになりました。欠席予定だった元社長が急遽参加し、「昔苦労を共にした皆さんに会いたくて、別の会を抜出してやって来ました」と挨拶、全員が拍手喝采で出迎え、盛上りました。前日のメカOB会の友は1人だけの出席になり、淋しさを感じました。久し振りに懐かしい面々と言葉を交わし、旧交を温めました。元輸出部署の女性が「大脇さん、昔からよく存じています」と言われてびっくり、私は当時言葉を交わさずの初対面でした。ビデオ創業以来の最古参になりましたが、VHS発売以来組織も急膨張して、2-3割のメンバーは現役時代の姿を覚えていません。中締めで大幹部(元副社長)が放送用ビデオの苦労話をしました。VHSの稼ぎを貢ぎ、執念で放送機器開発(新フォーマットMⅡ)に成功、ソニーと競合してオリンピックのスポンサーを勝取りましたが、殆どの人は知りませんでした。VHS事業は消滅しましたが、放送機器は今も健在です。私はAV研究所時代に全テーマの見直しを徹底し、稼ぎの少ない放送機器開発の委託テーマが多すぎるので縮小を検討すると、大幹部の大反発を受けました。
●10/8(日)午前、台風で順延になった「3家族いとこ会」の1ヵ月振りの再開、地下鉄東西線山科駅に6名が集合。マドンナ(山科のいとこの姫君)の車に乗込み、大渋滞の中を1時間半程ドライブして近江舞子近くの鮎料理店(松永)に到着。女性陣は子持ち鮎(2匹)と紅鱒のカルパッチョのコース、男性陣は鮎(3匹)と焼き鰻のコースを注文。活き鮎(シーズンは4-11月)を手元で焼くと油が滴り、熱々で大変美味しく、また来ることにしました。1時間程かけて近江八幡の人気スポット「秋桜園」(大凡300mx50m)を訪ね、2m程の背丈のコスモスに初めて出会いました。次いで新しい「たねや」の店に立寄りましたが、デッカイ敷地に茅葺屋根に壁に芝を敷詰めた田舎風な店構えと広い駐車場を新設、喫茶店も直販店も長蛇の列。田園風景が広がる地でのバームクーヘンだけの店の集客力にびっくり、マーケティングの凄さを感じました…続く。(H29.10.14)
 

H29年10月前半記:35日法要で義姉を偲び、メカOB会・ビデオ会・いとこ家族会を楽しみました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年10月14日(土)09時07分17秒
  ●10/4(水)正午から家内が帰宅、翌日の早朝出発に備えて新装の我家に初めて泊りました。まだ1階部屋に段ボールが山積みで家内のベッドが準備できず、孫娘と一緒に寝ましたが、2階の新しいトイレに慣れず夜中に「施設に帰りたい」と言出して孫はショックを受けました。70歳で同居した母もトイレの隣の部屋を陣取りましたが、家内も母同様になりました。施設では部屋にトイレがあり、日々優しく職員に声を掛けられ、同世代の仲間と手芸・習字・空オケ・買物ツアーなどを楽しみ、週の3日(終日)はリハビリに通い、4日(午前)は施設の行事を終えて家で食事。私も孫家族も留守がち、賑やかな施設生活を楽しんでいます。
●10/5(木)早朝、「義姉の35日法要」(愛知県碧南市、セレモニーホール碧雲)に家内とマイカーで出発、第二京阪・新名神を通り抜けて東名阪の御在所SAで休憩し、伊勢湾岸道・知多半島道を経て約3時間半で到着、30分前の一番乗りでした。2人の坊さんが休憩を挟んで1時間半程声高らかに読経しました。住職から仏教の教えの講話があり、「法事は故人を偲ぶと共に、明日の命も分からない自身の生き様を見直す機会。人に奉仕する人生を送ることが大切です」。親戚が30名程集まり、私が最年長と思っていたら、故人のご主人の叔父さんが「私は88歳です」と言われてびっくり。50年程冠婚葬祭でお付合いした親世代の多くの親戚衆も4名に減り、子供の親族に若返り、喪主(長男)も列席した古い親戚をよく知らないと内訳ました。80代になって高速道路の運転は神経を物凄く使い、疲れ果てました。
●10/6(金)夕刻、「メカOB会」(梅の花京橋店)に四国から2名が馳せ参じて17名が1年振りに集いました。冒頭、「何時ものOB会と違って、若い皆さんとの懇親は刺激を受けて元気を貰います」「2025年になると5人に1人が認知症になるそうで、一瞬忘れても思い出し、前日の夕食を覚えていれば大丈夫。皆さんも侮らず、日々新しいことに挑戦して脳の活性化に努めてください」と最年長者挨拶をしました。私と70歳半ばと70歳前後の3人が長老で、殆どが60代前半と50代前半の現役女性、20歳前後の後輩でした。最近は熱燗を飲む人も殆どなく、私一人で独酌しました。全員が近況報告して盛り上がり、私は「日記を綴って20年程経ち、ボケ防止に役立っている。今日は去年の日記を懐かしく読んできました」「来年暮れにVHSの要素技術のOB会を計画しますが、その節は協力ください」と近況を話しました。
●10/7(土)正午、「ビデオ会」(門真、松心会館)に118名(会員390名)が1年振りに集合。今年は余興や会社幹部の現況報告もなく、懇親会のみになりました。欠席予定だった元社長が急遽参加し、「昔苦労を共にした皆さんに会いたくて、別の会を抜出してやって来ました」と挨拶、全員が拍手喝采で出迎え、盛上りました。前日のメカOB会の友は1人だけの出席になり、淋しさを感じました。久し振りに懐かしい面々と言葉を交わし、旧交を温めました。元輸出部署の女性が「大脇さん、昔からよく存じています」と言われてびっくり、私は当時言葉を交わさずの初対面でした。ビデオ創業以来の最古参になりましたが、VHS発売以来組織も急膨張して、2-3割のメンバーは現役時代の姿を覚えていません。中締めで大幹部(元副社長)が放送用ビデオの苦労話をしました。VHSの稼ぎを貢ぎ、執念で放送機器開発(新フォーマットMⅡ)に成功、ソニーと競合してオリンピックのスポンサーを勝取りましたが、殆どの人は知りませんでした。VHS事業は消滅しましたが、放送機器は今も健在です。私はAV研究所時代に全テーマの見直しを徹底し、稼ぎの少ない放送機器開発の委託テーマが多すぎるので縮小を検討すると、大幹部の大反発を受けました。
●10/8(日)午前、台風で順延になった「3家族いとこ会」の1ヵ月振りの再開、地下鉄東西線山科駅に6名が集合。マドンナ(山科のいとこの姫君)の車に乗込み、大渋滞の中を1時間半程ドライブして近江舞子近くの鮎料理店(松永)に到着。女性陣は子持ち鮎(2匹)と紅鱒のカルパッチョのコース、男性陣は鮎(3匹)と焼き鰻のコースを注文。活き鮎(シーズンは4-11月)を手元で焼くと油が滴り、熱々で大変美味しく、また来ることにしました。1時間程かけて近江八幡の人気スポット「秋桜園」(大凡300mx50m)を訪ね、2m程の背丈のコスモスに初めて出会いました。次いで新しい「たねや」の店に立寄りましたが、デッカイ敷地に茅葺屋根に壁に芝を敷詰めた田舎風な店構えと広い駐車場を新設、喫茶店も直販店も長蛇の列。田園風景が広がる地でのバームクーヘンだけの店の集客力にびっくり、マーケティングの凄さを感じました…続く。(H29.10.14)
 

H29年9月後半記:ジャズ・ホテルバイキング・E杯を楽しみ、VHS要素技術OB準備会を発足しました

 投稿者:大脇禎弌  投稿日:2017年10月 1日(日)16時27分28秒
  ●9/23(土)午後、心臓の手術で体力が衰えたヨーキムラ(79)の最後の公演「ヨーキムラトリオのアメリカンクラシックジャズコンサート」(神戸酒心館ホール)に元大幹部と2人で参加、大勢のフアン(約200名)が詰めかけ、元研究所の仲間やヨーキムラの同期入社組(S36)と一緒になりました。我青春時代に流行ったナッキンコール・アームストロング・ベニーグッドマン・ガーシュインなどの曲は心身共に軽快になり、癒されます。ヨーキムラは1曲だけドラムを叩き、後は1番弟子(永田充康)に任せ、ボーカルと司会に専念、1-2部9曲ずつ演奏し、人気者の小川理子(ピアノ、ボーカル)と交互に歌いました。華のある彼女はパナソニックの初の女性役員として今話題の人、毎日放送がビデオ撮りをしました。ヨーキムラは「今後は小川理子中心に続けて欲しい」と檄を飛ばすと、彼女は「これからもボーカルとして活動を続けて欲しい!」と観客に問い、拍手喝采を受けました。毎土曜日ニューサントリー5で出演する「ニューオリンズラスカルズ」では現在はボーカルで活躍中です。我家も20年程、六甲山ホテル・酒心館・サントリー5・神戸ジャズストリート・寺院などに熱心に通ったヨーキムラトリオのファンで、一抹の淋しさを感じました。休憩時に会場でおちょこ1杯の福寿の純米酒の利き酒と売店でリキュールなど3種を試飲しました。
●終了後、ヨーキムラや小川さんと一緒に仕事した元音研の仲間を誘って大幹部と3人で丸ビル(BF2のイタリアレストラン)に立ち寄り、前菜・ソーセージ・ピザなどを突きながら、昔話で盛り上がり、ビール・ワイン・ハイボールを5杯ずつ飲み、2時間の時間制限で退席しました。店は入り替りに若い女性客で常に満席でした。
●小川役員は「テクニックスブランドの復活」を熱心に取組んでいますが、今やオーディオは雑貨商品だけに高級志向は物凄く大変です。皮肉にも30年程前、私はビデオを退いてオーディオの再建に3年間取組、中高生の重低音ブームでゼネラルオーディオの「ラジカセ」が大ヒット、Hi-Hiオーディオの存在感のある「シスコン」を「ミニコン」にコンパクト化して流れを先導、高級ブランドの「テクニックスの開発」を中止、音研との連携を始めました。
●9/27(水)正午、孫母娘が行けなくなったチケットを貰って家内と「シェラトン都ホテル大阪」(21Fトッオブミヤコ)まで車で直行し、娘夫婦の友人家族(20年程前)を招待して以来のバイキング昼食、席に案内されて「今日の目玉は松茸ご飯と茶碗蒸し」と説明がありました。家内も小食になり、少しずつ色んな料理を味わいました。先ず茶碗蒸し・サラダ・前菜からスタート、家内とメニューを替えてスープはボルシチとカレー、小鉢の鴨なんばと穴子ちらしを食べ、焼立てのアメリカンビーフステーキとカリカリの茸の天麩羅が意外と美味しく2人でシェアー、最後の松茸ご飯の香りは見事でした。家内はゆずジュースとデザートが気に入りましたが、殆どツアーの朝食バイキングに似て、刺身や珍味食材は無しでした。女性グループや職場グループなどの客で賑わい、待機のお客も数名並んでいました。最後にコーヒーを2杯飲んで帰宅、「次回は孫家族と一緒に来よう」と思いました。
●9/29(金)正午、「E杯」(がんご寿司淀屋橋店)に16名(内80代4名)が4ヶ月振りに集合。「9/22の私市会で会食した透析中の仲間が涙を流して喜んだ近況を報告。80を過ぎると体力・気力・夢が無くなる淋しさがありますが、このようなOB会で家族では通じない昔話をすることが元気を取戻す特効薬です。今後も本会を4か月ごとに続けます」と世話人代表挨拶をしました。参加者の一人が「先月長男を脳障害で亡くし、夫婦で落込んでいる」「17歳の時にオートバイに当て逃げされ、頭を打って手術後の後遺症に苦しんで30年間入退院を繰返し、不憫な人生を送った」「犯人も見付からず、保険もなく自費で治療費を払い続けた」と告白され、「息子を亡くした私の体験では時間しか解決しない。奥様の悲しみはひとしおですよ」と慰めました。全員の近況報告で盛上がり、2次会(ラウンジ陽子)は歌好き9名が熱唱しました。
●9/30(土)夕刻、新たなVHSのOB会「準備会」(がんこ寿司枚方店)に4名を誘いました。「VHS立上の思い出会」(H26.11.3、参加者66名)、「エイト会」(H29.5.20、参加者51名)に引続いての第3弾の「VHS要素技術OB会」(H30年末、100名予定)を仕掛けることにし、骨子を決めました。①要素技術別・職能別に参加者を募り、全員投稿の「へこたれない挑戦魂」を主題に苦難を切開いた「思い出集」を作成、②元社長や現役幹部を招聘、③次回の準備会から若手を数名追加。2次会は初めての店(ベル、最大40名収容)に出向きました。お好み焼き屋の女将と6名程常連客グループや夫婦など10数名の先客が舞台に立って熱唱中。我々も仲間入りして若い女性客とデュエットをして貰い、楽しく過しました。(H29.10.1)
 

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